表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/313

自分の本

「自分の本」か。


これ、書店で今流行ってるやつだな。


まあ、平たく言えば日記なんだけど、表紙はまったく文庫本。


そこには、もう一冊しか残っていなかった。


ラスト1か。シャレで買ってみるか。まあ、どうせ長続きしないんだろうけど。


僕は「自分の本」を持ってレジに並んだ。


僕は家に帰り、簡単な夕食を済ませてシャワーを浴び、テーブルの上で


今日買ってきた「自分の本」の最初のページを開いた。


中は真っ白な白紙だ。僕の人生もこんな風に、真っ白なページから


始められたらいいのに。僕は今日の出来事を思い出し、ふうっと溜息をついた。


今日はいきなり、ネガティブなことから書き始めることになる。


仕事で凡ミスをしてしまい、上司にえらく怒られてしまったのだ。


責任感が無いからそんなミスをするんだ。そう罵られた。


責任感云々と根本的なところから否定されると落ち込んでしまう。


自分がすごく人間としてダメになった気がするのだ。


こうして、書くことによって、自分は成長するだろうか?


そんなことを考えつつ、前向きに行こうと自分に言い聞かせたのだ。


反省の言葉を最後に書き添えて、僕は床に就いた。


次の朝、心機一転、早起きをして少し早めに出社することにした。


ようし、今日はミスしないぞ。自分を奮起させるため、昨日書いた


自分の本を開き、反省点を再認識しようとした。


すると、昨日最後に書いたページの次のページに何か書いてあった。


「ミスをしてしまったのは、仕方のないことです。二度としないように、


今日は気分転換をしましょう。次の二つから選んでください。


①図書館へ行って好きな本を借りる。②お酒を飲んで、次への英気を養う。」


何、これ。僕はこんなことを書いた覚えはない。


でも、これは明らかに僕の字だ。寝ぼけてたんだろうか?


まあいいや。ちょっと面白いから、選んでみるか。


お酒は飲めないので、①図書館へ行く。


僕は鉛筆で大きく〇で囲んだ。


その日仕事が早めに終わったので、本当に図書館へ行った。


近くに遅くまで開館している図書館があるのだ。


お目当ての本の棚に行くと、僕のお目当ての本に、背の低い


小さな女性が一生懸命手を伸ばしていて、取れないようだ。


僕は仕方なく、その本を取り、彼女に手渡した。


僕はまた今度借りればいいや。


小さな女性は頭を何度も下げ、僕にお礼を言った。


かわいい女性だ。


「僕も、その作家さん、好きなんですよ。」


その小さな女性に、笑いながら話しかけた。


すると、その女性はぱぁっと表情を輝かせた。


「私もです。どの作品が好きなんですか?」


その日は、作家の話で盛り上がってしまった。


「あのう、閉館の時間なんですけど。」


僕らは盛り上がりすぎて、時間を忘れていたようだ。


僕らは一緒に、図書館を出た。


僕は、思い切って彼女の名前と、携帯番号を聞いてみた。


初対面で図々しすぎたかな。


でも、彼女は快く、名前と携帯番号を教えてくれた。


聞いてみるもんだな。僕はその帰り道、スキップしてしまいそうなほど


舞い上がってしまった。


家に帰って早速、この素敵な出来事を、「自分の本」に書いたのだ。


ひょっとして、昨日、書いた覚えの無い選択肢通りに行動したから、


良いことがあったのではないか?まさかね。偶然だよな。


僕は二日目の「自分の本」を書いた。


朝起きて、僕は昨日のこともあるので、一応、「自分の本」を開いてみた。


すると、僕の期待にこたえるかのように、やはり書いた覚えのない、


僕への選択肢が書いてあった。


「とても良いことがあったみたいですね。おめでとう。


さて、彼女に携帯番号を教えてもらったようですが、どうしますか?」


①早速今日、電話をしてみる。②しばらく様子を見る。


なんなんだ、このしばらく様子を見るって。変な選択肢。


こんなもの、①に決まってんだろ。チャンスを掴め!


僕は①に大きく〇をした。


電話をかけてよかった!僕とのデートを二つ返事でOKしてくれた。


やった。これを機にお付き合いできたら最高だ。


僕は喜びと、これからの期待を書き連ねた。


次の日も、僕は期待しながら、「自分の本」を開いた。


でも、そこには、最後に僕の書いた言葉以外は何も書かれていなかった。


僕は夢遊病の気でもあるのかな?


夜中にポジティブな僕が机に向かう姿を想像して、気持ち悪いような


面白いような、変な気分になった。


それからデートまでの数日間は何も「自分の本」への追記はされていなかった。


ついに彼女とのデートの日が来た。


僕は有頂天になっていて、自分の話ばかりしていることに気付いた。


彼女がずっとニコニコしながら聞いてくれるので、つい調子に乗ってしまったのだ。


僕がそれに気付き、彼女のことをいろいろ聞こうとした。


彼女の家族のことに話が及ぶと、彼女は少し暗い表情になったので、


僕はたずねたのだ。すると、彼女は重い口を開いた。


彼女は母一人子一人の母子家庭で、お母さんが難病らしく、手術の費用が無くて、


ほとんど死ぬのを待つばかりだと言うのだ。


彼女は重い話でごめんなさい、と笑顔でその話を打ち切った。


無理をしているんだ。僕はそんな彼女が健気で愛おしくなった。


なんとかしてあげたい。


僕はその日の出来事を「自分の本」に書いた。


あくる朝、久しぶりに追記があった。


「どうやら彼女はお金に困っているようですね。さて、あなたはどうしますか?」


①借金してでも、彼女に援助する。②しばらく様子を見る。


何なんだ、またしばらく様子を見るって。この選択肢は彼女を疑っているようで


失礼だろう。あんな純粋な子が嘘をつくとでも思っているのか。


僕は心の底で彼女を疑っているのだろうか?いや、そんなことは


絶対にない。僕は町で簡単にお金を貸してくれる金融で彼女のお母さんの


手術費を借りた。早めに返せばなんとかなる。


彼女は、僕の申し入れを、恐れ多くて受け取れない、と断ったが


僕は一生懸命彼女に受け取ってもらうよう説得した。


すると、彼女は涙ながらに、ありがとうとお礼を言った。


僕は、決めた。


彼女と結婚する。


そして、彼女のお母さんごと幸せにしてあげるんだ。


僕はその日の出来事と決意を「自分の本」に書き記した。


するとあくる朝、やはり追記がされていた。


「彼女と結婚を決意したようですね。さて、あなたは彼女にプロポーズしますか?」


①プロポーズする。②しばらく様子を見る。


まただ。何なんだよ、しばらく様子を見るって。


プロポーズするに決まってんだろ!①に一際大きな〇をした。


次の日、彼女の携帯に何度電話しても、彼女は返事をくれなかった。


何故?僕は悪い予感が頭をよぎった。


騙された?そんなことは、絶対に無いはず。


僕はその日の不安を「自分の本」に書き綴った。


そして、僕はまた追記を見ることになる。


「彼女と連絡が取れないようですね。さて、あなたはどうしますか?


①連絡が取れるまでずっと連絡し続ける。②しばらく様子を見る。


僕は初めて選択に悩んだ。


彼女への疑念が無いわけではない。


でもやはり、僕は彼女を信じたい。①に大きく〇をした。


僕の努力も空しく、もう数ヶ月連絡が取れない。


僕はそこで初めて気付いた。


騙されたんだ。僕は絶望にくれた。


しかも、簡単にお金を貸してくれた町金融の取立てが激しい。


いわゆる十一というやつだ。法外な金利を吹っかけられ、


僕は返済が滞ってしまい、とうとう今、強持てのお兄さんたちに


この倉庫に連れて来られたのだ。


僕に一億の保険をかけ、今まさに命を持って支払わせようとしている。


「冥土の土産にいいものを見せてやるよ。おい、出てこいよ。」


そう男が言うと、倉庫の扉が開き、久しぶりに彼女の顔を見たのだ。


彼女は僕と会う時とはまるで別人だった。


派手に着飾り、派手な化粧をして、咥えタバコでこちらをニヤニヤしながら見ていた。


「俺の女だ。」


そこで、全てが合致した。


僕は馬鹿だ。最初から仕組まれていたなんて。


僕がもしも、どこかで②を選択していれば。


海に沈むことも無かったのかもしれない。




※※※※※※※※


「自分の本」か。


これ、書店で今流行ってるやつだな。


まあ、平たく言えば日記なんだけど、表紙はまったく文庫本。


そこには、もう一冊しか残っていなかった。


ラスト1か。シャレで買ってみるか。まあ、どうせ長続きしないんだろうけど。


俺は「自分の本」を持ってレジに並んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ