花冠
ポカポカとした陽光の下、俺は水辺に腰を下ろして身体を乾かしていた。
隣ではクレア様が仰向けになり、今までの彼女の印象からは考えられないような緩んだ表情で、可愛い寝息を立てている。
草花の敷布団がよっぽど心地良かったのだろうか。
本当に、天使のような寝顔だ。
透き通るように白く、滑らかなその肌。
それに触れたい衝動を抑えきれなくなった俺はつんつんと、そのマシュマロのような頬をつついてしまう。
するとクレア様は、
「……ん」
と少し顔を顰めてから、ゆっくりとその目を開いた。
しまった。
彼女の眠りを妨げてしまった。
だが、慌てて謝る俺の顔に視線を合わせた彼女は「構わぬ」と、気にした風もなく許してくれた。
纏う雰囲気はどこか怖い所もあるが、本当に優しい神様だ。
「そうだ、こんなの作ってみたんですが」
俺はそう言いつつ、手元に置いていたものを持ち上げる。
「花環か。
器用なものだな」
彼女が眠っている間、手慰みに作っておいたのだ。
「花の冠です。
俺、歳の離れた妹がいまして。
よく一緒に作って遊んだりしてたんですよ」
まだ少し寝ぼけたようにこちらを見上げるクレア様に、俺は妹とのとりとめのない昔話をする。
その無表情故いまいち感情を読み取り難いが、彼女はそんな俺の話を静かに聞いてくれる。
しばらくの身の上語りの後、俺は「ところで」と話を切り出した。
「この花の冠、クレア様に似合うと思うんですが、どうですかね」
何も身に付けていないクレア様はそのままでも至上の芸術作品だが、飾った彼女の姿も見てみたい。
そんな俺の何気ない欲求に、彼女はあっさり答えてくれた。
「それが妾の美を引き立てる一助となると言うのなら、冠ってやっても良いぞ」
そう言うと彼女は上体を起こし、ぺたん座りへとその体勢を組み直した上で、頭部を俺の方に差し出して来た。
濡れていた彼女の新雪のように白い髪もすっかりと乾き、サラリとしながらも柔らかい、思わず指を梳き入れたくなるような質感を取り戻している。
俺は立ち上がると、恭しく彼女の頭へと花冠を載せる。
それは美しい湖畔を背景に、一面の花園の中で行われる、神聖な戴冠式のようにも感じられた。
白い花を集めて作った花冠であったが、翠の葉がアクセントとなって、クレア様の白い髪にも良く映える。
「どうだ?
似合っておるか?」
俺を見上げながら無表情のまま小首をかしげるクレア様。
彼女の仕草のあまりの可愛いらしさに俺は、コクコクと何度も首を縦に振り続ける。
そんな俺の反応を見た彼女は、その顔にどこか満足したようなものを含ませ、
「よし、今度は妾が見張っておるから、貴様も一眠りして良いぞ」
と、気遣いの言葉を送ってくれた。
身体に違和感を覚え、俺はぼんやりと覚醒する。
クレア様の言葉に甘え草花の上で大の字に寝転がっていたのだが、いつの間にかそのまま本当に眠ってしまっていたようだ。
ここまでの道程は、予想以上に俺の体力を奪っていたのだろう。
腹の上に、心地よい重みを感じる。
うっすらと目を広げた俺はそこに、馬乗りに座るクレア様の姿を確認し、驚愕した。
太陽が丁度彼女の真後ろにあることで、彼女の前面には影が作られている。
その為少し表情は分かり難いが、俺を見下しながらあの邪悪な笑みを浮かべているようだ。
そして状況を把握できずに混乱している俺の肩に両腕をかけた彼女は、少し上体を反らしつつ、俺の方へと倒れ込んで来た。
彼女の柔らかな腹部が、俺の肌と接触する。
少しひんやりして気持ちいい。
さらに彼女は腹部を押し付けたまま、より上体を俺へと近づける。
彼女の膨らみの少ない、それでも男のそれとは比較にならない程柔らかな胸が、俺の胸と触れ合う。
合わさったお互いの肌と肌を介して、彼女の鼓動が感じられる。
そして彼女は俺との接触面を密着させたまま、全身を擦り付けるように、身体を僅かに上方へと移動する。
彼女の顔が近づいてくる。
極限の緊張感の中、それでも彼女の深く蒼い瞳から目を背けられない。
その鏡面に、張り詰めた俺の顔が映り込んでいる。
近い近い近い!
超至近距離で見つめ合う俺と彼女。
このままでは、鼻と鼻が触れ合いそうだ。
彼女の息づかいすらもが感じられる。
とにかく、何か言葉を発さなければ。
しかし開きかけた俺の口は、おもむろに彼女の唇によって塞がれた。
俺の唇に、彼女の唇が強く強く押し当てられる。
完全にパニック状態に陥った思考が、唇を割って侵入する異物の存在を捉える。
舌が、入れられている。
湿った柔らかく暖かいそれの正体を認識すると共に、理性が遠のいて行く。
代わりに、俺の中に眠っていた野生の本能が呼び起こされる。
逃してなるものか。
彼女の舌に自分の舌を絡め付ける。
ぬめぬめと激しく蠢くそれらが、まるで別の生き物のように感じられる。
甘い唾液が、蜜のように流れ込んでくる。
身体が、熱い。
彼女は密着したその身体を、強く擦り付けるように前後に揺らしている。
乾いた身体に再び汗が滲み始める。
全身の筋肉が痙攣を起こしそうな程張り詰める。
もう、我慢できない。
摩擦と興奮によって生じた熱が、最後の理性を決壊させる。
そしてついに、蛙のようにひくひくと動いているだけだった俺の四肢で、彼女の身体を抱きしめようとした、その瞬間。
「……ぷはっ」
突如彼女は身体の動きを止め、その唇をすっと俺から遠ざけた。
お互いの唇と唇の間に唾液の橋が架かり、落ちる。
俺の舌は引き離された相手を名残惜しむように、突き出されたままだ。
荒い呼吸を繰り返しながら、呆然と彼女の顔を見つめるだけの俺。
一方、彼女は乱れた息を整えながらゆっくりとその上体を起こし、俺を見下ろしながら右手で自らの口を拭う。
そして挑発するようなものを込めた笑みを浮かべると、俺に言葉を投げかけた。
「よく働いた家畜は労ってやらんとな。
妾の変態乗馬たる貴様には、十分な報酬だったであろう?」
………………はい!!!!!




