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夜の卵【カイシメル】

涼子は思い悩んでいた。


この春より、涼子は、小学校教員となり、新任にもかかわらず、1クラスの担任となった。

ずっと夢見てきた教師という職業は、なかなか一筋縄には上手く行かなかった、

クラスは、やんちゃ盛りの子供達ばかりで、なかなか涼子の言うことを聞いてくれない。

それどころか、涼子を困らせて喜んでいるツワモノばかりで、涼子は疲弊していた。

それでも、何とか、この年代の子供達が興味を持ちそうなことで気を引いたりしてみたが、どれも上手く行かなかった。ヒステリックに叱れば叱るほど、からかって楽しむような風潮がある。


夏休みが始まり、正直、涼子は子供達から解放され、ほっとしていた。

「これからどうしよう・・・。」

そんなことをボンヤリと考えながらも、お盆には、実家のある故郷へ帰省した。

両親は、涼子の帰省を心から喜んだ。

大学を卒業し、教員免許という難関を突破して、晴れて教師になった自慢の娘が帰ってきたのだ。

「どう?学校は。」

そう聞かれ

「うん、上手くやってるよ。子供達はすごく素直でかわいいね。」

と心にもない嘘をついた。

本当のことを言って、両親を心配させたくはない。

小さな悪魔のような子供達。

だが、元々、子供が大好きな涼子は、そんな子供達を憎むことはできなかった。


「そういえば、今日は花火大会があるのよ。」

涼子の母親が、食卓にいろいろな手料理を並べながら涼子に伝えた。

「そんな時期なんだね。」

「お母さん達は、人ごみは疲れるから行かないけど、気分転換に行ってみれば?」

母は、もしかしたら、涼子の嘘を見抜いていたのかもしれない。

「うん、久しぶりに、行ってみようかな。」


涼子は夕飯後、ぶらりと普段着で、花火大会が行われる海辺の神社へと歩いて出かけた。

夕暮れの海風が、心地よく涼子の頬を撫でる。

懐かしい磯のかおり。よく砂浜や、岩場で遊んだなあ。

夕暮れが過去のノスタルジーへと涼子を誘う。

祭りの賑わいと、露店で何かを焼くにおいが、涼子の郷愁をますます掻き立てる。

暑いのに浴衣を着せられて、両親に手を引かれてよくここに来たものだ。

最初は浴衣のあまりの暑さに不機嫌になっていた涼子だが、お祭り騒ぎに、胸がわくわくしたのを今でも覚えている。厳しかった両親も、この時ばかりは、涼子を甘やかして、綿飴やたこ焼きを買い与え、金魚すくいに興じさせてくれたものだ。

「ゆい~、宿題やった?」

「ううん、まだ。」

「宿題なんてだりぃよねえ。」

「うん、これさえなかったら夏休みサイコーなのにね。」

そんな子供達の会話が聞こえてきた。

ちょうど涼子の受け持っているクラスと同じくらいの年代の子供達だ。

「まあ、ワークは仕方ないとしてさあ、自由研究とかって何なの?」

「そうそう、あれ、必要ないよねー。面倒くさいだけだもん。」

「ゆいは、自由研究と工作、どっちにするの?」

「もう切羽詰まってるしねー。私は工作かな?」

「私はね、親にやってもらってる。」

「えー、マキずるーい。」

「って言ってもさ、カビの研究だよ。放っておいて、どんなカビが生えるかまとめるだけだもん。」

「でも、それって、親が書いてるんでしょ?字でバレない?」

「書き直すに決まってるじゃん。」

「そうだよねえ。」

「それにしてもさ、先生って宿題出すだけで、自分は夏休み休んでるんだから、ズルくない?」

「うん、ずるいずるい。きっと私達の世話しなくていいから、清々してるんじゃない?」

涼子は、自分のことを言われているようではっとした。

「先生もさ、宿題、やるべきだよね。私達は苦労してやってるんだから。」

涼子は苦笑いした。夏休みだって、先生達は働いてるんだってこと、理解してもらってはいないんだな。

しかし、それは子供達には見えないことであって、ぼやいてみても仕方がない。

涼子の心にまた、新学期からの不安がよぎった。


目的もなしに、神社に続く露店の群れの中を歩いていると、外れの方に他の店より明らかに照明が暗く、怪しげな雰囲気を醸し出している店を見つけた。その店先には、白い卵が所狭しと並んでおり、店頭には今まで見たこともないような、美しい女性が、この暑さにも関わらず、玉虫色のような曖昧な色合いの巫女装束のような着物を着て、汗一つかかず涼しげな顔で座っていた。


「おや、お嬢さんは、この店が視えるのかい?」

その女は涼子に不思議なことを言ってきた。

変な人。涼子が黙って通り過ぎようとすると、店主はさらに畳み掛けてきた。

「お嬢さんは、第四の色を見ることのできる、特別な瞳を持ってると見受けた。」

「第四の色?」

「そうさ、第四の色。世の中の色ってのは、何で出来てるか知ってるかい?」

「三原色で出来ているんでしょ?」

「そう、お嬢さんは聡明だね。第四の色ってのは、それ以外の色。つまりは、この世の色ではない色さ。

つまり、この店はそんな色で出来ている。かくいうアタシもね?」

涼子はしまったと思った。この人はたぶん、普通では無い。どこか壊れている人だ。

早々に立ち去ろうとすると、その店主は卵を差し出してきた。

「持ってお行き。これは、夜の卵。」

「夜の卵?」

無視してしまえばいいのに、涼子は夜の卵というキーワードに好奇心をいだいてしまった。

「そう、夜の卵。願いを叶えてくれる卵さ。」

「願い・・・。」

おまじないみたいなものかしら。

私の今の願いは、受け持ちクラスの子供達と仲良くなれること。

素直でかわいい子供達と楽しく過ごしたい。

涼子は卵を見つめていて、あるアイデアが浮かんだ。

ちょうど卵は、32個。涼子の受け持っているクラスの子供の人数分ある。

「すみません、ここにある卵、全部ください。」

そう涼子が申し出ると、店主は少し驚いた顔をした。

「いいのかい?お代はいらないけど、タダではないよ?」

店主は不思議なことを言って来た。

「お代は払います。だから、ここの卵を全て、私に売ってください。」

店主はしばらく考えて、こう言った。

「まあ、お嬢さんがそう言うなら。アタシにとっちゃ、この世のお金なんて何の意味も無いけど、いただいておくよ。」

そう言いながら、百円だけ受け取った。

涼子は、卵を受け取ると、花火も見ずに、足早に、実家へと帰って行った。


「まあ、どうしたの?その卵。」

窓の外では、ドンドンと大音量で花火の音が鳴り響いている。

「あのね、新学期の校外授業でこれを使おうと思って。」

涼子は、母親に、キラキラとした瞳で自分のアイデアを話す。

「秋に、プチ遠足を兼ねて、自然を観察する授業があるの。その時にこの卵にクラス全員の似顔絵を描いていろんな場所に隠しておいて、それを探してもらうの。もちろん、中身は腐るから抜いて空っぽにしておくわ。ほら、子供って何でもすぐに飽きて、遊んじゃうでしょ?これを探すという目的があれば、ゲーム感覚でやってくれると思うの。その時に、草木や虫なんかにも気付きがあるんじゃないかと思って。」

「イースターね?それはいいアイディアだわ。あなた、絵が得意だしね。きっと子供達、喜ぶわ。」

「うん、そうだといいんだけどね。」

涼子にかすかな希望の火が灯った。

自分のアパートに、卵を持ち帰り、卵に小さな穴を開けると、その空の卵に、クラス全員の似顔絵を描き始める。

これは、私の宿題。先生だって宿題をやらなきゃ、ずるいなんて言わせないわよ。

涼子は、クラスの子供達が喜ぶ顔を思い浮かべながら、それぞれの似顔絵を卵に描き続けた。

「出来た!」

約半日かけて、涼子は丁寧に子供達の似顔絵を描き終えた。

大量の卵の中身は、その日から当面、涼子の主食となった。

新学期が始まり、目の前には、程よく日焼けした子供達の顔が並んでいる。

ああ、やっぱり子供は可愛いな。

もっとも、後ろのほうで勝手に遊んで話を聞いていない男子児童も居るのだが。

そして、残暑も和らいで秋めいた空のもと、校外授業で、近所の山へ向かうことになった。

ふざけ合ってじゃれあう男子を注意しながら、涼子は子供達を引率しながら山道を進んで行く。

鳥や獣に悪戯されないように、卵は固く強化してあるし、だいいち、あんなカラフルなものを卵だとは認識しないだろう。朝一番に、この山道を上り、目的地の公園のいたるところに卵を隠してあるのだ。

「はーい、皆さん。目的地につきましたよ。それでは自然観察をはじめまーす。その前に、先生からお知らせがあります。」

お知らせという言葉に反応して、ふざけあっていた男子児童も、涼子に注目した。

「先生は、この公園に、皆さんの似顔絵を描いた卵を隠しました。自分の似顔絵を探し当てた人には、賞品がありまーす。」

その言葉に、児童達は歓声を上げた。

賞品と言っても、百円均一で買えるような、ささやかな物だ。物で釣るのは、気が引けたが子供だって大人と同じで現金なものなのだ。しかも、百円均一で買えるような物であれば、親も気を使わなくて済むだろうと思った。

「じゃあ、始めますよ。卵探しだけじゃなくて、ちゃんと植物と虫も観察してくださいね。それと、この公園内から絶対に出てはいけませんよ。公園の外には、卵は隠していません。それでは、始めてくださーい。」

涼子の合図で子供達は一斉に歓声を上げながら、必死に卵を探し始めた。

涼子は、自分のアイデアに子供達が夢中になっている姿を見て、満足していた。

大丈夫。きっとこれからも私は子供達と上手くやっていけるに違いない。

「げー、これ、タクヤの卵だ。俺のじゃないー。」

なかなか子供達は、自分の卵を見つけられないようだ。

「バカ!でかい声出したら、卵先に見つけられちゃうだろ!」

「あ、そっか!」

涼子はその様子を微笑ましく見ていたが、ある異変に気付いた。

誰ひとり、自分の卵を見つけたと言って、持って来る者が居ないのだ。

おかしいな。子供相手だから、わかりやすい場所に置いといたはず。

それに、何だか、人数が減ってきているような気がした。

涼子の心臓は、早鐘のように鳴った。

「センセー、ユウマ君がいませーん。」

「先生、カナも居ないんです。」

不安顔の、子供達が集まってきた。

「公園の外に出ちゃったのかしら。」

そう涼子が青くなっていると、一人の女子児童が涼子を見上げて言った。

「カナがね、自分の卵を見つけた!って言ったから私、カナのほうに走って行ったの。そうしたら、そこにはカナがいなくて。絶対に、そこに居たはずなのに。」

「えっ!」

「ユウマも、自分の卵見つけたって言ってた。」

他の男子児童も涼子にそう告げた。

自分の卵を見つけた子供達がその場から消えている。

「卵、みつけたー!やったあ!」

いろんな場所から、自分の卵を見つけた児童の声が響く。

涼子は、はっとしてあたりを見回す。

子供達が確実に減っている。

これは、まずい。

涼子は、慌ててあたりを探し回るが、居なくなった子供達は見つからない。

もうこれは涼子の手には追えない。

涼子は、携帯電話をポケットから出し、学校と警察に連絡を取ろうとする。

だが、その携帯は圏外を告げる表示。まさか!いくら山の中とはいえ、あり得ない。

「みんな、ここで待ってて!動かないでね。」

子供達は、事態が把握できずに、キョトンとしている。

電波がつながる所に行って、助けを求めなければ。

自分一人では、とうてい行方不明になった子供達を探すことはできないだろう。

ようやく電波の繋がるところにたどり着いた涼子は、まず登録してある学校の電話番号をタップする。

「もしもし、大庭です。大変なことになりまして。生徒が行方不明に・・・もしもし、もしもし?」

電波状態が悪いのか、電話は繋がっているのに、相手の声が全く聞こえない。

「ああ、もう、こんな時に!」

涼子は焦燥感にかられた。

何度試しても、同じ結果だったので、仕方なく涼子は今来た道を引き返した。


すると、事態は、ますます最悪なことになっていた。

クラスの三分の二くらいの児童が居なくなっていたのだ。

残された子供達は、半べそをかいている子供達もいた。

「先生、みんな居なくなって行く。怖いよお。」

女子児童が、涼子にしがみついてきた。

どうやら、自分の卵を見つけた児童だけが居なくなっているようなのだ。

「みんな、卵を探すのは、もうお終いにしてください。お友達を探すために、今から山を下ります。」

毅然とした態度に、児童達は水を打ったように静まり返った。

残った児童を引率して、下山しようと一歩踏み出したその時だった。

涼子のつま先に、コツンと何かが当たった。

「えっ?」

涼子は小さく呟き、そのつま先に当たった何かを拾い上げた。

卵だ。

それも、その卵には、涼子の顔が描かれていた。

嘘、私、自分の卵なんて、作ってないはず。

卵は、児童分しか用意していないはずなのだ。

つま先に当たった拍子にヒビが入っていたのか、涼子の手の中で、卵は真っ二つに割れた。

卵の中からは、真っ黒な暗闇が広がってきて、涼子を包んだ。

涼子は、立っていることができずに、その場に倒れこんでしまった。


ここは、どこ?

涼子は、朦朧とする意識の中、必死にあたりを見回した。

暗い。どうやら、夜のようだ。

涼子の倒れているのは、草むらだ。

暗さに慣れてくると、そこがあの山の公園だということに気付いた。

暗い中に、小さな人影が見える。

どうやら、児童のようだ。


「ユウマくん?カナちゃん?」

そこには、泣きじゃくる児童達がひしめき合っていた。

涼子は、たぶんその児童達は自分の卵を見つけてしまった子供達だと思った。

「先生、怖いよー。暗いよー。早くおうちにかえりたいよー。」

泣きながら、口々に児童達は、涼子に縋りつき、頼ってきた。

そこには、いつも憎まれ口をたたいて、まったく涼子の言うことを聞かない、やんちゃな児童達も含まれていて、その子供達も、先生、先生と涼子を頼ってきた。

ああ、もしかして、こんな形であの卵は願いをかなえてしまったのか。

「大丈夫、大丈夫だよ。先生がついてる。」

涼子は微笑みながら、児童達の頭を撫でた。


「行方不明になった児童達は、未だに誰一人見つかっておりません。そして、引率の教師も行方不明です。現場からは、以上です。」

「まさに、現代の神隠しですねえ。」

まるで人事の薄っぺらいコメントで、番組のMCが話を進める。

「救出された児童達の話によれば、引率した教師の用意した自分の似顔絵卵を探し当てた子供達だけが行方不明になっているようですよ。」

「そんなことってあるんですかねえ?」

露店店主は、小さなポータブルテレビでワイドショーを見ながら、インスタントラーメンを啜っている。

その隣には、他の店より、薄暗い照明の下、所狭しと白い卵のみを並べた露店がひっそりと佇んでいる。


「いらっしゃい。おや?あんたにはこの店が視えるのかい?あんたは、第四の色を見ることのできる、特別な瞳を持っていると見受けた。」

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