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透明になるということ

「ずっと、待ってるから。」


私が、そう呟くと、アキトは悲しそうに無理やり微笑んだ。


ついてきて欲しい。


そう言われ、私は頷くことができなかった。


母一人、子一人。


体の弱い母を置いては行けぬ。


これからは、私が生活を支えなくてはならない。


私が高校を卒業と同時に、恋人のアキトは、海外へと赴任が決まった。


アキトと私は幼馴染で、アキトは6つ年上。


高校を卒業したら、結婚しよう。


そうプロポーズされていた。


「本当は海外赴任なんてイヤだったけど、会社には背けない。」


晴れて結ばれると思っていた。


アキトはお母さんも一緒に住むつもりだと言ってくれてた。


運命とは皮肉なもので、そう言っていた矢先のことだった。


「何年先になるかわからないけど、待ってて欲しい。」


ーずっと待ってるから。-


毎日のように、彼はメールをくれたし、時々、電話もくれた。


ところが、その便りも、日を追うごとに少なくなっていった。


仕事が忙しいのだろうと思った。


ここ1年くらいは、二週間に一度連絡があればよいほどになり、ついにはもう、ここ二ヶ月くらい音沙汰が無い。


さすがの私も、痺れを切らして、彼の携帯にメールを入れてみた。


するとそのメールはあて先不明で戻ってきた。


登録されている、彼の携帯電話にも電話したが現在使われてませんと、乾いた声で伝えるばかり。


それは、私にとって残酷な通知であった。


彼は私に黙って、携帯番号を変えている。


私は、たまらなく不安になって、アキトの実家を訪ねてみた。


アキトの両親は驚いたように、私に告げた。


アキトは向こうで結婚したと。


お相手は、アキトが赴任した国の女性で、近々こちらにつれて帰ってくるというのだ。


両親は私の心中を察して、申し訳無さそうに話した。


アキトからは、私と別れたと聞かされていたらしい。


私は、絶望の淵に落とされた。


その矢先に、母が病気で亡くなった。


もう、私には生きている意味が無い。


死のう。


古い長屋の縁側に椅子を持ち出し、欄間にロープをかけて輪を作った。


椅子を蹴る。


苦しいのは一時で、すぐに楽になった。


死ぬってこういうことなんだ。


私は、初めて死の意味を知った。


天国に行くとか地獄に行くとか、霊界があるだとか、そういった今までの生きていた頃の常識を覆すものだった。


死んだ瞬間に、私は体の中からはじき出された。


縁側には、私だった物がぶら下がっている。


でも、確かに私の意識はある。


私は、洗面所まで歩いて行き、鏡を見た。


何も映らない。


だが、腕も足も顔も確かに存在した。


自分の手で輪郭を確認し、今までとなんら変わりない感覚がある。


手をつねってみた。夢なのではないかと。


どうやら痛いという感覚はもう消えているようだ。


これは夢なのだろうか。それとも現実か。


縁側に戻ると、確かに私だった体がぶら下がっている。


魂も形を持っているのかな。


魂というと、人魂を思い浮かべるのだけど。


飛べるのだろうか。ためしに、羽ばたいてみたが飛べない。


自分でもおかしくなった。


私は、その状態で、何日も自分の体が腐り朽ち果てるのを眺めていた。


10日経ったある日、長屋の大家さんがようやく私の死体を見つけてくれた。


だいぶ痛んでいたし、首吊り死体なんて見たことないので、それは腰を抜かして驚いていた。


大家さん、ご迷惑をかけて、ごめんなさい。


透明になった私は、大家さんに頭を下げた。


天に召されるだとか言うのは嘘なんだな。


私はまだ、ここに居る。


愛しのアキトが、私のささやかなお葬式に来てくれた。


ようやく会えたね、アキト。


でも、傍らには、美しい異国の女性が居る。


奥さんには、幼馴染って言ってるんでしょうね。


私の透明の体に真っ黒な感情が満たされて行く。



私は、玄関を出て自宅に帰る、アキトの後について行った。


ずっと、側にいるよ。


目には見えないけど。


ずっと待ってるよ。


あなたがこっちに早く来れるように、私はこれから知恵を絞るから。





だからね、早くこっちに来てね。


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