冒険者村
晴れ渡った青い空。
海原を思わす大草原。
透明度の高い清涼そうな水が流れる河のほとりに、俺たち一行は降り立った。
「天使だ……天使がいる…………」
淡い燐光とともに人の姿を成したピヨスケを見て、俺は思わずそんな言葉を漏らす。
新雪を思わせる真っ白な髪に、透き通るような白い肌。
クレア様をそのままさらに幼くしたような、愛くるしいその容姿。
けれどもその顔には朗らかな笑みを湛え、クレア様と同じ色のはずの瞳からは無邪気さと、内に秘めた無限の好奇心が感じられる。
いそいそと皮鞄から取り出した白色のワンピースを着始める、ミニクレア様と化したピヨスケ。
俺は何かに操られるようにフラフラと、そんな彼女へと近づいて行く。
「いくら貴様が変態だとはいえ、娘相手に変な気は起こすなよ」
クレア様からそんな冷ややかな声が飛んだのは、俺が、ワンピースを身に着けたピヨスケを前から抱きしめ、その愛らしい顔に頬ずりをはじめた時だった。
「父性愛ですよ、父性愛!」
とんでもない事を言い出したクレア様に反論しながら俺は、わたわたとするピヨスケのマシュマロのように柔らかな肌の感触を堪能する。
そしてその幸せな行為の最中で、俺ははたと気付く。
「あ、クレア様もしかして妬いちゃいました?
安心して下さい!
俺のクレア様に対する愛の深さは、いつでも無限大です!」
だが、クレア様に心配をかけまいと発した俺のそんな主張に対し、何故か彼女は呆れたような雰囲気を醸し出していた。
その彼女の反応に疑問符を浮かべる俺。
そんな俺の幻想を、クレア様はついでとばかりに破壊する。
「それから、先の天使と言う比喩だがな。
本物の天使は貴様が思っているようなものではないぞ」
そう言うとクレア様は続けて、天使がいかに恐ろしい存在かと言う事を説明し始める。
俺の只でさえ少ないボキャブラリーを、さらに減らすのはやめて下さい!!
そんなやりとりを俺たちが交わしていると、
「パパ、ママ。
ボルギスさんのおうちはあっちです!」
と、ピヨスケが俺の肩越しに指を差した。
ボルギスと言うのは、今回俺たちがお世話になる予定の宿屋を経営している一家のファミリーネームだ。
ピヨスケを抱きしめたまま振り向きその方向を確認すると、そこにはしっかりとした木のバリケードで囲まれた、小さな集落が見えていた。
ピヨスケに先導されながら、俺たちは集落の中を歩く。
周囲を見回すと、布製の平服を身に纏った人々の他に、重厚な装備を身につけ、武器類を携帯した人たちも目につく。
魔物の討伐や廃墟の探索等を生業とする、俗に冒険者と呼ばれる者達だ。
ボルギス家の皆さんからピヨスケが聞いたという話によると、この集落が位置する場所は元々、そんな彼ら冒険者の野営地として有名な土地だったらしい。
そこに三十年程前、冒険者を引退したボルギス家の先代夫妻を中心に、冒険者たちの為の宿泊場を建設したのがこの集落の始まりだそうだ。
今では冒険者の為の装備品類や魔道具を扱う店舗なども隣接され、一つの村と言って良い程度の発展を見せており、外部のものたちからは冒険者村と呼ばれているとのことだ。
ちなみに村を囲むバリケードは、魔物や野獣の侵入に備えたものだ。
この村はその性質上、人の出入りが激しいため、入村者のチェック等はいちいち行っていないらしい。
そもそも人の脅威となる存在が多く住まうこの世界では、同族である人間同士で争うと言う発想があまり無く、中でもそんな脅威に日夜直面し続けている冒険者達には、特にその傾向が強い。
そして同時に大きな力を持つ存在でもある冒険者が多く滞在するこの村では、自然とその治安も高くなっていると言う。
そんなファンタジーっぽさ全開の村の様子を感慨深く眺めながら、俺がクレア様と並んで歩いていると、
「あそこです!」
と、ピヨスケが目的の宿屋らしき建物を指差した。
木造三階建てのその建築物は、やはりこの村の発展の中心となっただけあり、周囲の建物に比べても大きな存在感を放っている。
その窓には硝子がはめ込まれているが、この世界の硝子、特にあのように透明度の高い物はかなりの高級品だと聞いていたので、経営状態の良好さが窺い知れる。
正規の宿泊客ではない俺たちは、宿屋の正面入り口ではなく、その裏口へと回り込む。
するとそこには、短く纏めた栗色の髪が可愛らしい、ピヨスケよりも小さな女の子がちょこんと座って待っていた。
「あ、霊獣のお姉ちゃん、お帰りなさい!」
ピヨスケの姿に気付くと同時に嬉しそうに声をあげたこの子が、おそらくピヨスケが川で助けたと言う女の子なのだろう。
「ただいまです、エレナちゃん!」
同じく嬉しそうに返答するピヨスケが口にした名前で、俺は自身の推測が正しかった事を確信する。
そしてエレナちゃんは俺とクレア様に深々と頭を下げると、
「すぐにお父さんとお母さんを呼びますので、少しお待ち下さい!」
と言い残し、俺たちの反応も待たないまま、すぐさま店内へとトコトコとかけて行った。




