日常
「これで終わりっと!」
俺はそう声をあげながら、両腕で握った斧を軽快に振り下ろす。
太い丸太の台に置かれた薪が、その繊維に沿って奇麗に両断される。
そして等分され地面に転がった薪を乾燥用の小屋へと積み上げると、俺は快晴の空を見上げながら額の汗を拭った。
俺たちがボルギスの戦斧亭に引っ越して来てからはや数日。
連日人手不足が見て取れる良く繁盛している宿屋の雑務を、俺は主人であるグレアムさんから任せてもらっている。
最初に申し出た時は凄く遠慮されたのだが、ずっとただ飯ぐらいと言うのも気が引ける。
それに五年を超える無人島生活を送って来たことで体力には結構自信があるし、こうして身体を動かすこと自体もなかなか気持ちいい。
ところで今、俺の側にはクレア様がいない。
いつもの彼女は宿屋の壁に背中を預けて俺の作業をじっと眺めているのだが、今日は何やらやることがあるとかで、俺とは朝食の時間に食堂で待ち合わせとなっている。
クレア様を待たせても悪いし、先に食堂に行って暇をつぶすか。
そう考え、俺がその場を立ち去ろうとした時。
「ケーゴさん、おはようございます!」
俺と同じくシャツ一枚の、ブラウンの短髪の男性が声をかけて来た。
「あ、トールさん。
おはようございます」
引っ越して来た初日に俺たちが挨拶を交わした冒険者の一人、トールさん。
俺と同い年の駆け出し冒険者だ。
いや、年齢に関しては外見的なものだけで、実際には俺が五歳年上と言う事になるのだが、あまり実感が湧かない。
そのトールさんの片手には剣が携えられ、シャツには健康そうな汗が滲んでいる。
見た所、剣術の早朝稽古から戻って来たところのようだ。
それなら、朝食もまだだろう。
「俺とクレア様はちょうどこれから朝食なんですが、一緒にどうですか?」
そんな俺の提案にトールさんは、「よろこんで」と快諾してくれた。
食堂にはまだクレア様の姿は無かったので、俺とトールさんは空いていたテーブルへと腰を下ろした。
とりあえず何か話題はないだろうかと考えた俺は、先ほど拝見させてもらった彼の身体についての感想を述べる。
「やっぱり冒険者の方って体格良いですよね。
男の俺としても憧れちゃいますよ」
激戦に備えて鍛え抜かれたのであろう、そのパワー溢れる筋肉が非常に格好良い。
俺の賛辞に対してトールさんは、謙遜したように答える。
「ケーゴさんも結構良い体つきしてるじゃないですか。
俺たち冒険者みたいに戦う為の筋肉ではないですけど、持久力と瞬発力を兼ね備えた感じの。
なんというか野生動物みたいにしなやかで、自然の中で身に付けたって感じですね」
まあ五年以上も野生に帰っていたのだから、それはそうだろう。
「でも俺も、トールさんみたいに強くなりたいです。
いざと言う時に好きな女の子くらい、自分の力で守ってあげたいじゃないですか」
クレア様の姿を思い浮かべながらそう言う俺に対しトールさんは、
「まあこの業界、筋力だけじゃやっていけないんですけどね」
と、頭を掻きながら少し俯く。
そして彼は続けて、「だから俺はまだまだ駆け出しなんですよ」と照れたような仕草をした。
彼が言うことは実際正しい。
常識的に考えると普通の人間では、この世界の魔物どころか、大型の野生動物にすら立ち向かうことは難しいだろう。
ところが、この世界の人間にはそれが出来る。
そもそもこの世界は、人間達が住む物質界と、精霊達が住む精霊界の境界が俺たちの世界に比べて曖昧だ。
その為、精霊界を構成する霊素と呼ばれる元素が、物質界側にも至る所に溢れだして来ている。
そしてそれらの霊素は、物質界の物理法則に縛られない様々な現象を引き起こす事が出来る。
人間を初めとした意識体は、それらの霊素を操ったり、より多くの霊素を精霊界から引き出してくる為の、魔力と呼ばれる力を備えている。
そして魔力が強い生物は、自身や周囲の物理法則をある程度無視して動く事が可能になる。
例えばピヨスケは自身を包むように魔力を展開することによって周囲の霊素を操作し、物理法則を書き換えながらあの巨体を空中に浮かび上がらせる事が出来る。
また、例えば冒険者達は、自らの剣や防具に魔力を通す事によって通常ではあり得ない程の切れ味や防御力を得る事が出来るし、魔力の通ったその身体は物理法則を超越した肉体能力を発揮する事が出来る。
ちなみに魔法使いと呼ばれる人々は特に魔力の使い方が上手く、霊素に属性と呼ばれる指向性を意図的に与えたりしながら、魔法と呼ばれるより巨大な現象を引き起こす事が出来る。
これがクレア様から教えてもらった、この世界の生物の強さの秘密だ。
従って、トールさんのような戦士系の冒険者にとっては、その基礎能力値となる筋力などもさることながら、それ以上に魔力の強さが重要となってくる。
そして話を聞いていると、どうもトールさんはこの魔力の扱いがあまり上手く無いらしい。
俺が話題の方向性をちょっと間違ったかなと考えていると、ちょうどよくウェイトレスさんが水と朝食用のメニューを二人分持って来てくれた。
フリルのついたなかなか可愛らしい制服だ。
俺はウェイトレスさんから水とメニューを受け取り、これ幸いとトールさんにもそれらを差し出しながら話を逸らす。
「ささっ、クレア様ももうすぐ来ると思いますし、何を食べるかでも選んでおきましょう」




