北方へ
北方山脈にあるという龍族達の国を目指し、俺とクレア様とイリスを乗せて、ピヨスケは真っすぐに飛んでいる。
俺としては正直クレア様を龍族などという強大な魔物達の側へ近づけたくは無かったのだが、差し当たっては同行を断った際にイリスがどのような反応に出るかの方が恐ろしかった。
先日冒険者とトロルが戦闘を行っていた荒野も遠に過ぎ、下界には降り積もった雪が見え始めている。
元々この世界において人の住む集落は、人間が抗えないような危険な存在の縄張りを縫うようにしか存在しないが、北へ向かうにつれてますます見かけなくなった。
やはり文明レベルが高くないこの世界では、魔物と並び気候と言うものも人間にとっての大きな敵なのだろう。
俺たちは今は魔力場に包まれ守られているおかげで気温の低下の実感が無いが、ピヨスケから降りた後のことを考えるとボルギス夫妻から分厚い獣の皮のコートを借りてきたのは正解だったようだ。
先ほどまで続いていたたわいない会話が途切れた所で俺は、俺の腹に背を預けているクレア様と、隣に座るイリスへと、少し前から気になっていた疑問を投げかける。
「そういえばこの世界には魔王なんてのもいるみたいですが、その魔王を倒せばこの世界が救われるなんてことは無いんですかね。
まあ、それだとさすがに話が単純すぎる気もしますけれど」
その俺の問いに対し、クレア様は振り返らずに前方を向いたまま、単調な口調で答える。
「魔王と言えどこの世界の中で閉じた存在であることに変わりはない。
それが世界のバランスを破壊すると言うのは考えにくいな。
この世界の魔王は常に魔の領域の中心、闇の力が最も濃くなる場所から出現するが、あくまでも先立って存在するのは魔王ではなく闇の力そのものだ。
魔王というのはあくまでも闇の力が生み出す副次的な存在であり、闇が世界を歪めるほどに強大化した直接的な原因では無いだろう」
なるほど、予想はしていたがやはりそう簡単にはいかないのか。
まあ事態がそんなに分かりやすいのなら転生のときに教えてくれるよなと俺が考えていると、隣からイリスが言葉を挟んできた。
「だいたい魔王なんて妾が生きてる間に何度出てきたか分からないほどよ。
けれど今まで魔王が原因で世界が崩壊するなんて聞いたことも無いわ。
人間が滅びるとかならともかく」
イリスは事も無げにそう言ったが、最後の人類が滅びるという台詞はちょっと聞き捨てならない。
魔物に支配されたような世界でクレア様と生きて行く自信が無いこともあるが、戦斧亭のボルギス一家を始め、俺は既にこの世界でも多くの守りたいと思える人たちに出会ってしまっている。
従って、例え世界崩壊とは別だとしても、魔王と魔王軍についてもいずれ何とかしなければならない問題なことは確かだろう。
そのことにイリスは協力してくれないだろうか。
彼女は強者と戦うことが大好きだと言っていたし、そもそも今回の依頼を彼女が受けたことだって龍族が強大な力を持っていることが大きく起因しているのだ。
「イリスは魔王とは戦ってみないのか?」
そう問う俺に、イリスはため息まじりで答える。
「一対一でやれるなら、そりゃ戦ってみたいわよ。
でも魔王の周りっていつも護衛軍やら親衛隊やらが囲んでるし、いろいろと面倒くさいのよね」
やっぱり戦いたいとは思っているのか。
それはつまり、彼女と魔王の戦闘の場を用意してあげることが出来るのなら、もしかすると人類側の味方になってくれるかもしれない可能性があるということ。
そんな風に俺が打算的な考えを巡らせていると、耳にピヨスケの声が割って入ってきた。
——みなさん、目的の山脈が見えてきましたよ!
俺は思考を中断し、前方へと視線を向ける。
そしてその目に飛び込んできた風景に、俺は思わず声を失った。
それはまさに、絶景だった。
山頂を雷光の迸る分厚い雲で覆われ、万年雪で化粧を施された峰々は、まるで天へと聳え立つ巨大な白い壁。
それが左右へどこまでも延々と続いており、その先端がどれほど先に存在するのか俺の視力ではまるで分からない。
その迫り来る大津波のような存在感は、物理的な圧迫を伴うかのように俺をたじろがせる。
山脈の地下にはドワーフ族が掘ったというルクスルナ教国へと抜けることが出来る坑道が存在するらしいが、今回俺たちが目指すのはこの山脈そのもののどこかにあるという龍族の国だ。
今からあそこに乗り込むのか……。
俺がとても現実のものとは思えない圧倒的かつ幻想的な光景に魅入られていると、その横でイリスがピヨスケに指示を出した。
「じゃあピーちゃん、あそこの切れ目から山脈に突入して頂戴」
指で遥か遠方を差しながらそう言うイリス。
もちろん俺にその切れ目というのは視認出来ないが、ピヨスケは素直に彼女の指示に従う。
——分かりました!
ピヨスケは了解の意を示し一度大きく羽ばたくと、向きを変え僅かに高度を落としながら山脈へと近づき始めた。




