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魔導師たちの弟子  作者: 篁八咫
第一部
8/15

魔法使い

 ココッラ街から出る街道は三本あり、そのうち最も北側、街から真西に走る街道が、街の名を冠したコッコラ街道である。

 そのコッコラ街道から少し外れたところ。


 「だから、わたしはコッコラ街に戻らないといけないの」


 首輪の話と自己紹介を区切り、フィアは自分が王族としてポルステン皇国との会談のためにコッコラ街に訪れたことを説明した。


 「このままじゃ、戦争になっちゃう。ううん、お父様が、戦争してしまう」


 自分の立場を把握しているフィアは、そうソクラに説明し、一刻も早く街へ戻りたいと伝えた。


 「なるほど…わかった。でも、やっぱりとりあえずはソコナ村だね」

 「…馬を借りる、ってことかしら?」

 「そうだね。確かにあの人さらいを追ってくる兵はいるだろうけど」

 「わたしがわたし(・・・・・・・)だと、証明できない」


 ソクラとフィアには確認できなかったが、首輪には姿を変える魔法が掛かっているようだった。

 追ってくる兵に信じて貰うことができれば、そのまま街へ戻ることもできるだろう。

 しかし、それはいささか希望的にすぎる。

 ソクラの魔法陣にも姿を変えるものはあるが、1時間程度の効果しかなく、街道の途中で姿が変わっては疑われるどころではない。

 

 「それに、ぼくらが離されてしまうのも困る」

 「挨拶…できないと、やっぱり死んじゃうのかしら…」

 「試す気にはならないね」

 

 契約内容にあった、朝晩の挨拶ができないような扱いを受けてしまえば、フィアの命に関わる。

 行動は慎重にすべきだった。


 そのように結論づけた二人は、日が落ちるまでには着けるだろうと、縁を地平と接し始めた日を背に、歩き出した。


 「で、村から街までは馬で行く、というのはいいとして。どうやってフィアの無事を説明しようか」

 「アデーレ…私の付き人なんだけど、彼女にさえ信じて貰えれば、とりあえず護衛の将軍とコッコラ街の領主に会うことができると思う」

 「そう…でも、その、無事なの、かな?」


 王女が誘拐されたのだ。そのお付き人が無事とは、俄には思いがたい。


 「えぇ、彼女を無事に逃すかわりに、わたしは、これを」


 そう言って首輪を指さすフィアに、ソクラは納得する。奴隷の首輪は、本人の意思で着けなければ効果を発揮しないのだ。

 

 ともかくこれで二人の行動の指針は決まった。

 後は一路、ソコナ村を目指すだけだ。

 が、


 「あなたには色々聞きたいことがあるけれど」


 フィアがすぐに話し始めた。


 「まずは、そうね。あなた、ステアって名乗っていたけれど、それって」

 「うん、ぼく、ソクラテス・ステアは、テネブラウ・ステアの息子だよ」

 

 質問を最後まで聞かないソクラは誇らしげだが、息を呑むフィアがそれを注意することもない。

 

 「ほんとに!闇の魔術師さまに子供がいたなんて…それも、こんな…」

 「…こ、こんな…?」

 「でも、そう、それであなたは、ゴブリンも人さらいも、倒せたわけね」

 「いや、あのゴブリンたちは、ぼくじゃない。きっとあの男たちがやったんだと思う」

 で、ぼくは生き残った一人と戦って、見逃したけれど、フィアを守れた。

 

 誇らしげに語る。


 「ええ、それは(・・・)、本当にありがとう」


 一部が強く発音されたフィアの言葉に、しょげかえる。


 「でも、魔術師さまの子にしては、随分と魔力が少ないようだけど…」

 「え?…あぁ、だからぼくは、魔術じゃなくて魔法陣を使うんだ。魔法使いソクラ、ってね」


 少ない、と言われたことに若干驚きつつ、ソクラは胸から『鎌鼬(ウインド・ブレイド)』の魔法陣を取り出す。

 フィアは訝しげにそれを見ながら、


 「…魔法陣、魔法使い、ね…それは?」


 フィアはソクラが、ほぼ如何なる魔術であっても、魔法陣として描くことができることを知らない。

 そのため、ソクラが魔法陣を使って戦う、ということが一体どういうことなのか検討も付かない。


 「ふふん、『鎌鼬』の魔法陣」


 だが、この一言。


 「えっ!?ちょっ、それほんとう!?いえ、う、嘘ねっ!」


 フィアの顔が驚愕に満たされる。

 魔法陣の開発が困難を極め、攻撃魔術のそれに至っては最高機密に分類される。

 この暢気な少年が、未だ知られていないとされる『鎌鼬』の魔法陣を知っていることは、驚きの一言でしかない。


 「嘘じゃないよ、ほら、見てて」


 ソクラはそう言って、魔法陣を意思を込めてなぞる。

 途端に魔法陣と指先が緑の光を帯び、やがて指先、魔法陣とその光が消える。

 その光の消失とともに現れた風の刃は、空気を歪めながらまっすぐ街道の脇の森へと至り、一本の木を切り倒した。


 「う、嘘…信じられない…」

 「言ったじゃない、ぼく、魔法陣が描けるし、読めるんだ」

 「もしかして、『鎌鼬』だけじゃない?」


 必死に頭を現実に合わせようとするフィアに、ソクラは追い打ちを掛ける。


 「うん、ぼくの知ってる魔術なら、魔法陣にできるよ」

 「ど、どれくらい…?」

 「そうだなぁ…六属性のなら、全部って言ってもいいかも」

 「ほぇ…」


 フィアは、ぽかんと口を開けてソクラを見つめる。

 ソクラは赤くなった頬を掻きながら、


 「でもね、魔法陣って無敵ってわけじゃないんだよ」

 「…ふぇ…」

 「まず、発動にちょっと時間が掛かるでしょ。後は、」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 「…え!?な、なに…?」


 現実に戻ってきたフィアが叫び、照れてそっぽを向いていたソクラが驚く。


 「全部って言ったわね?だったら、高級魔術は?『暴風嵐(ストーミィ・ハリケーン)』とか…」

 「うんっと、うん、これだね」


 ソクラは懐から取り出した紙束をざっと眺めたあと、そこから一枚をフィアに見せる。

 

 「ッ!そっそれ!もしかして、ぜ、全部、ま、魔法陣…?」

 「そうだよ。同じのも何枚かあるけど、まぁ、だいたい違うのかな」


 ぺらぺらめくりつつ、高級魔術の名前を挙げていくソクラ。


 「ッ!あ、あ、あ、あなた…本当に…」

 「本当に?」

 「何者なの…」

 「…?だから、ソクラだってば。ソクラテス・ステア」

 「あーもぅっ!あーモゥ!」


 歩きながらじたばたするフィア。


 「ちょ、お、落ち着いて…?」

 「こ、これ、これが落ち着いて…ッ!あなたッ!それ、どうするつもりなの!?」


 もはやこの少年の言う、魔法陣については信じるしかない。

 しかし、その用い方次第では、彼は人間にとって魔王すら凌駕する破滅の使者になりかねない。

 フィアは、僅かに恐れた。

 しかし、


 「そうだなぁ…」


 なんにもわかっていないようなソクラだが、頭は回る、と自分では思っている。

 立ち止まったフィアを振り返って、まっすぐ見つめながら、


 「できれば、全世界に、同時に、全てを、伝えたい、と思ってる」

 それが、ぼくの夢なんだ。

 

 夢。

 魔術が全てを支配し、魔力の多寡が人生を決定してしまうこの世界。

 そこに変化をもたらす。

 誰しもが同様に魔法陣を使って魔術を操り、その利便性を享受出来る世界。

 少なくとも、少しはマシになるはずだ。

 そう、ソクラは信じている。


 「ッ!ッ!」


 その言葉の真意を、恐らくフィアも理解したのだろう。咄嗟に言葉が出てこない。

 しかし、

 

 「…そう、なの…」


 フィアには、その言葉が自然に、受け入れられた。


 生来人の手に余るほどの魔力を身に宿した彼女は、初級魔術であっても攻城兵器ほどの威力をもって行使してしまい、魔術をまともに使えた経験がほとんどない。

 また、その膨大な魔力に起因する様々な苦い思い出もあった。

 ソクラにはフィアの溢れだす魔力が色付いて見えたが、魔力を多少なりとも持つ人間には、彼女から風が吹いているように感じられる。

 風を吹き出す台風のような人間が、まともな人付き合いをできるわけがない。

 戦場で使われた(・・・・)ことも一度や二度ではなかった。

 しかし、そんな戦場でも、或いは味方にすら、あからさまな恐怖を向けられる。少女には堪えた。

 さらに、その魔力のため、自分を見てもらえていない、という苦痛が常に脳裏にあった。

 親でさえ、時に自分を兵器として見ているのではないかと感じてしまう。

 今回の会談も、恐らくポルステンを威嚇するために自分が選ばれたのだと考えている。

 なぜ自分だけが、好んで魔力を手に入れたわけではない、と枕を濡らし、唯一と言っていい心を打ち明けられるアデーレに泣きついたことが、何度あったかしれない。

 もちろん、一国の王族としてその義務を忘れたことはないし、王女であることにも誇りを持っている。

 しかし、それでも、思わずにはいられなかった。


 こんな魔力の関係ない、普通の女の子として皆が見てくれたら、それはどんなに素晴らしいだろうか――


 そんな彼女にとって、魔力に関係のない人生のある世界、というのは、まさに、夢のように思えた。

 

 このとき、ソクラは、フィアという、夢を共有する初めての同志を得たのだった。


 フィアは、万感の想いを込めて、ソクラに言葉を贈る。


 「わかった。あなた、いえ、ソクラ。ソクラの」

 「あっ!名前!やっと呼んでくれた!」


 台無しだった。


 「…ソクラ…」


 ボクゥッ


 走りこんでの拳が、ソクラの左頬に突き刺さった。

 フィアは一息吐き、吹っ飛んだソクラを見下ろしながら、


 「ソクラの夢、わたしにも一枚噛ましぇ、噛ませてよ」

 

 噛んだ、いや、言った。

 ソクラは茶化せない。

 夕日を背に、白銀の髪をたなびかせ、左手を腰に、右手を握ったままこちらに突き出して、僅かに頬を染めて笑うフィア。

 白いドレスの随所にキラキラと輝く宝石が、彼女を彩る。

 

 綺麗だ――


 フィアは、左手を頬に当てたまま、ぼぅッと自分を見たまま動かない、その上噛んだことに触れないソクラに首をかしげながら


 「どうしたの?さ、いきましょ」


 促して、先を見やる。

 ただの街道が、夕日に照らされて美しい赤い絨毯のように、フィアには見えた。

4000文字くらいがちょうどいいのでしょうか?

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