フレンド
吸血鬼の少女は突然俺から飛び退くように離れると、口を抑えながら苦しそうにもがき始めた。
呆気にとられている俺に、隣からクレア様が解説を行ってくれる。
「いくら聖水への耐性を持つ真祖と言えど、さすがに直接取り込んだ神の血は効いたようだな」
そう言えば、深い所でクレア様と繋がった俺の身体は、彼女と同質のものとなっていたのだった。
それによって俺の血液も、聖水と言うものよりもさらに神聖な液体へと変化していたらしい。
とりあえずこれを神様汁と名付けよう。
その神様汁と化した俺の血液を、吸血行為によって直接体内に取り込んだ事で、この吸血鬼の少女は多大なダメージを負ったようだ。
少女はしばらくの間うずくまりながら悶えていたが、やがてその動きも止まる。
「や、やったみたいですね」
少し落ち着きを取り戻した俺は、クレア様の方へと向き直りながらそう零す。
だが、少女を眺め続けているクレア様からは、先ほどの笑みが消えさっていた。
「……これは、少し見誤ったかも知れんな」
そのクレア様の言葉を聞くと同時に、俺は身体が凍てつくかと錯覚する程の冷気を感じとる。
ゾクリと言う感覚に、視線を反射的に少女の元へと戻すと、そこには真っ白な身体からどす黒いオーラを撒き散らしながら、ゆっくりと立ち上がる美しい吸血鬼の姿があった。
弱まっているとは言え、神様汁を直接体内に流されても滅びない魔物。
それほどまでに強大な力を、この吸血鬼は秘めているというのだろうか。
俺の命など、象が蟻をつぶすよりもあっさりと刈り取る事が出来るのだろう。
全身に突き刺さるような重圧によって否応無く思い知らされる、生命としての絶対的な格の差。
「貴方達……」
そう呟く少女の両拳は固く握られ、小刻みに震えている。
その瞳には真紅の燐光を宿し、白目の部分までもが少し赤く染まっている。
そして言葉の続きを発そうとする彼女の紅く滲んだ両の目の端に、……じわりと涙が浮かんだ。
「こういうことは先に言っておきなさいよ!!」
石室の隅に置かれていた小さな木の椅子を運んで来た吸血鬼の少女は、それに腰掛け俺たちの話を聞いていた。
「あーっはっは!!
なにそれ、馬鹿じゃないの!?」
俺たちの体質の原因、つまりは転生からこれまでの顛末を聞いた少女は、先ほどの涙顔が嘘のように笑い転げる。
そして彼女は一通り笑い終えると、未だ苦しそうにお腹を抑えながら再び語りだした。
「ま、まあ良いわ。
とりあえず、貴方達はもともと不老不死なのね。
それなら妾の眷属に変える必要は無くなったわ」
その少女の言葉は、俺が全く予想だにしていなかったものだ。
「え、俺たちを操り人形にするつもりだったんじゃ……」
そう問う俺に少女は、「失礼ね」と前置きした上で話を続ける。
「真祖たる妾に血を吸われて生まれる吸血鬼は最上級の存在よ。
肉体能力や知能の上昇はあっても、自我を失うなんて事あるはず無いわ。
それに、元のまま飼えるのならそれに超した事は無いしね。
生命体としての性質を変化させちゃうのはあんまり好きじゃないのよ。
でも人間って種族はあっという間に寿命で死んじゃうから、吸血鬼化は仕方の無い措置ね」
その少女の言葉を聞いたクレア様は、俺に向けてぼそっと言い放つ。
「吸血鬼化出来れば貴様の馬鹿も少しは直るかも知れんのにな」
うっ、なかなか毒舌ですね。
そんな俺たちを眺めながら吸血鬼の少女は、興が削がれたとでも言わんばかりに、これまた信じられない事を口にする。
「じゃあ、今日はもう帰らせてあげるわ。
もともとペットを縛り付けるつもりも無いしね」
はい!?
それなら今の俺たちのこの扱いは何なのだ。
「え、じゃあこの拘束は……」
当然の疑問を投げかける俺に対し少女はあっさりと、
「それは妾の趣味よ」
と言ってのけた。
俺の最初の予想、当たってたのか……。
一気に気が抜ける俺をよそに、吸血鬼の少女はどこか遠くを見つめる目をしながら、ため息を漏らす。
「それにしても目に付けたペット候補が、よりにもよって地上に落ちて来た神だなんてね。
自分でも見る目があるんだかないんだか分からないわ」
しかしそこで一息ついた彼女は「まあいいわ」と呟き、俺たちの方に向き直って笑顔を見せる。
「貴方達を気に入っちゃったのは覆し様の無い事実だものね。
妾の名前はイリス=ブラッドベリーよ。
イリスと呼んで頂戴。
あ、これから喋る時はタメ口でお願いね。
日常生活で変な距離感あるのは嫌なのよ。
寂しいじゃない」
その彼女の言葉を聞いた俺の頭に一瞬、もしかしてこの吸血鬼……イリスは、本当はペットじゃなくて友達が欲しいだけなんじゃないのかと言う考えが過る。
ただしここで言う友達とは、特殊な遊びをする為の相手ともとれるけれど。
まあ、下手に薮をつついて大蛇に出てこられても困る。
俺は素直に頷く事で了承の意を伝える。
そして俺とクレア様の意思を確認したイリスは、
「じゃあ、改めて村まで送るわ。
貴方達の服もちゃんと持って来てるから、ちょっと待っててね」
と立ち上がろうとする。
しかし差しあたった命の危機を回避したことで余裕が出来た俺に、このシチュエーションをこのまま見送ってしまうのはもったいないのではと言う邪念が生まれた。
そして俺は心に湧いた願望をそのまま、イリスのご要望の通りタメ口で伝える。
「あ、村の近くまではこの格好のままお願いしても……良い……かな?」
隣でその俺の言葉を聞いたクレア様が、
「ふむ。
今回はそういうぷれいか」
と同調してくれる。
イリスは一瞬そんな俺たちに呆気に取られたような素振りを見せたが、俺たちの顔を見回すとすぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「あら貴方達、なかなか分かってるじゃない」




