パーティ
龍の国を訪れた翌朝、俺たちは再びボルギスの戦斧亭の食堂に集合することとなった。
窓よりのこのテーブル席も、だんだん俺たちの溜まり場として定着して来た感がある。
時間は少し早すぎたようで、現在揃っているのは俺とクレア様とピヨスケの三人のみ。
この世界ではまだ時計が発明されていないらしいが、長い無人島生活を経たせいか、俺は多少の待ち時間は気にならなくなっていた。
ゆっくりと変化する風景を眺めたり、楽し気な空想に思いを馳せたり。
することが無いなら無いなりに、おおらかな気持ちさえ持っていればいくらでも暇なんて潰せるものだ。
何より今はクレア様とピヨスケが両隣の席にいてくれるわけで、彼女達ととりとめのない会話を交わしているだけで時間は至福へと転じ、あっという間に過ぎ去って行く。
と、階段からアルディナを連れ立ってイリスが降りて来た。
こうして二人が並ぶと、アルディナの方が少しだけイリスよりも背が高いことが分かる。
イリスはいつも通りの黒のドレス、アルディナは飾り気の無いラフな布服を身にまとっている。
昨夜帰って来た際に、全裸のまま村内へと突入しようとしたアルディナを慌てて押しとどめた記憶がよみがえる。
宿屋へダッシュした俺は、適当な言い訳を並べて店主のグレアムさんから彼女用の衣服を借り受けた。
そしてその後彼女は、そのままイリスの部屋に住み着く事になったのだった。
ここで俺はふと、そのアルディナの様子が何かおかしいことに気付いた。
僅かばかりだが、イリスへと寄り添っているように見えるのだ。
心無しかほんのりと、頬も幸せそうに染まっている気がする。
……スロヌスさん、あなたの娘さんをイリスに預けたのはやっぱり間違いだったんじゃないですかね。
俺たちの睡眠中に二人の間に何があったのかは知らないけれど、これについては深く詮索しないでおこう。
「何変な顔してるのよ」
イリスは俺に向けてそう言いながら、テーブルを挟んで俺たちと向かい合わせの席に座る。
それに続いてアルディナはイリスの隣へと席を寄せる。
二人の距離がいやに近い気がするが、うん、これも俺の気のせいに違いないはずだ。
そして腰を下ろしたアルディナは、俺たちへと朝の挨拶をよこした。
「兄上、姉上、ピヨスケ殿、朝からお元気そうで何よりだ」
龍の国を離れて以来、アルディナは俺のことを兄、クレア様のことを姉と呼ぶ。
イリスが師匠だからだそうだ。
俺は立場的に兄弟子でもなんでもないのだけれど、それを言っても彼女は呼び方を変えてはくれなかった。
どうせ呼ぶならもっとこう、「お兄ちゃん」とかにしてくれれば良いのに。
外見上はまだまだ発展途上なアルディナの造形美。
マリンブルーの髪と虹色の瞳が神秘的な、清楚で可憐な妹キャラと見なす事も出来るだろう。
ただしそこには、黙っていればという前置きが付くが……。
おっと!
俺にはクレア様がいるのだ!
そのクレア様の前で他の女の子についてあれこれ品評するなど言語道断。
俺は慌ててメニューを手に取ると、そこに並んだ多彩な料理の数々に目を通し始めた。
「パーティを組もうと思うのよ」
いつも通りの美味しい朝食を終え、ウェイトレスさんが食器を運んで行ったところで、唐突にイリスがそんな事を口にした。
ここで言うパーティとは、冒険を共にする仲間という意味だろう。
「アルディナも冒険者になるのか」
イリスと釣り合う存在などそうそういないだろうことから、俺はそう推論した。
彼女が普通の人間と力を合わせて戦うところも想像出来ない。
だが続けて彼女の口から飛び出た言葉は、俺の予想の範疇から完全に外れたものだった。
「そうよ。
それに貴方達もね」
え!?
何故そこで俺たちが候補に上がってくるんだ!?
イリスの言葉の意味が分からない。
いや、意味は分かるが意図が分からない。
驚愕のあまり停止してしまった思考を慌てて再回転し、俺は必死に言葉を発する。
「いやいやいや!
俺なんて完全に足手まといにしかならないじゃないか」
両隣に目を配ると、クレア様の表情には相変わらず変化は無いが、ピヨスケは俺同様驚いた顔をしている。
イリスの考えが理解出来ず困惑している俺に向けて、彼女はさらに言葉を続ける。
「身体を使って出来ない事は道具に頼れば良いのよ。
この村には碌な武具も魔道具も売ってないけど、エルフかドワーフの所に行けばまともなものが転がってると思うわ。
今度かっぱらいに行きましょう」
うーん、なんとも人間臭い発想をする吸血鬼だ。
しかもその言い方、冒険者と言うより盗賊っぽいぞ。
しかし、そうまでして俺たちを連れて行こうとするイリスの目的は何だ。
いや、待てよ。
この前の退屈しのぎのピクニック、そして昨日の龍の国への帯同からの延長線上にある話だとすれば不自然でも無いのか。
たじろぎながらそんなことを考えていると、今度は俺の隣から声が飛んだ。
「みんなで冒険、楽しそうですー!」
そこには両手を上げて喜んでいる我が愛しの娘の姿が。
ピヨスケさん、さっきの驚きは俺と真逆の感情から出たものだったのですか……。
親の心子知らずなる言葉を今引用するのは間違っているだろうか。
逆隣のクレア様へと目を移す。
すると彼女も俺の方をこれと言った感情を宿さない瞳で見つめ、
「仕方あるまい」
とピヨスケ同様イリスに従う意志を示した。
確かに現状取りうる選択肢はそれしか無いのだが、イリスに流されるまま彼女達をむざむざ危険な地へと赴かせることを想像するだけで、俺の精神はガンガンすり減って行く。
そんな俺の不安を察知したのだろうか、イリスが再び言葉を紡ぐ。
「貴方はクレアとピーちゃんをとても大切に思っているものね。
大丈夫、妾は貴方達を傷つけるようなことは絶対にしないわ」
人知を超越したイリスの強大に過ぎる力。
だがそこから来る自信にこそ、落とし穴が無いかと俺は考えてしまうのだ。
しかしそれでも今は、彼女を信じてついていくしか無い。
俺は半ば諦念を抱きながらテーブルに両腕を着き、眼前の二人の魔人へと深々と頭を下げる。
「イリス、それにアルディナも。
クレア様とピーちゃんのことだけは、何があっても守ってくれ。
本当によろしく頼む」
テーブルに頭を押し付けながらそう言った俺の耳に、イリスの若干困惑したような声音が響く。
「もう、分かったから頭上げなさいよ。
貴方達は妾にとっても大切な存在なんだから、そんなの当たり前じゃない」
続いて届く、アルディナの声。
「兄上達には何者にも手出しはさせない」
彼女達に縋るしかない自分の無力に心が苦しくなる。
そんな俺の背中が、左右から優しく撫でられた。




