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張り詰める食卓

朝目覚めると、鼻腔を久しぶりに味噌汁の匂いが満たした。


長らく、この匂いを嗅いだことがない。


胸が、しあわせな気分でいっぱいになった。


階段を下りると、母の柔らかな笑顔。


いつものエプロン。


「ごはん、出来てるわよ。」


すでに、弟の和真も席について、ご飯を食べていた。


和真はまだ小学5年生。


そして隣には生意気盛りの妹、美波は中学2年生。


「お兄ちゃん、寝癖ひどーい。」


美波が笑う。


こんな当たり前の風景がこんなにも幸せだとは。


母が癌で入院して一年間、我が家はぽっかりとそこに穴が開いていた。


もう末期でダメだと言われていた母の癌細胞は奇跡的に消え、昨日退院の運びとなった。


俺は自分の席に座り、いただきますと手を合わせた。


俺の隣では、和真と美波が、おかずをとったとらないで小競り合いをしている。


微笑ましく俺はその様子を見ていた。


「さて、次のニュースです。昨日未明、〇〇区在住の、田沢さん一家が自宅で死亡しているのが見つかりました。


田沢さん宅は二階の一戸建て住宅で、一階の居間に田沢 良介さんと妻の恵理子さん、二階の子供部屋に、長男祐樹くん10歳、階段で、長女の友里ちゃん7歳が、死亡しているのを、訪ねて来た近所の女性が発見。


死体は、何かに食いちぎられたような跡があり、そのあたりは閑静な住宅地で、近くに山林も無く、熊などの動物によるものとは考えづらく、現在、警察で事件として捜査中です。事件後、同居していた、祖父の幸助さんの行方がわからなくなっており、現在行方を追っています。


なお、都内の各地で、このような事件が多発しており、同一犯によるものかは不明です。」


いつの間にか、小競り合いをやめた美波が怖いね、と俺に不安そうな瞳で問いかけてきた。


俺も、不気味な事件だと思っているし、なまじ近くの区で起こった事件なので、早く犯人には捕まって欲しい。


「裕也、おかわりはいいの?」


その母の一言で、家族全員が、母の顔を怪訝な顔で見つめた。


テレビでは、辛口のコメンテーターが騒ぎ立てている。


「これはね、電脳ゾンビの仕業ですよ!目撃者だっているんだ!」


周りのコメンテーターやMC,アナウンサーなども冷ややかに笑っていた。


「電脳ゾンビは、人を食う。いつの間にか、家族と入れ替わるのが奴らの常套手段ですよ。これには、国が一枚噛んでいて・・・。」


「まあ、まあ、デニーさん。それは都市伝説みたいなもので、あくまで噂・・・。」


「いいや、電脳ゾンビはいる!俺は知り合いが、ヤツにやられたことを知っている!俺に最期の電話がかかってきて。あいつらの弱点は!」


辛口コメンテーターのデニー・佐藤の画像がプツリと切れて、CMが流れたあとにはその人はいなかった。


皆が注目する中、母は首をかしげて俺にもう一度問いかけた。


「裕也?おかわりはいいの?」


俺は、静かに立ち上がると、玄関に向かう。


そして、俺は、玄関に立てかけてあったバットを手にした。


台所に引き返し、ぽかんと俺を見つめる母の頭に、思いっきりバットを振り下ろした。


ごがんという鈍い音とともに、その頭は陥没した。


「いやああああああああ!」


美波が甲高い声で叫ぶ。


何が起こったか一瞬わからなかった、父が慌ててこちらに駆け出す。


「何やってんだ!お前!母さんに何を!」


弟の和真は失禁して泣き喚いている。


父が俺を羽交い絞めにしようとした時に、母から妙な音がした。








「ビビビビビビビビビッ」


皆が一斉にその音のする方向を見た。


母の頭が青白くスパークしている。


手も足も滅茶苦茶な方向に動かして、制御不能になって倒れた。


そして、皮膚と思われる組織全てが溶け出した。






ガチャガチャと歯と思われる組織が、俺に向かってすごいスピードで迫って来たが、素早く俺はスリッパで踏み潰す。すると、その歯も溶けてなくなってしまった。


母と思われる物体は、しばらく制御を失いじたばたしていたけど、時間が経つとともに、ドロドロと溶けて行き、ついには、頭部に埋め込まれていたと思われるチップのみになった。


その様子を見る間中、美波と和真は泣き叫んでいたし、父は唖然と立ち尽くしていた。






「電脳ゾンビだよ。父さん。母さんはたぶんもう死んでいる。入院中に死んでるんだ。」


俺がそう言うと、重い空気がたちこめて、しばらくすると、すすり泣きに変わった。


ここ近年、癌の画期的な治療薬が開発され、死亡率が飛躍的に下がり、ほぼ人は病死しなくなった。


臓器に重い疾患があっても、その人間の細胞があれば、臓器を作ることができるようになり、日本の人口はますます過密になり、逆に出生率は低くなり、少子高齢化が急速に進む昨今、まことしやかな都市伝説が流布していた。


国が、殺人をする。殺人マシンを製造して、人口減少を謀っているというのだ。


その名は、電脳ゾンビ。重い疾患で、もう手の施しようのない患者の情報をスキャンしてICチップにコピーし、特殊な溶融物質で人体を形成。つまり、ゾンビだ。


俺はネットで囁かれている情報で、ヤツの弱点を知っていた。


頭部を破壊すると、ゾンビの機能が停止し、体の溶融物質を溶かす液体が全身に流れて完全に液化する。


つまりは、証拠隠滅だ。残されたICチップのデーターもその物質により、全て読み取り不能となるのだ。


俺は、溶け出した液体に浮かぶチップを踏み潰しながら言った。


「今度はいいOSを入れてもらうんだな。俺は、裕也ゆうやじゃなくて、裕也ひろやだ。」


その時、玄関でチャイムが鳴った。


「ただいまー。母さんよ。開けてちょうだい。やっと退院できたの。」


どうやら、すでに破壊された情報が飛んだようだ。


いったい母さんで何体作ったんだ。



俺はゆっくりと、バットを拾い上げ、玄関に向かった。


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