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夜の卵 スリコム③

俺は初めて人を殺めた。



もっとも、理沙もどきが人かどうかと問われれば、それに答えはなかった。

ただ、そこには、俺のエゴのために殺された死体が横たわっているだけだった。

呆然としていた。


混乱した俺は、とりあえず死体を押入れに押し込んだ。


ところが、何日たっても、その理沙もどきの死体は腐らなかった。

冬だということもあるかもしれないが、明らかにおかしい。


俺は、理沙もどきの死体のある押入れのすぐ側のベッドで理沙を抱いたりした。

憧れの理沙が自分の彼女になったというのに、俺は自分の中の何かを埋められずにいた。


ああ、俺は、なんという馬鹿なのだろう。


「頼む、生き返ってくれ。」


毎晩、俺は、理沙もどきを押入れから出して、泣いて祈り続けた。

俺は、彼女を愛してしまったことに今更気付いたのだ。


付き合ってみると、理沙本人は、我がままで人に愛ばかりを求める。

一日中、愛してる?と問われると、さすがに辟易する。

少しでも、返信が遅れると、そのことをなじり罵倒し、終いには愛していないのかと泣く始末。

理沙は、俺を愛しているのではなく、俺に愛されたいだけなのだ。

ほどなくして、俺は理沙と別れた。


理沙もどきは、いまだに、あの手に掛けた日と変わらず、みずみずしいその肌質を保っている。

今にも起き上がって、おかえりと言ってくれそうな気がして。


俺は、またあの卵を売りつけた少女を探していた。

あの神社に行けば会えるかもしれない。


そして、その少女は、居た。

「ざーんねん。何で殺しちゃったの?あんなに懐いていたのに。」

その少女は、夕陽に赤く透けるキャンディーを舐めながら、俺にそう問いかけた。

「...邪魔になると思った。でも....」

「人の愛なんて、まやかしだよね。このキャンディーみたいにね。」

そう差し出されたキャンディーの色は、黒かった。

先ほどまで赤かったのに。

俺の意識は、朦朧として、そのキャンディーの黒がどんどん闇に広がっていく。


その時、別の女の声が俺の意識を連れ戻した。

「ちょいと、そこの小娘さん。アタシのまねをして、あまり悪さをされちゃ困るんだよ。」

そこには、今まで見たこともないような美しい妙齢の女が佇んでいた。

巫女装束のような着物を着ており、その視線は、あの卵を売りつけてきた少女に鋭く向けられている。


「あちゃ、バレた。お兄ちゃんには内緒にしといてよね。」

そう言うと、少女の姿は、夕闇へ溶けて行った。


「やれやれ、困ったはざま人だね、あの娘も。そこのアンタ、気に病むことはないよ。

あんたが押入れに隠しているアレは人ではないから。」

この女もすべて、俺のした行為をお見通しなのか。

「アレは、あの娘が作った式神だから、もうすぐ消えるよ。」

俺は、それを聞いて、慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それって理沙もどきは居なくなってしまうってこと?」

「そうだよ。あんたもアレの処分に困ってたんだろう?」

「やめてくれ!俺から、理沙もどきを奪わないで!」

その女は怪訝に片眉を釣り上げた。

「何を言ってるか自分でわかってんのかい?あれは人間ではないし、この世のものでもないんだよ?」

「それでもいい。俺から、彼女を奪わないでくれ!頼む!」

その女は、ふうと溜息をついた。

「じゃあ、この卵を持ってお行き。お代はいらないよ。ただし、タダではないけどね?」

「俺の出せるだけのお金で買い取るよ。それで、彼女が俺の元に居られるのなら。」

「お代はいらないって言ってるだろう。さっさと持ってお行き。」


俺は、その美しい巫女から卵を受け取り、自分のアパートへと帰った。

あの女が言った通り、理沙もどきは、押入れの中には居なかった。

俺は泣いた。

泣いて泣いて泣き続けて、女からもらった卵に願いをこめて抱き続けた。


いつの間にか、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。

「おかえりっ!」

理沙もどきは、帰ってきたのだ。

俺は、力いっぱい彼女を抱きしめた。


「ねえ、知ってる?タクヤくん、行方不明なんだって、理沙。」

「へえ、そうなんだ。」

「そうなんだ、って心配じゃないの?仮にも元彼じゃん。」

「もう興味ないよ。別れた男なんて。」

「つめた~い。理沙。なんでも、謎の失踪らしいよ。ベッドの上にさ、割れた卵の殻だけ残されてたんだって。」


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