両刀の吸血姫
「さぞかしその武器に自信があるのね、貴方。
顔に出ちゃってるわよ」
身の丈をゆうに超える半透明の大剣を正中線に構えたアルディナへと、少し距離を置いた位置からイリスが語りかける。
「莫大な量の霊素を、魔力で無理矢理剣の形に圧縮したって所かしら。
確かに物凄い破壊力を感じるし、その発想自体は面白いと思うわ。
けれどね」
続けてイリスはそう言うと、静かに両腕を自身の胸の上で交差する。
そして彼女の薄い笑みが若干深くなったかと思った瞬間、その両の拳が闇色に揺らいだ。
イリスはその揺らぎの中で何かを握りしめるような所作を見せると、空間からゆっくりとそれらを引き抜いて行く。
それが有する存在感ゆえか、或いはスロヌスの魔力場によって俺の知覚が拡張されているのか、この位置からでもはっきりと分かる。
それは、日本刀のような形状をした美しい長剣だった。
流れるような刃紋が走る僅かに湾曲した刀身が、寒露に濡れたような輝きを放っている。
それが左右の腕に一振りずつの、計二口。
イリスはそれらを完全に抜き終えると、まるで余分な力を感じさせない自然な体勢で携えた。
俺の意識が自然と、彼女の取り出した長剣へと吸い寄せられる。
そして、到底生命を刈り取る為の道具とは思えないそららの芸術作品に見蕩れていた、次の瞬間。
その内の一振りが、彼女の右前腕と共に、あまりにも忽然と消え去った。
同時に、俺の脳裏にこの世界そのものが二つに分断されたかのような錯覚が焼き付けられる。
イリスの腕が、姿勢すら変える事無くただ右の前腕部だけが、俺の意識など完全に置き去りにして振るわれたのだ。
アルディナの遥か後方、無数に屹立する天突く岩山に纏めて、僅かばかり傾いた一本の直線が刻まれる。
続けてそれら巨嶽の全てが、その断面に沿うように、ゆっくりと滑りながら崩れ落ち始めた。
俺の脳が正しく認識する為には、あまりにも現実感に乏しい光景。
広がっていく土煙の速度が、この現象の想定したこともないスケールによるものか、不自然なほどに遅く感じられる。
その信じ難い光景を背にアルディナが、体勢だけは先刻と変える事無く佇んでいる。
だが彼女が縦に構えていた大剣は、彼女の頭上すれすれの位置で、線を引かれた薄氷のように脆くも切り落とされていた。
呆然としたように目を見開くアルディナ。
俺もそんな彼女を、唖然としながら眺め続ける。
しばしの後、アルディナがふいに表情を緩め、静かに口を開いた。
「……イリス=ブラッドベリーよ。
正直なところ、妾と其方の間にここまで力の差があるとは思っていなかった」
イリスは両腕に握った刀を一度くるりと回転させ、そのまま両脇の地面に突き立てる。
そして握っていた掌を広げると、微笑を浮かべたままアルディナに語りかけた。
「獲物を使った斬り合いじゃ、貴方を本当に殺しちゃうかもしれないわ。
まだ続けるつもりなら、貴方も素手で向かって来なさい」
それを聞いたアルディナは、手に残った大剣の片割れを軽く投げ捨てる。
それは燐光を発する粒子へと変わりながら、空中へと溶け消えた。
そしてイリスを見つめたまま、彼女もまたその美しい顔に笑みを浮かべて願い出る。
「済まないが、もうしばらくの間だけ胸を貸していただきたい」
間合いを広げ対峙する、イリスとアルディナ。
じれる程の時間が経過した後唐突に、だが示し合わせたかのようにタイミングを合わせ、両者が空中へと浮かび上がった。
やがてある程度の高度に達した二人は——今度はイリスも含め、お互いに向けて攻勢の構えを取った。
再び場に訪れる静寂。
空中で向き合う二人の楽しむかのような表情とは裏腹に、環境を覆い始めた緊張感に俺が耐えきれなくなった、その時。
突然二人の姿が掻き消えた。
同時に巨大な爆発音と、衝撃波が大気を駆け巡る。
俺は驚愕とともに、慌ててその爆心点を推測し視線を移すがそこに両者の姿は無く、また別の地点で爆発音と衝撃波が起こる。
目を移す、爆音。
目を移す、爆音。
幾度かそれを繰り返した後、俺は自身の動体視力で彼女達を追う事を諦めた。
いったい、どこの超人バトル漫画の世界だ。
振動を繰り返す大気を肌で感じながらそんなことを考えていると、ふいに頭上から重厚な声音が響く。
——落ちたる神と、それに連なる異界の人間よ
咄嗟に背後を振り返り天を見上げると、龍帝スロヌスが優しくも威厳ある瞳で俺たちを見つめていた。
横目でクレア様を見やると、彼女もスロヌスの方に向き直っていたが、その無表情には特に変化は表れておらず、何かを答える気配もない。
再び巨龍へと視線を合わせ、さすがに間近で見るその迫力には気圧されながらも、俺は声を絞り出す。
「な、なんでしょうか」
スロヌスは落ち着いた口調で言葉を続ける。
——お前達に頼みがあるのだが
この偉大な龍から頼み?
クレア様はともかくとして、一般人程度の力しかない俺に、何か出来る事があるのだろうか。
俺は無言で次の言葉を待つ。
——この戦闘の後、我が娘を共に連れて行くようイリスを説得する事に協力してはくれまいか
——あの子には導く者が必要だが、歯がゆくも我ら龍族にはその役割が務まらぬのだ
それを聞いた俺は自分の耳を疑った。
何故それを俺たちに頼むのか、と。
表面上イリスとは友人のように接しているが、実際の所、俺は彼女の行動方針に大きく影響を与えそうな発言を極力避けて来ている。
未だに俺は彼女の本質的な部分を全くと言っていい程に捉えられていない。
それゆえ彼女が機嫌を損ねた際にどのような行動に出るか予測が建てられず、それによってクレア様やピヨスケに何らかの被害が及ぶことが何より恐ろしいのだ。
「俺の思考が読めるなら、答えるまでも無いですよね……。
それに、イリスが俺なんかの意見に左右されるとも思えないんですが」
以前冒険者を助ける為にトロルを退治してくれた彼女だが、あれはあの時点での最大の目的だった昼食の雰囲気を損ねない為の行動とも考えられる。
だが、スロヌスの考えは違ったらしい。
——イリスは、貴様が思っているよりは遥かに貴様達のことを気にかけていると思うがな
——あの吸血鬼が貴様達のように戦力にならない存在を連れて行動するなど、長い付き合いの中でも初めて目にした事だ
俺となど比べるまでもない程度にはイリスのことを知っているのであろう巨龍の言葉を受け、俺は少し考え込む。
俺はもっとイリスに心を開いても良いのだろうか。
思考は纏まらないが、とにかくスロヌスに何か言葉を返そうとしたその時、彼の視線が俺たちから外れる。
——どうやら終わったようだな
そのスロヌスの言葉につられるように、俺は再び後方を振り返る。
そこにはぐったりとしたアルディナを、その小さな肩に軽々と担いで佇むイリスの姿があった。




