依頼
チュンチュンと言う小鳥のさえずりを耳にして、俺は静かに目を覚ました。
三角の窓から差し込む穏やかな朝日が心地良い。
ここはボルギスの戦斧亭の屋根裏部屋。
すなわち俺たち親子三人が暮らす自室。
その中に三台設置されたベッドの内の一台で、俺たちは身を寄せ合って眠っていた。
この宿の主人のグレアムさんにせっかく人数分用意してもらったベッドだが、初日以来ずっと俺が今横になっているこの一台しか使っていない。
右隣に目をやればそこにはクレア様の穏やかな、一切の穢れを知らなさそうな無垢なる寝顔。
けれども本当は悠久の時の流れの中で、俺になど想像も及ばない程に汚いものや凄惨なものも、彼女はその目で見て来ているのだろう。
視線を少し下へと向けると、俺とクレア様に挟まれるようにピヨスケが眠っている。
今はクレア様が普段まとっているような少し冷徹な雰囲気を発していないこともあって、外見年齢を除くと二人は本当に瓜二つだ。
こうして寝顔だけみていると、姉妹が仲良く寄り添っているように思えてくる。
目覚めの瞬間からこの二人の姿を視界に収めることが出来るということは、ただそれだけで俺に至上の幸福を感じさせてくれる。
昨日のイリスとトロルの戦闘——と言うより一方的な惨殺——は、正直俺のトラウマになりかけているのだが、クレア様やピヨスケは大した動揺も見せなかった。
クレア様はともかく、ピヨスケもこういう部分において人間の俺とは精神構造が異なっているのだろうか。
それとも単に肝が据わっているだけなのか。
ちなみに冒険者の男は、ピヨスケの回復魔法で全快した後意識を取り戻すと、俺たちへと救援の謝辞を何度も重ねてきた。
なんでも彼は元々トロルの討伐に来た訳ではなく、近くの小さな集落をあのトロルが襲おうとしている所を発見し、自分に引きつけながら誘導していたらしい。
その隙に彼の相方が、集落へと避難指示を出しに向かうという寸法だった。
二人がかりでもトロルに勝てないと判断しての行動で、無謀と取る事も出来るだろうが、俺はそんな彼を素直に格好良いと思えた。
そして彼をその集落へと運んだ俺たちは、彼や彼の相方を含んだそこの人々から謝礼を受け取る事になった。
彼に約束を取り付けたトロルの懸賞金全額に加え、思わぬ副収入を得たイリスは、随分と機嫌が良くなっていた。
俺はしばらくの間そんな風に昨日の出来事を振り返りながら眼前の、何よりも大切な二人の姿を見つめ続けていた。
どれくらいの時間そうしていたかははっきりとしない。
だが、やがてクレア様がゆっくりと目を開いたことで、俺の注意は彼女の顔へと集中する。
寝ぼけているのか、彼女はまだ少し虚ろな目をしている。
「おはようございます、クレア様」
俺がピヨスケを起こさないよう小声でそう呟くと、クレア様は俺の顔へと視線を合わせ、
「……ああ、おはよう」
と眠そうな返事をよこした。
確かにイリスの強大過ぎる力は怖くもあるが、この危険に満ちた世界でクレア様達の安全を確保する上で、彼女の庇護下に入っておくことは悪く無いだろう。
俺は未だうつらうつらとしているクレア様に優しく微笑みかけながら、とりあえすの判断を下した。
すっかり朝の日課となった薪割りを終え食堂を訪れた俺は、そこでクレア様、ピヨスケ、イリスの三人と合流し朝食の席に着いた。
そこで俺はイリスの顔がやけに嬉しそうなことに気付き、少し嫌な予感を覚える。
昨日冒険者村へと戻って来た後に俺たちと別れたイリスは、冒険者ギルド支部へとトロルの討伐報告に向かったが、その報酬が良かったと言うだけではどうも無さそうだ。
「昨日ギルドにトロルの討伐報告に行った時に、とっても面白そうな依頼が出されてたのよ」
イリスは嬉々としてギルド支部で貰って来たらしき依頼書を取り出すと、俺たちに突き出して見せびらかす。
そこに書かれている内容を確認し、俺は思わず絶句する。
「ドラゴンに奪われたルクスルナ教国の秘宝を取り戻すって……」
ルクスルナ教国と言うのは冒険者村の北方、大陸を分断するかのように横たわる巨大山脈を超えた先に存在する宗教国家だ。
だが、問題はそこではない。
この前聞いた話しでは確か、龍族は吸血鬼の真祖を超えるかも知れない怪物達ということだったはずだ。
つまり、その力がイリスに匹敵するということを意味する。
けれどもそんな俺の心配をよそに、彼女は嬉々として語り始める。
「一国家からの依頼だけあって、さすがに報奨金額も半端じゃないのよ。
それに犯行現場から考えて宝を奪った龍は、北の山脈の龍の国にいると考えてまず間違いないわ。
あの場所を知ってる人間なんてほとんど存在しないでしょうから、これは妾達にめちゃくちゃ有利よ!」
龍の国なんて言うくらいだから、もちろんドラゴンもたくさんいるのだろう。
それに今、物凄く不穏な言葉が聞こえた気がする。
妾達って……。
俺の不安はますます大きくなって行くが、イリスは語る事をやめない。
「それに、あそこの龍帝とは昔一度やりあったことがあるんだけど、それはもうとっても楽しかったわ。
けどあの時は結局決着がつかなかった上に、それ以降は会うたびになんだかんだはぐらかされてるのよね……。
つまりこれは再戦を申し込む絶好のチャンスでもあるわけよ!
というわけで貴方達、明日の朝に出発するから体調整えておいてね」
先ほどイリスの庇護下に入ることで安全を確保できると思ったばかりの俺だったが、どうやらその考えは早くも訂正する必要があるらしい。




