自分の本
「自分の本」か。
これ、書店で今流行ってるやつだな。
まあ、平たく言えば日記なんだけど、表紙はまったく文庫本。
そこには、もう一冊しか残っていなかった。
ラスト1か。シャレで買ってみるか。まあ、どうせ長続きしないんだろうけど。
僕は「自分の本」を持ってレジに並んだ。
僕は家に帰り、簡単な夕食を済ませてシャワーを浴び、テーブルの上で
今日買ってきた「自分の本」の最初のページを開いた。
中は真っ白な白紙だ。僕の人生もこんな風に、真っ白なページから
始められたらいいのに。僕は今日の出来事を思い出し、ふうっと溜息をついた。
今日はいきなり、ネガティブなことから書き始めることになる。
仕事で凡ミスをしてしまい、上司にえらく怒られてしまったのだ。
責任感が無いからそんなミスをするんだ。そう罵られた。
責任感云々と根本的なところから否定されると落ち込んでしまう。
自分がすごく人間としてダメになった気がするのだ。
こうして、書くことによって、自分は成長するだろうか?
そんなことを考えつつ、前向きに行こうと自分に言い聞かせたのだ。
反省の言葉を最後に書き添えて、僕は床に就いた。
次の朝、心機一転、早起きをして少し早めに出社することにした。
ようし、今日はミスしないぞ。自分を奮起させるため、昨日書いた
自分の本を開き、反省点を再認識しようとした。
すると、昨日最後に書いたページの次のページに何か書いてあった。
「ミスをしてしまったのは、仕方のないことです。二度としないように、
今日は気分転換をしましょう。次の二つから選んでください。
①図書館へ行って好きな本を借りる。②お酒を飲んで、次への英気を養う。」
何、これ。僕はこんなことを書いた覚えはない。
でも、これは明らかに僕の字だ。寝ぼけてたんだろうか?
まあいいや。ちょっと面白いから、選んでみるか。
お酒は飲めないので、①図書館へ行く。
僕は鉛筆で大きく〇で囲んだ。
その日仕事が早めに終わったので、本当に図書館へ行った。
近くに遅くまで開館している図書館があるのだ。
お目当ての本の棚に行くと、僕のお目当ての本に、背の低い
小さな女性が一生懸命手を伸ばしていて、取れないようだ。
僕は仕方なく、その本を取り、彼女に手渡した。
僕はまた今度借りればいいや。
小さな女性は頭を何度も下げ、僕にお礼を言った。
かわいい女性だ。
「僕も、その作家さん、好きなんですよ。」
その小さな女性に、笑いながら話しかけた。
すると、その女性はぱぁっと表情を輝かせた。
「私もです。どの作品が好きなんですか?」
その日は、作家の話で盛り上がってしまった。
「あのう、閉館の時間なんですけど。」
僕らは盛り上がりすぎて、時間を忘れていたようだ。
僕らは一緒に、図書館を出た。
僕は、思い切って彼女の名前と、携帯番号を聞いてみた。
初対面で図々しすぎたかな。
でも、彼女は快く、名前と携帯番号を教えてくれた。
聞いてみるもんだな。僕はその帰り道、スキップしてしまいそうなほど
舞い上がってしまった。
家に帰って早速、この素敵な出来事を、「自分の本」に書いたのだ。
ひょっとして、昨日、書いた覚えの無い選択肢通りに行動したから、
良いことがあったのではないか?まさかね。偶然だよな。
僕は二日目の「自分の本」を書いた。
朝起きて、僕は昨日のこともあるので、一応、「自分の本」を開いてみた。
すると、僕の期待にこたえるかのように、やはり書いた覚えのない、
僕への選択肢が書いてあった。
「とても良いことがあったみたいですね。おめでとう。
さて、彼女に携帯番号を教えてもらったようですが、どうしますか?」
①早速今日、電話をしてみる。②しばらく様子を見る。
なんなんだ、このしばらく様子を見るって。変な選択肢。
こんなもの、①に決まってんだろ。チャンスを掴め!
僕は①に大きく〇をした。
電話をかけてよかった!僕とのデートを二つ返事でOKしてくれた。
やった。これを機にお付き合いできたら最高だ。
僕は喜びと、これからの期待を書き連ねた。
次の日も、僕は期待しながら、「自分の本」を開いた。
でも、そこには、最後に僕の書いた言葉以外は何も書かれていなかった。
僕は夢遊病の気でもあるのかな?
夜中にポジティブな僕が机に向かう姿を想像して、気持ち悪いような
面白いような、変な気分になった。
それからデートまでの数日間は何も「自分の本」への追記はされていなかった。
ついに彼女とのデートの日が来た。
僕は有頂天になっていて、自分の話ばかりしていることに気付いた。
彼女がずっとニコニコしながら聞いてくれるので、つい調子に乗ってしまったのだ。
僕がそれに気付き、彼女のことをいろいろ聞こうとした。
彼女の家族のことに話が及ぶと、彼女は少し暗い表情になったので、
僕はたずねたのだ。すると、彼女は重い口を開いた。
彼女は母一人子一人の母子家庭で、お母さんが難病らしく、手術の費用が無くて、
ほとんど死ぬのを待つばかりだと言うのだ。
彼女は重い話でごめんなさい、と笑顔でその話を打ち切った。
無理をしているんだ。僕はそんな彼女が健気で愛おしくなった。
なんとかしてあげたい。
僕はその日の出来事を「自分の本」に書いた。
あくる朝、久しぶりに追記があった。
「どうやら彼女はお金に困っているようですね。さて、あなたはどうしますか?」
①借金してでも、彼女に援助する。②しばらく様子を見る。
何なんだ、またしばらく様子を見るって。この選択肢は彼女を疑っているようで
失礼だろう。あんな純粋な子が嘘をつくとでも思っているのか。
僕は心の底で彼女を疑っているのだろうか?いや、そんなことは
絶対にない。僕は町で簡単にお金を貸してくれる金融で彼女のお母さんの
手術費を借りた。早めに返せばなんとかなる。
彼女は、僕の申し入れを、恐れ多くて受け取れない、と断ったが
僕は一生懸命彼女に受け取ってもらうよう説得した。
すると、彼女は涙ながらに、ありがとうとお礼を言った。
僕は、決めた。
彼女と結婚する。
そして、彼女のお母さんごと幸せにしてあげるんだ。
僕はその日の出来事と決意を「自分の本」に書き記した。
するとあくる朝、やはり追記がされていた。
「彼女と結婚を決意したようですね。さて、あなたは彼女にプロポーズしますか?」
①プロポーズする。②しばらく様子を見る。
まただ。何なんだよ、しばらく様子を見るって。
プロポーズするに決まってんだろ!①に一際大きな〇をした。
次の日、彼女の携帯に何度電話しても、彼女は返事をくれなかった。
何故?僕は悪い予感が頭をよぎった。
騙された?そんなことは、絶対に無いはず。
僕はその日の不安を「自分の本」に書き綴った。
そして、僕はまた追記を見ることになる。
「彼女と連絡が取れないようですね。さて、あなたはどうしますか?
①連絡が取れるまでずっと連絡し続ける。②しばらく様子を見る。
僕は初めて選択に悩んだ。
彼女への疑念が無いわけではない。
でもやはり、僕は彼女を信じたい。①に大きく〇をした。
僕の努力も空しく、もう数ヶ月連絡が取れない。
僕はそこで初めて気付いた。
騙されたんだ。僕は絶望にくれた。
しかも、簡単にお金を貸してくれた町金融の取立てが激しい。
いわゆる十一というやつだ。法外な金利を吹っかけられ、
僕は返済が滞ってしまい、とうとう今、強持てのお兄さんたちに
この倉庫に連れて来られたのだ。
僕に一億の保険をかけ、今まさに命を持って支払わせようとしている。
「冥土の土産にいいものを見せてやるよ。おい、出てこいよ。」
そう男が言うと、倉庫の扉が開き、久しぶりに彼女の顔を見たのだ。
彼女は僕と会う時とはまるで別人だった。
派手に着飾り、派手な化粧をして、咥えタバコでこちらをニヤニヤしながら見ていた。
「俺の女だ。」
そこで、全てが合致した。
僕は馬鹿だ。最初から仕組まれていたなんて。
僕がもしも、どこかで②を選択していれば。
海に沈むことも無かったのかもしれない。
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「自分の本」か。
これ、書店で今流行ってるやつだな。
まあ、平たく言えば日記なんだけど、表紙はまったく文庫本。
そこには、もう一冊しか残っていなかった。
ラスト1か。シャレで買ってみるか。まあ、どうせ長続きしないんだろうけど。
俺は「自分の本」を持ってレジに並んだ。