決闘
アルディナの口からアークフリューゲン王国の勇者を耳にしたイリスは態度を急変、突如彼女との決闘に応じると言い出した。
距離を置いて対峙する、吸血鬼の真祖と龍族の皇女。
死を匂わせる漆黒のドレスと、生命力溢れる純白の裸体が対照的に映る。
イリスが微かに柔らかな笑みを浮かべている一方で、アルディナの顔は鏡面のように静かだ。
俺とクレア様とピヨスケは、龍帝スロヌス自らの提案により、彼の側で戦闘からの庇護を受けている。
近くで見るスロヌスの迫力は、蒼い貴金属で出来た巨嶽を思わせる。
今は彼を背にしている為その姿は見えていないが、それにも関わらず俺の後方は圧倒的な存在感に満たされている。
けれどもそれは俺たちを萎縮させるようなものではなく、威厳の中に暖かさと優しさを内包した彼特有の気配だ。
しばらくの間そんなスロヌスに守られながら、佇立する二人の決闘者を眺めていると、やがてその片割れ、アルディナに変化が表れた。
彼女の真っ白な体表に、青い菱形の宝石を思わせる欠片が無数に浮き上がり始めたのだ。
それらは彼女の身体をぴったりと覆うように広がって行く。
そしてその拡大が収まる頃には、龍鱗のボディスーツとでも言えそうな形状となって落ち着いた。
彼女の肉体の滑らかに流れるような曲線美をそのまま強調したような姿。
これが彼女の戦闘体勢なのだろう。
僅かに足を前後に開き、腕を軽く上げ構えを取るアルディナ。
対してイリスはそんな彼女を、あくまでも自然体のまま澄ました顔で見つめている。
戦闘の火蓋は、アルディナの「参る」と言う宣言によって切られた——はずだ。
俺の耳にその声が届いたと思ったときには、彼女の姿は既にその場から消失していた。
同時に、耳をつんざくばかりの爆音と共に、視界全てを覆うような爆風が辺り一面を突き抜ける。
ドーム状に展開されたスロヌスの魔力場による保護で、俺たちに被害が及ぶことはないが、これが無かった場合はどのような惨状になっていたのだろうか。
考えるだけで恐ろしい。
当のアルディナはどこに消えたのか。
俺は劇的な状況の変化に追いつけず処理落ちした自身の思考を慌てて立て直し、たった今地表を削り作られた幾重もの同心円の中心に目を向ける。
それは、彼女の対戦相手が立っていたはずの場所。
どのように移動したのかすら理解出来ないが、そこには右足による上段回し蹴りを繰り出した形で静止しているアルディナの姿があった。
彼女がそのような体勢で止まっている理由は単純だ。
そこではイリスが自然体を崩さないまま、彼女の左側面から頭部へと向けられた蹴り足を、顔すら向けずに右腕でぴたりと掴み取っていた。
イリスはアルディナの右足を掴んだまま、発砲スチロールの塊でも振るように軽く腕を上下する。
破壊的な衝撃音を伴ってアルディナが岩石で出来た地面に突き刺さり、同時に彼女を中心とした幾本もの地割れが走る。
そしてイリスはアルディナの足から腕を放すと僅かに笑みを浮かべ、続けて両腕で彼女をめった打ちに殴りつけ始めた。
イリスが一撃を繰り出すたびに、耳元で大砲でもぶちかまされたかのような爆発音が響き、大地が激しく振動する。
アルディナを中心に地割れが拡大し、地面がすり鉢状に沈んで行く。
一体どれだけの拳が叩き込まれたのか。
地中へ沈むアルディナの身体を押しのけて盛り上がったいくつもの巨大な瓦礫によって、俺の位置からでは最早完全に彼女の姿を目視出来なくなっている。
だがそんなイリスの一方的な暴行は、アルディナが沈んでいる箇所から突如斜め上空へと走った一筋の閃光によって遮られた。
それは周囲を囲む岩山の一つの頂上近辺を丸ごと消し飛ばし、天を覆う暗雲にとてつもなく巨大な穴を空ける。
凪いだ大海のような青空が広がり、薄闇に包まれていた龍の国に太陽の光が差し込んだ。
「び、ビーム出ましたよ!!」
目を疑う現象に驚愕しながら叫んだ俺の言葉を、クレア様が静かに補足してくれる。
「あれは龍の息だ。
光線のように見えたのは、肉眼で捉えられる程に圧縮された霊素だろう。
粒子砲なる呼称は、当たらずとも遠からずと言った所だな」
ず、ずいぶん大きな肺活量ですね……。
再度イリスへと目をやると、彼女は僅かに首を傾けることでその一撃を回避したようだ。
彼女は静かに両腕を引き、軽く飛び退く事でアルディナから離れる。
瓦礫が崩れ、中からゆっくりとアルディナが起き上がる。
青い龍鱗のボディスーツが日光を乱反射し、キラキラと煌めいている。
イリスにあれだけ殴りつけられたものの、目に見えたダメージは無さそうだ。
「さすがに龍の鱗は防御力高いわね。
素手じゃなかなか抜けそうに無いわ」
イリスが若干呆れたような顔を作って静かに発したその言葉は、スロヌスが親切にも魔力場内へと中継してくれていたことによって俺の耳にも届いた。
だが彼女からはその表情に反して、動揺等を含めた感情の変化が一切伝わってこない。
手に着いた埃を払うかのような仕草をしながら、さらにイリスは言葉を続ける。
「妾の準備運動はこれくらいで良いわ。
さあ、早く貴方の本気を見せて頂戴」
それを聞いたアルディナは不敵な微笑を浮かべると、右腕を突き出して掌を広げる。
燐光が集まり、筒状の物体を構成する。
そして彼女がそれを握りしめると、その先端からさらに光が広がり、それは腹の広い半透明の巨大な刃を形成した。
(お風呂に入る話とか書きたい)




