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あたし、ゆうれいなの改

作者: 相原由紀

様々な別れがあるけど、死も、その一つ。予めその時期が判れば心構えや気持ちの整理ができる。けど、突然の訪れは容赦無い断絶となり、旅立つ方も、残される方も呆然と受け入れるしかない。

あたしは、せめて「ありがとう。さようなら」を言いたい。あなたに・・・


 『あたし、ゆうれいなの』改


                            原案 宛幸

                            改作 相原由紀


 書いても書いても全然減らないシャープペンシルをもて遊びながら外を眺めていた。

 高台にある校舎の教室から見える夕日の景色は幻想的であり、お気に入りだった。遠くの町や、その先の海は、真っ赤な輝きを乱反射し、時折直線的な光を放ってくる。

 既に夕日は、水平線に没する前に、最後の輝きを一際増し、抵抗するが如く輝いている。

 グランドでは、部活の終了したクラブが片付けを行うだけで、静けさが再び辺りを支配しようとしていた。

 校庭や校門から続く坂道には満開の桜が咲き開き、時折吹く春風に煽られ花吹雪を作っていた。

 教室の窓が少し開いている為、時折風と共に花びらが舞いながら落ちてくる。そっと手を伸ばし、それを手のひらで受け止めようとするが、花びらは手を付き抜け、机の上に落ちてしまう。

 そう、あたしの体は透けているのだった。生物的な死は既に判っていた。けど、あたしそのものは、以前と変わりなくここに存在する。

 死において、生前あまりにも強い思いがあると、残留思念が残り、昇華できないとか言われているのを聞いたことがある。正しく、今のあたしは、そんな感じなのだろう。

 しかし、何が心残りだったか、死が突然すぎた為か、そのあたりの記憶が無い。

 もうあれから一年以上、あたしはそのまま、ここに居る。最近では、以前のクラスメイトの会話にもあたしは過去のものとなり、忘れ去られた想い出になっているようだ。

 もちろん、こちらから話しかけても無視するがごとく何の反応も無い。声も体も彼らには聞こえず、見えていないのは当然だと感じた。

 今は、ただ、窓際のだれかの席に座り、夕日を眺めることが安らぎとなっていた。


 しばらくしていると、廊下を駆ける足音が聞こえてくる。けど、いつもの通り、あたしの存在は認められるはずも無いと、そのまま夕焼けの空を眺めていたのだった。

「あれ、もしかして晴香じゃないのか?」

 突然だった。

「ひさしぶりじゃないか。戻ってきたのか?」

 あたしは、振り返って、今、教室を進んでくる彼に驚いた。

「卓也くん・・・」

 そうだった。彼は入学当時から仲のよかったグループのメンバーだった。

「晴香が転校してから、何度もメールしたんだぜ。全然返事くれないから、嫌われたって思ってたよ」

「えっ、そうだったの?ごめんなさい。携帯壊れちゃって、その後、色々あって・・・」

 そう言うのが、精一杯だった。

「そっか、ならしょうがないよな。まっこれから、また前のようにバカやったり、騒げるよな」

 そうだ。卓也君と、あたしらは、とっても気の合う仲間だった。クラスや学食でもいつも一緒だったし、テスト前の勉強も教え、教えられながらやった。

 そして、今まで忘れていたけど、あたしが転校するまで楽しい日々を送っていたのだった。

「ごめん、ここ、俺の席な。体操服忘れちゃってな、明日も体育あるだろ、持ってかえって洗濯しないとな」

 彼は、机の中から体操服を取り出し、手持ち袋に収める。ほんの近くを彼の顔が通過する。

「ねぇ卓也君。あたし、見えてるんだよね?」

「当然だよ。しかし、全然変わってないなーお前。昔のまんまだよ」

 と、言いながら、更に近くであたしの顔を見つめる。何か、遥か彼方の昔に感じた浮き足立つような不思議な感覚が蘇ってきた。

 そうだ、これって恋の感覚かもしれない。胸がツンと苦しくなるような、切なく懐かしい感じ。

 そうすると、自然と涙がポロポロ出てきた。止めることなんかできない。

「バカだなぁ。あいかわらず感激屋さんなんだな。ほれ、これ」

 さりげなく、ハンカチで涙を拭ってくれる。

「これ、晴香のだぜ、転校する前に借りて、返せなかったやつ。あれからいつも持ってたんだ」

 そう言って、あたしの手に、ハンカチを握らせてくれた。

「あっこのシャーペン。借りたやつ。あたしも返せなかった。長い間、ありがと」

 卓也君の胸のポケットに丁寧に刺した。

「そっか、晴香に貸したんだ。すっかり忘れてたよ」

 何か昔の感覚が蘇ってくる。忘れていた全ての記憶が。

「ねぇ、あたしの居ない間に彼女できた?」

「あははは、それがなー晴香の印象が強くって、未だ彼女居ない歴更新中だよ」

「えっあたし、そんなに・・・だった?」

「ああ、俺、晴香のことが、気に入ってたって言うか・・・その・・・なんだ」

「なぁーに?」

「って、晴香ほんと、変わんないな。・・・好きだったってことだよ」

 もう、感情が溢れかえり、忘れていた全てが、一斉に襲ってくる。

「あたしも。卓也君が、好きだった。今も・・・」

 時間が止まるってのは、こう言う時のことなのだろう。静けさだけが、あたし達を包み込む。

「あっはははは、なんか、感激って言うか、そんなもんじゃ表現できないよな」

 そう言って卓也君は真っ赤になって、テレていた。あたしは涙ながら、満面の笑顔を作った。

「さっ、帰ろうぜ、明日から登校だろ」

 初めての握手のように手を差し出してくる。

(えっあたしをつれて帰ってくれるの?)

 恐る恐る手を掴む。あったかい彼の温もりが感じられる。

「うん。昔と一緒だね。こうして、引っ張って帰ってくれるの」

「だってな、晴香、歩くの遅いんだから、しょうがないじゃないかよ。あれ、荷物ないのか?」

「うん。今日は、挨拶だけだったから・・・」

 それから、階段を下り、職員室の前を通過する。

 担任の先生が、こちらを見る。あたし達はそろって、一礼した。

 先生も手を挙げ、合図を送ってくる。懐かしい。

 エントランスの下駄箱で靴を変え、校庭を二人で歩く。もう部活も終わり、だれも帰っている生徒はいない。あたし達だけだ。

 校門のところで立ち止まった。何度も今まで通ろうとしたけど、できなかった。

「晴香どおした?」

「ううん。なんでもない」

 卓也君の手が強く握りしめられる。あたしを強引にひっぱって行ってくれるのが判る。

 そして、校門を抜ける。何ともなかった。昔のままだ。

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「何?晴香のお願いは危険なんだけどなぁ」

「腕、組んでいい?」

 あたしは答えを待たず腕をからませた。肩が触れる。そして頭を斜めに傾け、もたれる感じで預け歩いていく。

 一瞬風が、吹き溜まった桜の花びらを舞い上げる。二人を包み込むように。

「晴香。待って」

 と、言うと卓也君は、あたしの頭に載った花びらを手で払ってくれた。もう、あたしは満足だった。できれば、このまま一緒に帰りたかった。けど、それが許されないことも感じていた。

「ねぇ卓也君。あたし、ゆうれいなの・・・」

「あはははは、晴香。あいかわらず最高だな」

「ううん。最後に、おもいっきりステキな想い出ができた。ありがとうね」

「おい、晴香、そりゃ・・・・・・・・」

 あたしは、彼の肩に両手で摑まり、おもいっきり背伸びをしてキスをした。

 その瞬間、手が透けていくのがわかった。

「卓也。新しい彼女作って。そして、幸せになるのよ。絶対に」

「バカなこと言うなよ」

「ううん。あたし、幸せだった。これからもずっと。あなたも新しい幸せ掴むのよ。ありがとう卓也」

 体が透けると同時に上空に吸い上げられて行くのが判る。もう卓也君は、点ほどにしか見えないけど、あたりを探し回っている。

(あぁーこれで、天国に行けるんだぁ。なんて清々しい気持ちなんだろ)

 夕日が水平線と融合し変形して見える。あと少しで大地が飲み込んでしまうだろう。そんな空を飛んで行く。最後に心の中で叫んだ。

(ありがとう。たっくん)


翌日の朝。

「先生。晴香、戻ってくるんですよね」

「晴香って、一年の時に転校していった晴香のことか?」

「そうですよ。昨日だって、二人で帰り挨拶していったじゃないですか」

「いや、お前一人だったぞ。けど、おもいっきりニヤけてたなー何かいいことあったか?」

「えっ、そんなー・・・」

「あぁ、おまえらには言ってなかったが、晴香なー転校して直ぐに事故で亡くなったんだ」

「そんなことって・・・・」

卓也は胸に刺さったシャープペンシルを見ながら、ただ呆然と立ち尽くしているのみだった。




本作品中に登場する人物名は、フィクションであり、一切の現有架空含め名称とは異なりますことをご容赦下さい。


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