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悪夢

俺の目の前で炎が燃え盛っている。

意識がだんだんと薄れてきた。俺はもうダメなのか。


「大丈夫ですかっ?誰かいますかっ?」

その叫び声に俺は、失いそうな意識を奮い立たせて声を出した。

「た、助けて・・・。」

二人の消防士が俺を見つけて屋外に担ぎ出してくれた。


助かったのか?俺。


気がつけば病院のベッドの上で寝かされていた。

体を動かそうとすると、背中が痛んだ。

どうやら、背中に火傷を負っているらしい。

腕にも包帯が巻かれ、ところどころ痛む。


たいした怪我もなく、俺は奇跡の生還をとげたようだ。

「良かった。意識が戻って。」

彼女はそう言うと大粒の涙を流した。マイコ、俺の彼女だ。

俺は彼女と両親に見守られていた。

全員が良かったと泣いた。


出張先のホテルで火災に遭ったのだ。

親友も俺を見舞いに来た。

俺の無二の親友。コウジ。

すぐに飛んできてくれて、ほんとうに嬉しかった。

俺は驚異的な回復力で1ヶ月で退院の運びとなり、しばらく実家で世話になることになった。


俺の両親は典型的なサラリーマン家庭で、すでに引退して隠居生活を送っている。

兄弟はおらず、一人っ子の俺はそれはそれは大切に育てられ、大学にも進学させてもらい、商社に就職、もうすぐ彼女とも結婚を控えた矢先の災難だった。

不幸中の幸いで、俺はこうして無事生きていられることに感謝した。


ところが実家に帰ってしばらくすると、悪夢にうなされるようになった。

夢の中で俺は、まだ年端もいかない幼児で、乱暴な男に殴られるのだ。

圧倒的な容赦ない大人の暴力に俺はなす術もない。

俺は玉のように汗をかきながら飛び起きる。

何故こんな夢を見るのか。もちろん、家では親から暴力を受けたことなどなく、あの夢の中の男は誰なのか。

今までこんな夢を見たことが無かったので不思議でたまらなかった。


「なあ、俺、最近、変な夢を見るんだ。」

俺は実家ででコウジと酒を酌み交わしている。

「夢?どんな?」

「俺が、虐待を受ける夢だ。夢の中では俺は幼児で、見知らぬ男に虐待されている。」

「そうなんだ。お前んち、親は優しそうだし、幼児期にそんな体験無いだろ?」

「ああ、だから不思議なんだよ。あと、腹が減って、暗い場所に放置されてる夢も見る。ずっと親が帰らなくて寂しいって思うんだ。夢の中で。」

「ニュースで酷い事件聞くからなあ。お前、感化されちゃったんじゃないの?」

「いや、最近はそういうニュース聞かないし、だいいち今までそんなニュースを見てもまったくそんな夢は見なかった。」

「あれじゃねえの?やっぱ火事のショックとかあるんじゃね?まあ、ゆっくり休めよ。有給、余ってんだろ?」

「ああ、会社のほうも、出張させての事故だったからな。完治するまではゆっくり休養しろとのことだ。」

でも、毎晩なんだ。毎晩同じ内容の夢。

俺はどこかおかしくなってしまったのだろうか。


そのことを、マイコにも話すと、心配して心療内科に通うように勧められた。

心療内科に行っても、さらに強い薬が処方されるのみで、俺はだんだんと、意識が朦朧となってきた。


日々、悪夢は酷くなって行く。もうあの火事から随分と経つ。体は回復しているというのに、精神がどんどん蝕まれている感じがするのだ。

「毎日悪夢を見るんだ。夢の中の俺は、幼児でいつも虐待されているんだ。暴力だったり、放置されてたり。すごく苦しくて悲しいんだ。」

そうマイコに訴えた。

「気にすることないわよ。たかが夢でしょう?」

マイコとは思えない言葉に俺は思わず、マイコを見つめた。

一瞬マイコの顔が歪んで見えた。そして、一瞬だが、彼女がまったく別の女の顔に見えたのだ。

「どうしたの?」

マイコがたずねた。

「い、いや。別に。なんでもない。」

きっと錯覚だ。


ある朝、俺がまた悪夢から覚めると、何故か両親が俺の枕元に立っていた。

いや、両親なのか?視界が歪む。

両親だと思っていた顔が見知らぬ男女になった。

まただ。マイコの時と同じ。

「あんたら、誰?」

「何を言ってるんだ?お前は。」

両親が元の顔に戻った。


俺はいよいよおかしくなったらしい。

病院で相談するも、やはり薬しか処方されない。

ついに幻覚まで見るほどになったというのに、病院へ通っても何も解決しない。

俺は苛立ちを覚えた。


そして、俺はついに最悪の悪夢を見た。

それは、俺が強盗をするという内容だ。

ある家に侵入し、盗みを働こうとするが家族と鉢合わせする。

まずは、女を刺し殺した。俺の足音に目を覚ました女の口を塞ぎ、一気に胸に刃物をつきたてる。

女の口から洩れる生暖かい血の感触と、刃物が体に吸い込まれる感触まで伝わった。

一瞬、その顔はマイコになった。

「マイコ?」

俺は夢の中で血の気が引いた。

「誰だ!」

物音に気付いた誰かが叫ぶ。男だ。

俺はすばやくその男の胸にも刃物を突き立てる。

その顔は一瞬、コウジになった。

「コウジ!」

親友の胸からどくどくと血が溢れる。

俺は恐ろしくなって、あとずさると、誰かにぶつかった。

そこには驚愕の表情を浮かべた年配の男と女が立っていた。

俺は野生動物のように二人に襲い掛かり、馬乗りになって二人を刺した。

刺していくうちに、その顔は俺の両親の顔に変化した。

「親父!お袋!」

俺は自分のしてしまったことの重大さに恐れおののいた。

もう終わりだ。お終いだ。

何もかも、リセットしてしまいたい。

俺は、その家に火を放った。

何もかも、燃えてしまえ。

俺のクソみたいな人生も。

ああ、そうか。

ようやくわかってきた。


燃え盛る炎の中、俺の意識はだんだんとはっきりとしてきた。

俺だって、いつまでも幼児ではない。

虐待される中、ずっと生き抜いてきたのだ。

そして、反撃の時は来た。

俺が中学生になっても、親父は俺を殴り続けた。

飲んだ暮れて働かないくせに。

俺の中で何かが弾けた。

気がつけば、俺は親父を刺し殺していた。

そして火を放った。

それからの人生は面白いほど悪い方に転がった。

少年院から出れば、母親はどこにも居なかった。

やっとクズのような親父から解放され晴れて自由の身になったというのに、また殺人犯で放火までしでかしたバカ息子を待っているほど、世の中はドラマに満ちてはいない。


前科者に社会は甘くはなかった。ましてや親殺しになど。

俺は、天涯孤独で、悪いことなら何でもしなければ生きて行けなかった。

万引き、空き巣、強盗。


「大丈夫ですか?誰か居ますか?」

二人の消防士が駆けつける。

一人はコウジで、一人は親父だ。

いや、コウジは俺の親友でも何でもないし、もう一人の男も親父ではなく見知らぬ男だ。

女が泣いている。

マイコ、俺の彼女でも何でもない。見知らぬ女だ。

お前達は俺を恨んでいるだろう。

夢の中の俺こそが、本当の俺なのだから。


俺はこの山間の静かな一軒屋に強盗に入ったんだった。

本当の俺の生い立ちは、虐待を受け、捻じ曲がって育ち、親を殺し、悪い事は何でもやってきた。

そうしなければ生きていけなかったから。

俺の奪った物の大切さをお前らは俺に伝えたかったんだろう?

俺が殺した見知らぬ一家。

平和に暮らしてきた家族の幸せを奪ったのは俺だ。

無表情の4人が俺を見ている。

両親と恋人、親友だったと思っていた男。

きっと年老いた老夫婦とその息子夫婦が住んでいたのだろう。

親友のコウジと恋人のマイコは俺の妄想で、この二人はきっと俺が殺した夫婦だ。

きっと俺はもう助からない。


燃え盛る炎。

これが全てのはじまりだった。

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