聖獣
降り続いていた雨も過ぎ去り、ここ数日はまた雲一つない快晴が続いている。
そんな中、あの日以来これまでに増して密着度を増した俺とクレア様は、洞窟の前で仲良く日向ぼっこをしていた。
俺の隣に体育座りで寄り添うクレア様へと視線を落とす。
透き通るように白くて、本当に奇麗な肌だ。
毎日陽光に晒されているにも関わらず、そこにはシミの一つも無い。
だけど全く日焼けしていないと言う訳でもなくて、そのクリースプの蔓と葉で出来た緑色のビキニの下に、同型の後がうっすら残っていることを俺は知っている。
そんな彼女の情欲にまみれた痴態を思い出した俺は少し照れくさくなり、邪念を追い払おうと、どこまでも青だけが広がる遠景へと視線を移した。
だが俺はそこで、その空に先ほどまでは存在していなかったはずの異物が浮かんでいる事に気付く。
そしてそれが少しずつ大きくなっていることを認めると同時、俺の意識は急激に緊張感を増した。
「クレア様っ!
何かが飛んで来てます!」
慌てて立ち上がり、クレア様にそう呼びかける。
陽光を反射するようにキラキラと煌めきながら飛来するその物体は、流れるような羽毛を持った、美しい銀色の鳥のように見える。
というか、でかっ!
「やばくないですか!?
とにかく逃げましょう!!」
真っすぐとこちらに向かってくる鳥らしき物体の巨大さを認識した俺は、一気に危機感を募らせると、未だ座ったままの姿勢のクレア様を促した。
この島にも鳥はいるが、大きくてもせいぜい人の肩に乗る程度だ。
あんな馬鹿げたサイズのものは見たことが無い。
だがクレア様は慌てる俺を、落ち着き払った様子で制止する。
「待て。
あれは霊獣……それも、聖獣格だな。
他者に害をなすようなものではない」
クレア様の静かな声を聞き、俺の心の焦りは少しだけ収まった。
霊獣や聖獣など聞き慣れない言葉だが、彼女がそう言うのなら危険なものでは無いのだろう。
「それに……どうやら傷を負っているようだ」
よく見ると、確かに巨鳥からときどき赤いものが零れ落ちている。
それにそう言われると、飛び方もどこかぎこちなく思えて来た。
やがてその美しい巨鳥は、俺たちの頭上を飛び越えて行くと、岩山の頂へとフラフラとその身を降ろした。
それを確認したクレア様が、唐突に立ち上がり、俺の背にも乗らず無言で山頂へむけて歩き始める。
「えっ、ちょ、ちょっと、待って下さい!」
俺は慌ててその後を追い始めた。
その巨鳥は岩山の頂に、目を閉じてうずくまるよう横たわっていた。
優しく淡い光りを帯びたその銀色の身体は、翼や尾を除いても俺の何倍も大きく、まさに圧巻の一言だ。
長く流れるように美しい羽毛が、山頂の窪みから溢れ出して垂れ下がっている。
そのあまりに神秘的で幻想的な姿を見た俺は、思わず立ち竦み見蕩れてしまう。
だがクレア様はそんな俺をよそに、そのままゆっくりと巨鳥の頭部へと近づくと、その手を優しく触れさせた。
それに気付いたのだろう、巨鳥が僅かに目を開く。
磨き抜かれたルビーのように紅いその瞳は、現状の弱り切った姿を忘れさせてしまう程、内に秘めた気高さを感じさせる。
俺は恐る恐るクレア様の隣へと並び立つ。
そして巨鳥がその美しい瞳を俺たち二人の方へと向けたのと同時、俺の頭の中に荘厳でありながら静かで優しい声音が響いた。
『何故人間がこのような場所に……』
巨鳥が俺の精神へと直接語りかけて来ているのだろうか。
そこで己が言葉を反芻するような様子を見せた巨鳥は、何かを悟ったように改めて言葉を紡いだ。
『いや、人間では無いのか……』
当然クレア様にもその声は届いていたのだろう。
彼女は静かに冷徹に、だがどこか優しさを含んだ声で巨鳥に問いかけた。
「恐らくは人の神話に語られるであろう程の聖獣が、無様な姿だな。
だが、神域へと届く程に高く積み重ねられた、その霊格には敬意を表そう。
今の妾に出来ることは少ないが、何か望みがあれば申してみよ」
場に沈黙が訪れる。
巨鳥はしばらくの間何かを考えているような素振りを見せていたが、やがて絞り出すように申し出た。
『我が命はすぐに尽きる。
だが、その後に残る我が子のことを頼めないだろうか』
クレア様は無表情のまま、だが慈しむような手つきで巨鳥を優しく一撫でする。
そして巨鳥の瞳をその深く蒼い瞳で見つめたまま、静かに口を開いた。
「妾は死と再生の神クレアーティ。
我が名において貴様の願いは聞き届けよう。
後は心安らかに逝くが良い」
それを聞いた巨鳥は、一時の間クレア様を無言で見つめ続けていたが、やがて満足したかのようにゆっくりとその瞳を閉じた。
静かに動かなくなる巨鳥。
その身体を包む優しく淡い光が、一際大きくなって行く。
それは巨鳥の身体をも巻き込んで、細かな粒子へと変わりながら、少しずつ空中へと溶け消えて行く。
「これは……」
目の前で起こっている美しくも不可思議な現象に、俺は思わず声をこぼす。
隣に立つクレア様が、そんな俺に静かに解説を加えてくれる。
「霊獣とは本来精霊界に存在すべき生物が、物質界に零れ落ちた魂を拠り所として顕現したものだ。
肉体を物質界に繋ぎ止めていた魂を失えば、その存在は元の精霊界へと還る」
やがて血痕までをも含めて巨鳥の姿が完全に消えさった後、そこにはクレア様の胴体程もある、大きな純白の卵が残されていた。




