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ヤマモトヒロシリターンズ

私は、バカバカしい話を読んで、鼻で笑った。


「何がヤマモトヒロシよ。人工知能を搭載するのなら、別にアンドロイドでいいじゃないの。ハイブリッド人類だなんて、発想が無駄だし馬鹿げてるわ。」


読んで損した。この作品はもうブックマークから外そう。

私は静かに、スマホをタップすると、お気に入りを外した。

題名だけでうっかりブックマークしてしまったのだ。さて、他の話を読むとするか。


旦那と子供を送り出し、家事を一通り終えたあとの自分だけの時間。

私はいつも、こうして、携帯で投稿された小説を読むことに時間を費やしている。

私が次の小説を読もうと、スマホをタップしようとしたその瞬間にチャイムが鳴った。

はあ、どうせ宗教かセールスでしょ。やれやれと思いながらも、もしかしたらご近所さんの訪問かもしれないので、一応応対することにした。

どちらさまとドアを開けると、セールスマンにしては似つかわしくない無表情の男が立っていた。

「私、こういう者です。」

そう言うと、男は名刺を差し出してきた。

差し出されると、人間は条件反射で手を出してしまうもので、私も例外なくその名刺を受け取った。

ヤマモトヒロシ

名刺には、カタカナで、名前しか書かれていなかった。

怪訝な顔で私が見上げると、相変わらず、そこには無表情な男が立ちすくんでいた。

「何かご用でしょうか?」

正直、たった今、「ヤマモトヒロシ」をブックマークから外したこのタイミングで現れたヤマモトヒロシは私にとって不気味な存在以外の何者でもなかった。


「あなたの仮想現実を、終わらせるために参りました。」

ヤマモトヒロシは無機質な声でそう私に告げた。

「はあ?あなた、何を言っているの?」

私は、不快感をあらわにした。

「あなたが今まで送ってきた人生は全て仮想現実です。生まれてから結婚して家庭を持つ、これがあなたのお望みの仮想現実でした。」

相変わらず、全くの無表情で話すヤマモトヒロシ。この男は頭がおかしいのだろう。

「悪戯ならやめてください。迷惑です。」

私はそう言うと、思いっきりドアを閉めた。


全く、春先は頭がおかしい人間が増えて困るわ。

思わぬ訪問者に時間を割かれたが、ドアを閉めてしまえばもう私の時間を邪魔する者はいない。

気を取り直して、確か昨日買っておいたシュークリームがあることを思い出して、冷蔵庫を開けようとした。

「あれっ?」

冷蔵庫を開けようとしたが、開ける事ができない。手に扉が触る感覚が無い。

「どうして?」

私はパニックになり、テーブルの上のスマホを手に取ろうとした。

「触れない?」

テーブルも、スマホも、私の周りの全ての物体に触れることができなくなってしまった。

「あなたは、契約違反を犯しました。」

先ほど、ドアを閉めて追い返したはずの、ヤマモトヒロシが背後でそう告げて、私は驚いて飛び上がった。

「何なの?あなた!勝手に入ってきて!警察を呼ぶわよ!」

ヒステリックに叫んでみても、相変わらず、私はスマホどころか、ヤマモトヒロシにさえ触れることができない。

「あなたは「ヤマモトヒロシ」をブックマークから外しましたね?」

「それは、あの物語が荒唐無稽だからよ!」

「この仮想現実を維持する条件だったんです。」

「はあ?ばっかみたい!」

「実は、あなたの生まれてから結婚までの記憶は、最初からインプットされたものです。」

「そ、そんな馬鹿な。私は、確かに、生きてる!」

「ええ、生きてます。生きて、今は仮死状態でカプセルの中で眠っているのです。」

「...何を言ってるのかわからない。」

「いま、あなたが身を持ってこれが現実だということを理解し始めているのではないですか?」

「......。」

今の私は、まるで透明人間。物体の全てが、私の体を無視して存在しているのだ。

幸せな家庭に育ち、平凡ながらも、愛する人と結婚して、一人娘を授かった。

これが全て偽りだと言うのか。私の頬を、一筋涙が伝う。

「あなたが読んでいた、「ヤマモトヒロシ」が真実です。「ヤマモトヒロシ」をブックマークに入れて、読み続け真実を忘れてあなたが仮想現実で迷ってしまわないようにすることが目的だったのに、あなたはブックマークを外して仮想現実で迷子になりそうになっていたのですよ。仮想現実で迷子になることが、何を意味するか、わかりますか?」

「わからない。」

私は、たぶん解っている答えを先延ばしにした。

ヤマモトヒロシは、静かに首を横に振った。

「帰りましょう、恵美理さん。」

私はうなだれた。


そう、あなたはヤマモトヒロシで、私のお父さんであってお父さんではない。

私のお父さんは、ヤマモトヒロシでも、お母さんと私を守ろうとして死んで行った。

タイムマシンで再び現れたヤマモトヒロシはお父さんではなかった。

私は犬しか住んでいないあの星で、犬と暮らし、犬との種族を残すための実験の検体にされそうになったところへ、ヤマモトヒロシが再び現れたのだ。


父として、私を助けに来たのではなく、私を回収するために。

私の目から得た情報は、私の記憶媒体に記録されている。

時空の歪みから、別の惑星に転送されてしまった私の記憶の全ては、あの星にとって貴重なデータとなるだろう。

私の記憶が蘇るにつれて、私の世界は徐々に形を失っていった。

さようなら、私の家族だった人たち。もう二度と会うことはない。


私は、ヤマモトヒロシの熱の無い手を取った。

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