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ストップウォッチ


ストップウォッチを拾った。

就職試験を落ちまくり、すでに30社目の不採用通知を受け、不貞腐れて近くのコンビニに酒を買いに出掛けた帰り道だった。

そのストップウォッチは、薄暗い街頭の下でも妖しく金色に光っていた。

ストップウォッチに金色って。いったい、どこの国で作られたんだよ。

無視して通り過ぎようとしたが、よく見ればデジタルは動いている。

ふむ、カップ麺作る時くらいには使えるか。

俺は地面についていた面をはいていたジーンズで拭き、ポケットに忍ばせた。


さて、貧乏学生の侘しい食事だ。酒はもちろん発泡酒一缶のみ。

飲まなけりゃ、やってられるか。貧乏だけど、これくらいの憂さ晴らしはいいだろう。

リモコンでリビングのテレビをつける。

「さて、次はお天気です。気象予報士の斉藤さーん。」

お、斉藤日名子だ。俺、すげータイプなんだよね、この子。

かわいいうえに、気象予報士の資格まで取れる才女。理想の女の子だなあ、まさに。


キッチンに立ち、小さな電器ポットに水を入れ、スイッチを入れる。

その間に、カップ麺のパッケージを破り、スープの粉を投入。

お湯が沸いた音を聞いてから、ストップウォッチのスタートボタンを押し、カップ麺にお湯を注いだ。

あとは、ストップウォッチが3分を指すのを待つのみ。


俺はストップウォッチを止めた。

俺は違和感を感じた。

いつの間にかリビングのテレビは消えていた。

あれ?俺、テレビつけなかったっけ?もう一度、リモコンでテレビをつける。

「さて、次はお天気です。気象予報士の斉藤さーん。」

え?さっきも同じこと言わなかったっけ?

そしてテーブルを見ると、まだ未開封のカップ麺が。

確かに、カップ麺のパッケージを開けて、スープとお湯を投入したよな?

俺は電器ポットを触る。温かくない。しかも、水すら入ってない。

なんだこれ。

夢でも見てるんだろうか?俺は思いなおし、またカップ麺を開封し、お湯を沸かし注ぐ。

ストップウオッチで計り、3分を待つ。


俺はまた違和感を感じる。

またテレビが消えてるのだ。

なんなんだ、壊れたのか?参ったな。

もう一度リモコンの電源を押す。

「さて、次はお天気です。気象予報士の斉藤さーん。」

まただ。ということは、俺の目の前にはまた・・・。

やはり未開封のそれは鎮座していて、お湯も沸いていない。

なんだよこれ。

俺は、そこで初めてある可能性き気付く。


もしかして、ストップウオッチか?

確実に確認する方法がある。

俺はベッドわきのサイドテーブルに置いた目覚まし時計を目の前に置いた。

そして、ストップウオッチを押す。

「あっ!」

目覚まし時計は、反対回りに秒針を刻み始めた。

間違いない。時間が巻き戻っている。

このストップウォッチは、時間を巻き戻すことができるみたいだ。


3分で計れば、その時点から3分前に戻る。

ということは。

俺は試しに、またストップウォッチを押した。

すると、逆再生のように俺の周りの景色が動き出した。

ストップウオッチを止めると、俺はコンビニ袋を提げて、アパートの前に立っていた。

時計は15分前を指していた。

ストップウォッチも15分を指している。なんだこれ。すげえ。


いろいろ試した結果、どうやら、ストップウォッチ自体は普通の物と同じらしく、100時間計。

つまり、100時間は時間を遡れる。つまり4日と4時間は一度に時間を戻せるということだ。

不思議なことに、時間を遡っている間は、空腹も感じないし、排泄もしない。

どういう原理かは俺にもさっぱりわからない。

ちなみに、就職試験前に戻ってもう一度面接をしてみたが、やはり落ちた。

俺の人生は、ちょっとやそっとじゃ修正が効かないみたいだ。

これって、連続して押し続ければ、人生やり直せるんじゃないかな?

俺はそう思った。俺が就職できないのは、やはり大学がFランだからだ。

そう思い、根性でストップウォッチを押し続け、ついに今の大学の4年間をフイにして、もう一度本命の大学受験にチャレンジし、受かった。試験問題がすでにわかっているので当然である。


そこからの俺の人生はばら色だった。

本命の大学に受かる。試験もあらかじめ巻き戻せば問題は知っているので楽勝。

大学を優秀な成績で卒業。もちろん優良企業への内定も決まった。


しかし、このストップウォッチの動力ってなんだろう?

見れば見るほど不思議なストップウォッチだった。

電池を入れるところも無く、かといってソーラーが動力でもなさそうだ。

この4年間、まったく電池が切れることなく動き続けている。


もうこいつも必要ないかもな。俺は人生をやり直すことができた。

いや、やはりこいつは人生の保険として持っておこう。

俺の人生、向かうところ敵なし!

俺は浮かれていた。内定も決まり、友人と旅行に出かけることにしたのだ。

そこで、俺を悲劇が襲った。

居眠り運転の友人の車が、車線をはみ出し、対向車と正面衝突。

寸前、俺はとっさにポケットのストップウォッチを握った。

助かった!事故を回避できた。俺は時間を1日戻し、友人との旅行をドタキャンした。

友人からはさんざん文句を言われたが、本来なら感謝してほしい。

お前は俺のおかげで死なずに済んだのだから。

もうこのストップウォッチを手放せなくなった。

俺は、旅行をドタキャンした代わりに、一人で釣りに出かけた。

釣りなんてどれくらいぶりだろう。たまには一人でのんびりするのもいいものだ。

俺は岩場で竿を出し、釣り糸を垂らしていた。

すると、突然、俺を高波が襲った。足元をすくわれ、海に落ちた。

ヤバイ、溺れる。俺は藁をも掴む思いで、ストップウォッチのボタンを押す。

すると俺の体はいつの間にか、岩場の上に居た。

た、助かった。俺は時間を遡り、釣りにでかける前にまで時間を戻す。

かれこれ、1時間前。

そういえば、事故に遭いかけたのもこの時間ではなかったか?

友人との旅行で事故に遭いかけたのも、朝の8時ごろ。

遠出だったので、早朝に出かけたのだ。

釣りに出たのも同じ頃。

いや、偶然だ。こうなったらもう家で大人しくしているしかない。

俺はそう思って、布団を頭から被った。


く、苦しい。俺は突然の胸苦しさに目が冷めた。

胸が締め付けられる。今までにないような感覚。

ヤバイ。このままでは死んでしまう。

俺は慌てて枕もとのストップウォッチに手を伸ばす。

時が戻り始めた。俺の体はすっと楽になった。

た、助かった。時計を見る。おれは愕然とした。午前8時。

事故も、溺れたのも、胸が苦しくなったのも今日の午前8時。

これって、死亡フラグ?

嘘だろう?俺、まだ22歳だぜ?

俺の人生、22年で閉じることになってるの?

俺は絶望的な気分になった。

だって、人生、これから楽しくなるって時に。

就職し、恋愛をし、結婚し、家庭を持って、幸せになる。

人生設計はこれからだっていうのに。

ストップウォッチを押しながら、俺は悩み続けた。

どうやらあの日の午前8時に死ぬことだけは、変えられないらしい。


大学の時は、あんなにうまく行ったのに。死亡フラグだけは、変わらないようだ。

悩み続けた結果、俺は考えを改めた。

だいいち、就職すれば、人間関係に悩むだろうし、恋愛だってうまくいかないかもしれない。

結婚だって人生の墓場だって言ってる人間もいるし。家庭を持てば、家族のために働き、家のローンに追われ、老後だって子供に邪魔扱いされて、肩身の狭い思いをするかもしれないじゃないか。

そう考えれば、お気楽な学生生活を延々と続けられる今は、最高なんじゃないか?

俺は、ストップウォッチを押し続ける。そして、永遠に学生としてエンジョイする覚悟を決めた。


「おい、田中か?これから俺んち、来ないか?飲み明かそうぜ!」

こうなったら徹底的に楽しんでやる。

その夜は、朝まで飲み明かした。

俺は浮かれていた。

そして、そのあくる日が2015年12月2日だということをすっかり失念していたのだ。


「うぅっ!」

突然の胸の痛み。

し、しまった。す、ストップウォッチ、ど、どこだ。

俺は痛む胸を掻き毟りながら、ストップウォッチを探した。

あ、あった!ヤバイ、時計が7時59分を指している。

は、早く、押さなきゃ!

「うーん。」

隣で寝返りを打った田中の手が当たって、ストップウォッチが弾き飛ばされた。

嘘だろう!

無情にも時計は8時を刻む。

は、早く!止めなきゃ。

だが、胸の痛みで、ストップウォッチまでたどりつけない。

カチッ。目覚まし時計が8時1分を指した。

そ、そんな・・・。神様。


*****************************


「クッソー、マジか!あり得ねえ、こんな結末。」

「へへっ、今回の掛け金、俺いただきw」

「まさかのドジっ子かよ。」

「ストップウォッチをずっと使って生き続けるか、それとも、人生に絶望して死を選ぶか、二択だと思ってたのに。」

三人の死神が、大騒ぎしていた。

二人の死神がもう一人の死神に金を渡す。

俺の死は、こいつらの賭けに利用されていたのか。

俺の目の前に、ストップウォッチを置いたのもこいつらの仕業だった。


「人の死を弄ぶとは何事ぞ。」

天が割れんばかりの声がした。

「ヒッ、神だ。」

三人の死神は震え上がった。

「お、お許しを。」

ひれ伏す三人の死神を眩い光が包んだかと思うと、三人を稲光が打ち据えた。

すると、そこには三人の死神の姿は無かった。


三人が目を開けると、そこは地上だった。

お互いの姿を確認しあった。

三人は人間の青年の姿になっていた。


そして、三人の目の前には、3つの金のストップウォッチが落ちていた。

三人はそれを拾うしか選択肢が無いことを、十分すぎるほど知っていた。


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