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本章 1

 本章 堕落天使は主と共に


「あと少しで着きますよ、我が主」

 品の好い調度類に統一されたゆとりのある客車室で、その声は掛けられた。

 好く通る男性の声である。その声の響きはどこか甘く、透明感のある心地好い声だった。その声の持ち主、黒の執事服に身を包み、ルビーのように赤い瞳と雪のような色合いを見せる白髪を持ちそして褐色の肌をした、どこか背徳めいた気配を漂わせる青年へと彼の主は応えを返す。

「分かってる、それぐらい」

 僅かに硬い響きを滲ませる声だった。その声に、

「緊張していますか? アリエル」

 執事服の青年は自らの主の名前を呼んだ。今年で十七歳になる、勝気という言葉が好く似合う少女だった。どこか硬い印象を受ける青を基調とした軍服めいた服装に身を包んでいる。その肌は年相応にすべらかであり、白いと言い切れるほどではないが色素は薄い。そして、琥珀色の瞳を持ち柔らかくさらりとした質感をした亜麻色の髪をショートカットでまとめている。元々の顔立ちが整っているせいか、今のどこか強張った表情は鋭く尖って見えた。

 執事服の青年にアリエルと呼ばれた少女は、革張りのソファに腰を落としたまま顔だけを向け応えを返す。

「悪いか、緊張してて。初めて魔導特捜官ウィザード・オフィサーとして一人で事件に当たらなきゃいけないんだ」

「ふむ。恐ろしいですか? 他の魔導特捜官ウィザード・オフィサーの助けが無い事が」

「違う――」

 視線を真っ直ぐに向けたまま、アリエルは言葉を続ける。

「助けがない事が恐ろしいんじゃない、自分の力が足りないことでやるべき事が出来ない事が怖いだけだ」

「なるほど。ならば、今から帰りますか?」

「つまらないことを言うな、アザゼル」

 凛、とした声で、アリエルは自らのしもべたる執事服の青年、アザゼルへと告げる。

「俺とお前の二人で、事件は解決するんだ。そのために今ここに居るんだからな」

 その言葉に、アザゼルは満足気に小さく笑みを浮かべると、

「あぁ、素晴らしいですよ、我が主。それでこそ、私の愛しい人です。ルシフェルやサタンなんかに負けていられませんしね」

 嬉しそうに言った。そんなアザゼルにアリエルは小さく息を吐くと、

「勝ち負けなんかどうでもいい。問題を解決さえ出来れば誰だって良いんだ。むしろ俺たちより、他の魔導特捜官ウィザード・オフィサーの方が巧くやってくれるかも知れないんだから」

 何処か自嘲するように言う。そんな彼女に、

「そんなことはありませんよ。自分と、そして私を信じてください、アリエル。そして何よりも、弱音は魔導特捜官ウィザード・オフィサーには許されないことなんですから」

 アリエルを励ますように、そして背筋を正すように、アザゼルは言葉を返した。実際、魔導特捜官ウィザード・オフィサーに弱音を吐くことなど許されてはいなかった。

 魔導特捜官ウィザード・オフィサー。それは世界政府ワールド・オーダーによりこの世界全ての都市における捜査権限を与えられた者達のことである。その責務は世界の安定を守ることであり、それを脅かす者があれば滅ぼすことすら求められる。そうであるべき魔導特捜官ウィザード・オフィサーに、弱音を吐く余裕などどこにもない。

 アザゼルの言葉にそのことを思い出したアリエルは、ぱんっ! と自らの頬を両手で叩くと、気持ちを切り替える。

「そうだな……忘れろ、今の言葉は、って! なにすんだいきなりっ!」

 何の前触れもなく、いきなり自らの頬に両手を寄せるアザゼルに、アリエルは顔を真っ赤にして声を上げる。

 それに、しれっとなんでもないかのような表情でアザゼルは、

「なにって、おまじないです。いきなり自分の頬を叩くなんてことをして。痛くなかったですか? 痛いの痛いの、飛んで行け~」

 そっとやさしく、アリエルの頬にその掌を当てたアザゼルは、そのまま静かに頬を滑らせると、自分の胸元に掌を持って行きそこでパッと開く。まるで、捕まえた何かを捨ててしまうかのような仕草だった。それに、

「~~っ、子ども扱いするなバカーっ!」

 頬に染み込んでくるようなアザゼルの体温と、産毛が逆立つような感触を与えられた掌のなごりに鼓動を強く打たせながら顔を真っ赤にしてアリエルは声を上げる。それにアザゼルは、

「子供だなんて、とんでもない。立派な、大人ですよ、私の主は。体も心も、何もかも全て」

 微笑みながら応えた。

「キモいっ! そういうこと平気で言うな変態っ!」

「ははっ、可愛らしいですね、本当に我が主は。失礼、間違っていました。この程度で恥ずかしがる貴女は、まだまだ少女ですね」

「~~っ、お前は~。楽しいか、俺をそんなにからかって」

「ええ勿論。この世の中で三番目ぐらいに楽しいですね。ちなみに二番目は貴女の世話を焼くことで、一番目は、秘密ですが」

「……答えなくて良い。どうせ恥ずかしいことしか言わない気だろう」

「さて、どうでしょう。それは貴女次第ですけれど」

「……ほんとに、お前は。昔聞いてた話と全然違う。昔っから、そんなんだったのかよ」

 ほんの僅かではあったがアリエルの問い掛けには、彼女自身も気付けない怯えるような不安が滲んでいた。それにアザゼルは、やわらかな笑みを浮かべ静かな眼差しを向けながら、

「ええ、勿論。シェーラと初めて契約を結んだ時から、私は今のままですよ。誰かの前だから、自分を変えたことなどありません。いいえ、変えたくないからこそ、私は『デウス』の天使であることを止め人の使い魔たる堕天使へと望んで堕ちたんです。そんな私の事が、嫌ですか? アリエル」

「嫌ならお前を望んでない……ばか」

 ふいっと視線を逸らし、自身では気付いていない拗ねた気配を滲ませながらアリエルは迷い無く、けれどどこか恥ずかしそうに応えを返した。そんなアリエルに、アザゼルはどこか嬉しそうに苦笑すると、

「嬉しいですよ、我が主。今でも感謝しています。貴方は私の力でも無く、私と契約することで得られる権威でも無く、私自身を望んでくれた。だからこそ、私は貴女と契約したんです。貴女の為に尽くさせてください、アリエル。それが私の、喜びなのですから」

「勝手なこと言うな」

 すっとソファから立ち上がると、軽く握った拳をアザゼルの胸元に当ててアリエルは応えを返す。

「守られるだけのお姫様なんてまっぴらごめんだ。お前も頼れ、信用しろ。お前が俺の為に在るというのなら、俺もお前の為に生きてやる。それがお前との契約だ。忘れるな、お前と俺は、平等なんだ」

 それは厳かな儀式のように、かつての誓いの言葉を口にする。それは不安から産まれた行為ではあったけれど、同時に相手の為にあろうとする想いから生まれた行為でもあった。だからこそ、アザゼルはその想いを受け入れ、かつての誓いの言葉を口にする。

「承知しました我が主。貴女が貴女である限り、我が血肉と魂の全てを懸け貴女の為に在りましょう。ご命令を、我が主。全ては貴女が望むがままに」

 それは不安と、相手の事を大事にしたいからこその儀式。戯れのように繰り返しながら、確かさを求め重ねられる。幾度と無く繰り返されたそれを、今また二人は重ねていた。

 穏やかな雰囲気くうきが二人の間に満ちる。けれどそれを振り払うように、アリエルはアザゼルへと告げた。

「儀式は終わりだ、アザゼル。それよりも、後どれぐらいで着く。目的地のゴリアテへは」

「あと僅かです。ですが、まだ時間もあります。どう致しましょう、我が主。到着まで休まれるのも好いとは思いますが――」

「いや、いい。まだ時間があるのなら、改めてこれから行く場所としなければならないことの確認をしておいた方が気が休まる。事前報告書を、また出してくれアザゼル」

 ソファに再び腰を落としそう告げるアリエルにアザゼルは小さく頷くと、部屋に備え付けのテーブルに置かれていた書類を手に取り、

「どう致しますか? 確認と見落としが無いかもかねて、私が内容を口に出して説明しますが。一人で見るよりも、二人で確認しあいながらの方が見落としは少ないと思いますが」

「……そうだな、そうしてくれ。まずはこれから行く場所から確認しよう。ゴリアテ、だよな」

「はい。七百三十三の魔都の中においては、中級ほどの規模の都市ですね」

 アリエルの問い掛けに、アザゼルは補足するように答えを返す。

 今アザゼルが口にした魔都とは、魔女と呼ばれる存在によって治められた都市のことである。大元は、かつてこの世界に存在した『デウス』と呼ばれた存在との闘いにおける拠点や防塞都市としての役割を果たしていた都市である。人類が『デウス』との闘争である神殺戦争デウスマキアに辛うじて勝利した後も『デウス』が残した負の遺産である凶獣や凶樹などといった人を襲う災厄から逃れるための機能を有している。

「そのゴリアテの魔女に何かがあった、ということだよな」

「はい、そのようです。時間にして四十三日と、十六時間余り前になりますね。ゴリアテの魔女であるスカーレットの居城にて戦闘音と思われる音が発生、その後、実状を確認する為に魔女の居城へと都市の治安機構を送るも全てが帰還せず。同時に、魔女との連絡を取る為に用意されていた全ての手段は途絶、もしくは魔女からの返答は無し。状況から考えて、何者かにより魔女の安否は脅かされている物と判断できる、というのが、大まかなあらましですね」

 アザゼルの読み上げに、アリエルは少しだけ考え込むような間を置いたあと問い掛けをする。

「魔女の安否が分からないのは分かった。けど、都市の防塞機能は維持されているんだよな? あの都市は、魔女による都市機能制御がされている都市だっただろ? なら、魔女はまだ死んではいないと考えた方が良いと思うか?」

 今アリエルが言葉にした通り、魔都における魔女とは、都市の機能を制御する役割を持っている。元々魔女とは、かつて『デウス』との戦いの際に人類の勢力をまとめ上げた三賢者と呼ばれる者たちの一人であったトリスメギストス、彼が造り出した人造精霊マギ・スピリットである悪魔と何らかの代償と引き換えに強大な魔導能力を得る契約を交わした者たちの事である。それにより常人では得られないほどの強大な魔法を使い得るようになっている。ごく稀に男性であることもあるがそのほとんどが女性である魔女達は、魔都という巨大な魔法機関の中に生活する者達の生命力や精神力を魔力へと変換させ、それを魔都に刻まれた様々な魔法機関に誘導制御することで都市の防御機構を実行させている。現在ゴリアテの都市防御機構は若干の乱れを見せながらも機能を維持し続けているため、その要である魔女が生きている証しではないかとアリエルは考えたのだ。それに、

「さて、それはどうでしょう?」

 含みを持った声で、アザゼルは応えを返した。

「確かに都市の防御機能は維持されているようですが、それだけで魔女の生存を確定するのはまだ早いかと。魔女が生み出された当時は、まだ魔力の制御機構を機械的に代用する手段は未熟でしたが、現在では思考金属オートマトンを制御中枢に置いたシリウス級以上の魔導機関マギ・エンジンの助けがあれば、複数の平均的な魔導能力者たちで都市機能の制御維持は可能でしょう。おそらくは魔女との戦闘を行い、そして勝ち得るほどの能力を持った何者かが関わっていると見た方が良いでしょうから、場合によってはこれから対峙する相手は組織的な相手だと考えた方が良いかもしれません」

「……そうだな。なら、魔女はすでに死んだ物として行動した方が良いか」

「生きていてくれた方が好かったですか?」

 アザゼルの問い掛けに、アリエルは感傷するような間を開けてから応えを返す。

「あぁ。生きている方がこちらが取り得る行動は制限されるし場合によっては不利になるのは分かっているけれど、それでも、その方が好いよ」

「なら、そのつもりでいきましょう。我が主」

 励ますような笑みを浮かべながら告げるアザゼルに、アリエルは無言で何かを言いたげな視線を向ける。それに、

「想定するのなら最悪で。物事は十の力を用意してようやく一つの事しか出来ない事が多々あります。ならば、より最悪を想定して行動するべきです。我々にとって最悪なのは何か? 分かりますか?」

「……魔女が生きていて、人質に取られること、か?」

 アリエルの応えに、アザゼルはにっこりと笑うと、

「いいえ、違います――」

 笑顔のまま否定する。そして続ける。

「最悪なのは、魔女すら敵であることです。今回の事件全てが魔女とその勢力にある者達による狂言であり、我々に危害を加える事が目的であった、それが考えうる最悪の一つです。これですら、最低最悪、というほどではありません。それからすれば、魔女が生きていて、魔女を助ける為に我々が命を賭けることなど、楽勝に少しばかり苦労が乗っているだけに過ぎません。だからこそ、アリエル、諦めなくてもいいんですよ。誰かを助けたいと思う、貴女のその想いは」

 アリエルは苦笑する。強張っていた力が抜け、代わりに何かをしようという意志が湧いて来る。アリエルはアザゼルをやわらかく見詰めながら言葉を返す。

「そうだな、言われてみれば、最悪には程遠いな。それに、魔女が生きている可能性だって、十分にある筈だしな」

「ええ、そうですよ。なにしろ『最強魔女』らしいですからね」

 アザゼルの言葉に、アリエルは更に苦笑すると、

「みたいだな。事前報告書にも載ってたけど、そこまで言われるのって、どれだけ強いんだって話だしな」

「強いことは確かな筈です。神殺戦争デウスマキアの際にも、あの都市の魔女であるヘカテの名は広く知られていましたから。大規模魔都すら落とされたほどの凶獣の群れの襲撃すら防ぎきったほどの怪物とまで言われていましたから」

「……会った事とかあるのか? 神殺戦争デウスマキアの頃に」

 どこか窺うような響きを滲ませるアリエルの問い掛けに、

「いいえ、直接は。ですが、よく威名いみょうは耳にした物です。もっとも現在の魔女は二代目との事ですが、魔女は代替わりの際に自らの力の幾らかを何らかの方法で受け継がせると聞きます。それを考えれば、最低でも初代と同等、場合によっては遥かに力を上回っている可能性すらあります。それを考えれば、最強魔女、という呼ばれ方は間違っていない筈です」

「そうか。なら、生きてる可能性だって十分にあるな。それなら、アザゼル――」

 表情から甘さを消し去り、アリエルは告げる。

「場合によっては、戦力を分断してそれぞれが事に当たる必要が出てくるかもしれない。その時は――」

「分かっています、我が主。私は貴女を信頼しています。だからこそ、貴女の願いを裏切りません」

「……そうか。ありがとう、アザゼル」

「いいえ、愛しき我が主」

 真剣な響きの中にどこか遊ぶような匂いを滲ませながら、二人は言葉を交し合う。それは近しい間だからこその気安さがあった。けれどそれに浸ることはせず、アリエルは言葉を続ける。

「可能なら、俺たち以外の魔導特捜官ウィザード・オフィサーが居てくれれば最善だったけど、無理なことを言っても仕方ないか」

「そうですね。魔導特捜官ウィザード・オフィサーが全て出て行かなければならないほど他の都市の事件がこうも立て続けに起こらなければ、それが最善だったんですが」

「……アザゼル」

「はい、何でしょう我が主」

 アリエルは僅かに言葉を詰まらせる。それは、これから口にする事がとてつもない危機へと繋がっていることなのかもしれないからだ。だが、その恐れを飲み込みながら自らの疑念を口にした。

「偶然だと思うか? 一度にこれだけの事件が同時に起こることは」

 僅かに、その声は震えているように感じられた。そうなってしまうほど、今の状況は可怪しかった。幾つもの魔都における魔女の失踪、凶獣や凶樹の群れの突然の襲撃、都市首脳部の何者かによる殺害。それらが立て続けにこの半年で連続しているのだ。何かがあると、アリエルが思ってしまうのも無理の無いことだった。

「何かがあるのかもしれませんね」

 アザゼルは楽観を述べることなく、けれど見えない何かでアリエルが怯えてしまわないように願いながら、言葉を続ける。

「けれど、いま私達がなすべき事は、これから訪れる魔都の事件を解決することです。まずは、自らがなすべき事だけを見詰めてください。そうでなければ、その先はありません」

 厳しいとも取れるアザゼルの言葉に、アリエルは体を硬くする。けれどやがて、ゆっくりと力を抜いて無理やり強張りを消すと、

「そうだな。今が無ければその先なんて無いものな。あぁ、集中するよ、アザゼル。全力が出せるようにな」

 無理やり笑みを浮かべながら応えた。その笑みを満足そうに見詰めながら、

「それでこそ我が愛しき主です。素晴らしいですよ。その素敵さに応えられるように、私も全力を尽くします」

 アザゼルはアリエルの強張りが全て消えてしまうことを願い、どこか道化じみたおどけた口調で言葉を返した。そんなアザゼルにアリエルは苦笑しながら、

「確認しておくことは、一先ずはそんなところか。それ以外で、何かあるか?」

 最後の確認を口にする。それにアザゼルは僅かに黙考し、応える。

「……そうですね、あとはすでに我々より先に現地に到着されている執務特捜官デスク・オフィサーの方たちの事ぐらいですね」

 執務特捜官デスク・オフィサー。それは魔導特捜官ウィザード・オフィサーが何らかの脅威に対する直接の対応をするのに対して、事前に都市を訪れ事件の確認や行政部との折衝を行う事務的な存在である。これは世界政府ワールド・オーダーによる世界統治が名目上はされているとはいえ、実質的には各都市間における支配体制は、その都市毎の行政や有力者によって行われているのが実情である為、無益な摩擦などを最小限にすることを目的として集められた人員である。

 アリエルは、アザゼルの言葉を聞くと僅かに眉を寄せる。それは困惑や疑念などではなく、どこか苦笑めいた感じを漂わせていた。

「えっと、アザゼル。ひょっとしてなんだけれど――」

「カインが執務特捜官デスク・オフィサーとしてすでに訪れ指揮をなされている筈です。そう聞いておりますよ」

「……あぁ、そうなんだ。連絡取れないから何となくそうじゃないかと思ったけれど……」

 そう言うと、アリエルは苦笑めいた溜息を軽くついた。それには近しい者に対する、どこか甘えたような感じが滲んでいたが。

「まぁいいや。いつものことだし」

「ふむ。さすがにそう簡単に割り切られるのを見るとカインに同情しますね。子猫の爪先ほどには」

「楽しんでるようにしか聞こえないけど、今の言い方だと。そんなことより、それなら今以上に詳しいことは現地に着いてからでないと分からないってことだろ?」

「ええ、そうなりますね」

「分かった。それなら、もうここに居るのも飽きてきたし、出る準備でもしよう」

 そう言って立ち上がるアリエルにアザゼルは軽く頷くと、

「承知いたしました。そろそろ到着の時刻ですし、そう致しましょう」

 そう応えると客車室の扉の前にすっと立つ。

「それでは行きましょうか、我が主。エスコートはお要りでしょうか?」

「要らない。代わりに背中は任せる。いつものように」

「お任せを。貴女が前だけを見ていられるように、その邪魔となる全ては私が飲み干しましょう。それでは行きましょう、我が主」

「ああ、着いて来い。行くぞ、アザゼル」

 そんな、どこか遊ぶような近しい響きを滲ませる言葉を交わしあいながら、二人はこれからなすべき事を胸に抱き客車室から外へと出て行った。

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