ピクニックに行こう
予定通り今朝方、ピヨスケが久しぶりに精霊界から帰って来た。
そこで以前からイリスからお願いされていた事もあり、俺は人型へと姿を変えたピヨスケを彼女に紹介した。
だが、これは少し早まった事をしたかも知れない。
ピヨスケの姿を一目見たイリスは、すかさずピヨスケに飛びつき抱きしめると、狂ったように大きな歓声を上げはじめたのだ。
「キャー!
あなたがピーちゃんね!?
素敵よ、貴方最高よ!
可愛い!
可愛い過ぎるわ!!」
ピヨスケの可愛らしさもそれ自体もはや犯罪的だが、蕩けるような表情を浮かべるイリスの顔にも少し犯罪めいたものを感じる。
ぶっちゃけ、少し怖い。
だが、隣に立つクレア様はそんなイリスとピヨスケの様子を眺めながら、俺に向けて予想だにしなかった言葉を投げかけた。
「いつぞやの貴様を彷彿とさせるな」
え、俺があんな変態みたいな顔するはずないじゃないですか!
驚く俺の顔をちらりと窺ったクレア様は、その無表情な顔に何故かすこし呆れたものを含ませると、再びピヨスケたちの方へと視線を戻した。
一方イリスのなすがままにされている当のピヨスケは、両手をわたわたと振りながら彼女へと問いかける。
「あわわわわ!
お、お姉さん誰ですか!?」
イリスはそんなピヨスケの顔に今度は頬を擦り付けながら、適当な自己紹介を始めた。
「妾の名前はイリス=ブラッドベリー。
貴方のパパとママの大親友よ!
イリスお姉さんって呼んでね!」
……ペットとその飼い主ではなかったのか。
俺たちが初めてイリスと出会った夜の、あの恐ろしくも荘厳な雰囲気はどこに消えてしまったのだろう。
ところでそのイリスは今、俺とクレア様に宿の手伝いまで休ませて冒険者村の入り口へと集合させている。
これは食事時を除き、普段の昼間は宿から姿をくらませている彼女にしては、とても珍しいことだ。
未だピヨスケに抱きついている彼女の隣に置かれた大きな背負い袋も含め、そろそろ彼女の用件が気になって来た。
「ところでイリス。
今日は俺たちを集めて何をするつもりなんだ?」
その俺の問に対しイリスは、ピヨスケへの頬ずりをピタリと止めるとこちらを振り返る。
そして先ほどの蕩けたような表情から一転してその顔に気品を取り戻すと、今度は満面の笑みを浮かべて答えた。
「今日はみんなでピクニックに行くわよ!」
俺たちが冒険者村を出発してから結構な時間が過ぎた。
ピヨスケは背中に俺たち三人を乗せ、村から続く河沿いに依然北方へと飛行している。
両足を投げ出して座る俺の前に、同じく両足を前に突き出しながら、俺へともたれ掛かるように座るクレア様。
俺が彼女の身体を後ろから包み込むような体勢だ。
頬を撫でる涼やかな風と、俺の胸に預けられたクレア様の柔らかな頭髪の感触が心地よい。
イリスはそんな俺達の隣で、弁当等が入っていると言う大きな背負い袋を肩に架けたまま、直立して風景を見回している。
いくらピヨスケがあまり速度を出していないとはいえ、どう見ても不自然な体勢だ。
そんなイリスはあちらこちらへと顔を動かすのはやめないまま、独り言のように呟く。
「ピーちゃんが帰って来てくれて本当に助かったわ。
妾が掴んで飛んだんじゃあ、さすがにクレアとケーゴの身体がもたないだろうし。
それに、妾自身も運んでもらう方が楽で良いしね」
彼女の言葉を聞きながら、俺は下方へと視線を送る。
村を出発した当初は緑色の海のようだった下界にもはやその面影は全く残っておらず、今は一面枯木と灰色の岩石が散乱する黒茶色の大地へと変わっている。
「結構遠出するんだな。
もう草原抜けて荒野に入っちゃったぞ。
ピクニックってどこまで行くつもりなんだ?」
豊かな自然の中、皆でのんびりとお弁当を食べようという環境にはあまり見えない。
そんな俺の言葉を聞いたイリスは、さらに身を乗り出すように遠くを見つめる。
「そろそろだと思うのだけれど……あ、見つけたわ!」
イリスはそう言いながら手を突き出し、遥か遠方を指差した。
だが彼女のように超人的な視力を有しているわけでもない俺には、そこに何があるのか全く視認できない。
そこへ、イリスと同様に極めて高い視力を所持しているピヨスケが、状況説明を補足してくれた。
——冒険者の人が、トロルと戦ってるみたいですね。
え、戦闘!?
俺がそう思うと同時、イリスがピヨスケに指示を出す。
「ピーちゃん、ちょっと飛ばしてもらっても良いかしら?」
その指示に従いピヨスケは、
——はいです!
——パパ、ママ、ちょっと強く掴まってて下さいね!
と答えると、急激に加速を開始する。
俺は慌ててクレア様を抱きしめると、振り落とされないようにピヨスケの身体へとしがみつく。
一方そんな俺とは対照的に、イリスは変わらず直立姿勢のまま腕を組んで言葉を零す。
「せっかくここまで出向いて来てあげたのに、先を越されちゃったらたまらないわね」
当初予想していたものとは全く異なる展開に、俺はしばしの間事態を飲み込めずにいた。




