アルディナ
俺たちの側までやってきたイリスは、肩に担いでいたアルディナをこちらへと無造作に放り投げた。
岩の大地に仰向けに転がったアルディナは、小さな呻き声を上げる。
そんな彼女を、俺とクレア様とピヨスケが囲む。
アルディナはうっすらとながら目を開けており、どうやら意識は保っているようだ。
だが彼女の体表を覆っていた龍鱗のあちこちが剥がれ落ち、白い肌が覗いている。
その肉体には元々露出していた部分も含め、無数の打撲や裂傷が出来ており、見るからに痛々しい。
ピヨスケが慌てて彼女の身体に手をかざし、淡い白色光を伴った回復魔法をかけはじめた。
アルディナは、振り絞るように両目を広げる。
だが、その瞳は俺たちを捉えてはいない。
彼女の視線の先に目をやると、いつの間に近づいたのか、そこには彼女にこの傷を負わせた張本人であるイリスが、無表情で佇んでいた。
アルディナを見下ろしながら、イリスは口を開く。
「貴方、自分に足りていないものが分かる?」
彼女が事前につまらなさそうだと言っていた、アルディナの戦闘技能に関する事だろうか。
だが、問われたアルディナは答えない。
イリスは、
「一言で返せるはず無いわよね。
だって、何もかもが足りていないのだから」
と言うと、声音を一段落としてさらに続ける。
「動きは単調だし、魔力の扱いも大雑把過ぎる。
人の形状をとるのなら、それに応じて自身の戦力運用方法を変えて行かなきゃ。
まあ、龍族の中にいたんじゃそんな理論を教えてくれるものがいるわけも無いし、貴方の基本ポテンシャルの高さが逆に災いして実践を行う為の相手すらいないわけだけどね。
ならば龍として戦えば良いのだけれど、貴方の本来の姿たる古の真なる龍——古代龍族の肉体を維持するだけの魔力も無い。
妾の相手をするには、軽く見積もって一万年は早いわ」
イリスの言葉を聞くアルディナの心境は、その表情からは読み取れない。
イリスはアルディナの眼前まで歩を進めると屈み込み、彼女の顔を間近で覗き込みながら問いかけた。
「あの小娘——王国の勇者を倒したいって気持ちはある?」
一度だけ瞬きを挟み、アルディナが今度は即答する。
「無論だ。
それに、いつか其方にも勝利してみせる」
俺にでも分かる、確固たる意思が込められた言葉。
表情は影になって分からないが、それを聞いたイリスの声音が突如、これ以上無い程の喜悦を含んだものに変化した。
「分かったわ。
貴方、妾についてきなさい」
そのイリスの言葉の意味を理解したらしきアルディナの目が見開かれた。
もちろん驚いたのは俺も同じだ。
それはつい先ほど、龍族の皇帝から依頼された説得方針そのものなのだから。
イリスは頭上を見上げ、沈黙とともに状況の推移を観察していた龍帝へと言明する。
「スロヌス、ちょっとこの子借りて行くけど、文句は言わせないわよ?」
それを受けて頭上から、威厳を含んだ淀みない声が響く。
——異論無い。
——我からも貴様にそう頼もうと考えていた所だ
満足そうに頷くイリスを確認すると、スロヌスは再び言葉を続ける。
——礼と言ってはなんだが、好きなだけ我が財を持って行くと良い
——それから、もし貴様が魔王軍とやりあうつもりなら、そのときは我も力になろう
その言葉の後半は、どちらかと言うと俺へと向けられているように感じられた。
彼自身が弱体化していると言う話を前提にすれば、ここで言う力とは彼の龍帝としての地位を含めたものだろう。
一方イリスはどちらかと言うと前半部分に惹かれたようで、にんまりとした表情を浮かべて返答する。
「ここの下っ端連中に王国の秘宝について聞いて回るのも面倒だし、代わりとして貴方のお宝は遠慮なく貰って行くわ。
魔王軍に関しては、ま、いずれ気が向いたらね」
そしてイリスはアルディナへと顔を落とすと、一転して穏やかな表情を浮かべながら手を差し伸べた。
「ほら、貴方もう立てるでしょ」
アルディナは僅かに躊躇うような仕草を見せつつも、「ああ」と肯定を返す。
そしてアルディナは一度ピヨスケの方へと視線を移すと、未だ回復魔法を継続している彼女の小さな手に自身の掌を重ねて言った。
「優しき霊獣の子よ。
後は自力で回復出来る」
その言葉を受けてピヨスケはアルディナから両腕を遠ざけるが、その顔には依然として心配の色が浮かんでいる。
アルディナは優しくピヨスケに微笑みかけると、上体を起こし静かにイリスの手を取る。
アルディナの身体が淡い青色の燐光に包まれる。
目に見える速度で全身の傷を回復しつつ、彼女はゆっくりと、だが力強く立ち上がった。
無遠慮に歩を進めるイリスに先導されながらやってきた、スロヌスの宝物庫——と言う名の巨大洞窟。
魔法の光に照らされたその深部は、まさに黄金の海という形容がふさわしい様相を呈していた。
視界を埋め尽くさんばかりに盛られた巨大金貨。
よく見ると所々に、見事な装飾の工芸品——杯、王冠、首輪、王笏、指輪などが埋もれるように散乱している。
その一つ一つにどれだけの価値があるのか、現代日本の一庶民だった俺に計れるはずも無い。
けれどもまあこれなら確かに、俺たちが好きなだけ搔っ攫って行った所で誤差の範囲だろう。
俺の隣に立つアルディナの虹色の瞳が、らんらんと輝いている。
俺は彼女に対して、気高い意思と静謐さが同居したような女の子という認識を行っていたので、この物欲しそうな顔には物凄く違和感がある。
しかし光り物に対する執着は、なんというかもう龍という種族の特性らしい。
あのスロヌスが使いもしない宝物をこれほど収集していることから考えるに、理性では抗えない程の欲求なのだろう。
ところで、この世界における弱小種である人間の間で、これほどの貨幣や工芸品が流通していると言うことには疑問を感じたが、クレア様曰く、この世界にはかつて亜人をも含めた人間種が大勢を占めていた時代があり、ここにある宝物の大半はその当時のものらしい。
冒険者が廃墟や廃坑を探索する理由の一つにも、こういった遺物の存在があるとのことだ。
その古代から褪せず変わらない輝きの中に、もくもくと大きな背負い袋へと宝を詰め込むイリスの姿があった。




