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魔導師たちの弟子  作者: 篁八咫
第一部
6/15

けいやくないよう

 「『開放』できないってどういうことよ!」


 血の匂いの強い街道から離れて、森の少し奥まで移動して腰を下ろした瞬間、である。

 貯めてきた静かな怒りを隠そうともしない少女だが、震える声は、不安の現れだろう。

 ソクラはそれを感じ取って、ことさら申し訳なく思いながら、


 「ごめん…ちょっと、首輪を見せてもらえるかな?」

 「そんなことより、早く開放して!」


 と、言いながら、どうぞと言わんばかりに顔をソクラに近づける少女。


 「またッ!身体が勝手に…くぅぅ…」

 「あ、ごめん、えっと、そのために、首輪の魔法陣を見たいんだ、ごめんね」

  

 といって、少女の前に屈みこんで首輪を改めて見分するソクラ。  


 「あーッ!もうッ!好きにすればいいでしょ!って、魔法陣見て何が分かるっていうのよ!ど、どうせ、ほ、ほんとは、いやらしい目的なんでしょ!この変態ッ!」


 顔を真赤にしながらもソクラを怒鳴り続ける少女だが、身体の自由は聞かず、思う様近くに寄られてしまっている。それどころかソクラは肩と顎(少女は、きゃあ、と可愛らしい声を上げたが、ソクラは取り合わなかった)を柔らかく掴んで、好きな角度から首輪を見ている。


 「…うん、やっぱり、表のほうはそんなに変わった魔法陣でもないよね…裏かな…」

 

 と言いつつ、


 柔らかいし、すべすべだ…それに、あぁ、なんて綺麗なんだろう…


 などと透き通るような首筋にも目をやって、ちゃっかり堪能している。

 それでも本来の目的を忘れることなく、表を確認し終え、裏側を見ようとして首輪に手をかける。


 「ひゃぁっ、ちょ、ちょっと!何するつもりなのよ!ねぇ、こら!聞いてるの!?」

 「…うん…たぶん裏側に秘密があると…くっ…これは…」

 「あっ!ねぇ苦しい苦しい!やめて!うっ…」

 

 首輪に指をかければ、当然首筋にも触れることになり、少女は慌てて声を上げた。

 が、すぐにそれよりピタリと吸い付くように装着された首輪を引っ張られた苦しさに追われて、ソクラを止めに入る。

 

 「…だめか…これ、無理に取ろうとしちゃ駄目だし、裏なんて絶対見えないね」

 「けほ…ねぇ、どういうこと?裏?それより、もし魔法陣が見えても、その魔法陣が示す魔術を知らなかったらなんにもわからないじゃない」

 「あぁ、僕は魔法陣の解読がだいたいできるんだよ、で、裏側のも見えたらきっと『開放』方法も分かると思ったんだけど…」

 「ま、魔法陣の解読ですって!?ま、まさか、そんな、そんなことできるわけないわ!」

 「え?いや、でも、だって、実際、僕はできるんだよ」

 「嘘ばっかり!やっぱり、貴方はわたしをど、ど、奴隷にするつもりでッ!」

 「ちがっ!違うよ!」

 「じゃあ早くこの体勢をやめさせてよ!」

 「あ、あぁ、うん、もう、ちょっとだけ…」


 ソクラは少女が顔を上げて晒した首筋に惜しむように目をやりながら、口を濁した。


 「やっぱり!!」

 「ち、ちがっ!ごめんごめんッ!もういい!もういいよ!ありがとう!」

 

 が、泣きそうな少女の声を聞いて自分の愚かさを恥じた。


 少女が身を捩って距離を取るまで、お互いの間を気まずい空気が流れた。だが、その空気に浸っている余裕などない。

 

 「解除できないのはわかったわ、で、どうするつもり?このままなんて嫌よ!…あ、待って、行動するのは全部説明してからね」


 声を上げたのは実害のある少女のほうであった。


 「うぅん…そうだね、まず、契約内容を確認しようと思う」

 「?…そうね…で?」

 「可能な限りそれを排除して」

 「ええ、そうして」

 「『開放』方法を、なんとかして調べる」

 「え…あぁ、そう、よね。いいえ、あ、ありが」

 「お礼を言うのはまだ早い、というか、お礼を言われるようなことじゃないよ…本当に、ごめん」

 「…」

 「余計なことなんてしないで、首輪は放って君が起きるまで待っていれば…」

 「…いいえ、それでも、結局『契約』と『開放』をお願いしたと思うわ」

 「…初対面の男の子に?」

 「…えぇ、状況を見ればそうするのが最善だと思う。貴方もそう思ったから行動したんでしょう?」

 「そう…だけど…」

 「ま、まぁ、いいじゃない、過ぎたことは。それより次善の手を打ちましょう」

 「…うん、そう、そうだね」

 「それで、契約内容はどうやって確認するの?」

 「表側を見る限り、だけど、普通の奴隷の首輪の魔法陣と同じみたい。だから、


 ひとつ、主の『命令』には、これはたぶんお願いも含んでるようだけど、絶対服従であること。

 ひとつ、主の身を傷つけてはならない。

 ひとつ、主の生命が途絶えたとき、この首輪をつけた者の生命も潰える。

 ひとつ、首輪を『開放』以外の手段で外そうとしてはならない。


 この4つだと思う。…ん?そういえば、一つ目と二つ目が矛盾する可能性があるね。どうなるんだろう?」

 「ふぅん…ね、試してみたら?」

 「え?あ、じゃあ、"「主の身を傷つけてはならない」という制約を解除する"」


 そう、ソクラが言ったとき、紫色の靄が少女から立ち上り、やがて掠れて消えた。

 瞬間、


 パァン!


 ソクラは一瞬何が起こったかわからなかった。

 が、すぐに全てを理解してしおらしく地べたに正座した。


 「も、申し訳ありませんでした…」

 「な・に・が、申し訳ないのかしら?」


 赤くなった右手をひらひらしながら、少女はにっこり笑ってソクラを見下ろす。

 しかし、本当にそれがわかっているのかどうかわからない素振りで


 「え、その、勝手に、その、『契約』をしてしまったこと…」

 

 パァン!


 今度は両手をひらひらさせながら、少女がにこりと笑ってソクラの傍に屈みこんで、その両頬の赤く膨らんだ顔をグイと上げて目を合わせる。


 目が笑ってない…でも、それにしても、なんて…

 

 「綺麗な目…オッドアイ…」

 「なっ…あ、あ、貴方…!…ねぇ、よくも今この状況でそんな呑気なことが言えるわね…」


 深い青と緑の目をした少女は、僅かな照れを隠し呆れながら、それでも一瞬忘れかけた怒りを取り戻しつつ、


 「今はそんなことはいいわ」

 「うぅ…」


 誤魔化せなかった。


 少女は怒りを振り絞るようにして、


 「ねぇ、な・に・が、申し訳ないのかしら?」

 「…身体を何の断りもなく見たり、触れたりしたことです…」

 「そう、そうよね、わかればいいのよ」


 わかってた。


 当たり前だ。

 少女が身体を好き勝手に見られて触られて、嬉しかろうはずもない。

 しかし、彼女の魅力は、いかんともしがたい。

 どうしても一度触れてみたいという欲求を抑えることができなかったのだ。

 だからこうして正座までして反省している。

 しかし、


 「今はそんなことしてる場合じゃ…」

 

 パァン!


 またしても左頬が熱い。

 彼女の右手も真っ赤になっている。


 「なんですって?」

 「な、なんでもないれす…」


 あ、口の中切れてる…


 「はぁ、もういいわ。手も痛いし」

 

 それじゃ、叩かなければいいの

 に


 ギラリ、とその輝く両目で睨まれて、思考まで停止してしまう。

 ソクラは慌てて、


 「あ、じゃ、じゃあ、次ね。"「主の『命令』には、絶対服従であること」という制約を解除する"」

 

 しかし、この言葉には何も起こる様子がない。

 ソクラは続けて、


 「"「首輪を『開放』以外の手段で外そうとしてはならない」という制約を解除する"」


 何も起こらない。唸りながらも、ソクラは


 「"「主の生命が途絶えたとき、この首輪をつけた者の生命も潰える」という制約を解除する"」


 とも言ったが、これもまた、何も変化が起きた様子はなかった。


 「…ま、どちらにせよ、これは確認できないけどね」

 「そうかしら?」 

 「…えっ?あっ!ご、ごめんってば!」


 解除できたようであれば、主であるソクラを殺せばいい、ということだろう。

 怒り心頭、だ。


 「こ、これはたぶん、契約の根幹だから解除できないってことだと思うけど…」

 「そうね…これがなければ奴隷じゃないものね…」


 命に代えても、主の命に従い、主の命を守る。それこそ奴隷の本質だろう。

 

 「じゃ、ともかく、命令の定義を変更しよう」

 「…どういうこと?」

 「今のままだと、"してくれない?"みたいに、お願いの形でも命令とされてしまうよね。それを回避するんだ」

 「ふぅん、そんなことできるの?」

 「たぶん、ね。じゃあ、こほん、"ぼくの『命令』とは、まず「命令」と始めに断ったものであるとする"」

 

 ソクラが少女の目を見て声を上げた。

 すると、首輪の中心にある緑色の魔石がちかちかと光った。

 何かしらの効果があったように、ソクラには見えた。


 「うん、たぶん上手くいったと思う。試してみる?」

 「そうなの?わたしにはわからなかったけど…そうね。試してみて」

 「ぼくに抱きついてくれない?」


 懲りないソクラの、率直な要求であった。

 が、その願いは


 「うらぁぁぁッ!」

 

 美しい回し蹴りがソクラの側頭部に炸裂した。

 乙女とも思えぬ凄まじい声だった。


 「あ、あ、貴方ねぇ、ほんっと呆れた!よくそんなこと言えるわね!」

 「いたた…え、いや、だって、ほら、つい、思いついたことを…ごめん…」

 「はぁ?…はぁ…もぅ…いいわ。ともかく、これで『命令』と貴方が口にしなければ問題はないわけね」

 「そうなんだけど、裏側に何が描いてあるかわからない分、もしかしたら他の制約もあるかもしれない」

 「そうかしら?普通の奴隷の契約って、この程度じゃないの?」

 「そう思うんだけど、ほら、君が最初に三つ指ついて」

 

 ビシィ

 

 デコピンだった。

 攻撃方法の多彩な少女である。

 が、回し蹴りに使った足のほうも少し痛むらしく、そろそろ攻撃できる部位がない。

 この攻撃方法が不服だったのか、少女はやや頬を染めて、

 

 「その話はやめて。で、なによ」

 「あ、あれはこれまでの3つのどれでもないよね。だから、他にもあるはずだと思ってさ」

 「そう、ね。ま、あれが貴方の"命令"じゃなければ、だけどね」

 「ち、ちがっ!違うって!」

 「ふぅん、そうなの?わたしには確かめようがないわね」

 「うー、ごめんってば」

 「で、確かめる手段はあるの?」

 「うん、"命令"で、契約内容を話してもらうように言えばいいんじゃないかと思って」

 「あぁ、なるほど。でも、わたしは契約内容を知らないわよ?」

 「たぶん首輪が言わせるんだと思う。ほら、あ、あれ、だってそうだったし」

 「あぁ…そうね。じゃ、お願い」

 

 ソクラは少女の意思を確認して、咳払いをひとつ。


 「"命令、契約内容を話して"」

 「はい、それでは、けいやくないようをはなさせていただきます。

 ひとつ、あるじの「めいれい」にはぜったいふくじゅうであること。

 ただし、「めいれい」とは、はじめに「めいれい」とことわったものである。

 ひとつ、あるじのいのちのついえるとき、くびわのそうちゃくしゃのいのちもついえる。

 ひとつ、くびわを『かいほう』いがいのほうほうではずそうとしてはならない。

 ひとつ、このくびわのそうちゃくしゃは、まじゅつをつかうことができない。

 ひとつ、あるじにはあいさつをかかさないこと。

 ただし、ここでいうあいさつとは、けいやくじ、きしょう、しゅうしん、けいやくかいやくじ、にのべるものである。

 ひとつ、あるじから5きろめーとるいじょう、はなれることはできない。

 ひとつ、このくびわのそうちゃくしゃは、あるじとそうちゃくしゃいがいには、べつのすがたにみえる。

 ひとつ、このくびわはせいさくしゃいがいに、はずすことはできない。

 いじょうです」


 命令への絶対服従|(ただし"命令"と始めに断ったもの)。

 主人とともに命を失うこと。

 首輪を『開放』以外の手段で外そうとしないこと。

 魔術が使えないこと。

 主人への挨拶|(契約時、起床時、就寝時、契約解約時)。

 主人から5キロメートル以上離れないこと。

 主人と本人以外には姿が変わって見えること。 

 首輪が製作者にしか外せないこと。


 の8つが、平坦な、それでも小鳥の(さえず)りのような涼やかな声で述べられた。


 「んん…やっぱり、勝手に身体が動くのって嫌な気分ね…」


 自由になった身体をさすりながらフィアが言う。


 「ありがとう…うーん…まいったな…でも、そうか、なるほど…」

 「…お礼を言われても困るわね…。でも、これ、厳し過ぎない?なにこれ?こんなの普通ないわよね?」


 冷静にも、その契約内容の異常性が気にかかった少女が疑問を口にする。


 「うん、聞いたことない。でも、なんとなく理由はわかる」

 「ふぅん?」

 「たぶん、絶対に離れたくないってことだと思う」

 「離れたく?逃したくないってこと?」

 「うん、まぁ、そうだけど…」

 「ねぇ、それより、最後の文面…これ、厄介、よね…」

 「うん、これも外せそうにないよねぇ、でも、ま、とりあえず。「この首輪は製作者以外に外すことはできない」という制約を外す」


 ソクラがじっと見つめる首輪の魔石に全く変化はなかったが、少女がそれに気づくことはない。

 

 「ねぇ、何見てるの?もう一回わたしに契約内容を話させるんでしょ」

 「ううん、なんでも…うん、そうなるかな…じゃ、残りもやっておいてから」


 と言って、魔術、挨拶、距離とその姿についての制約についても解除するように言ってみたが、魔石は反応せず、もう一度少女に契約内容を話せせてもやはり、その内容に変化はなかった。

 

 「え、嘘ッ!全部、全部?…ぜんぶ、このまま…嘘…これ…まずいわね…」

 「この辺りは裏に描かれてたんだね。でも…製作者がわかればなんとかなる…かな…」

 「まずいわね…この子から5キロメートル?まずいわよ…」

 「ソクラ、だよ。まぁ、とりあえず今できることは全部したし、もうすぐ日も落ちる。ソコナ村へ行こう」

 「いえ、ダメよ。お父様が…」

 「お父様?」

 「とにかく、お父様が動く前に戻らなきゃ…」

 「…あ、そういえばさ、君の名前を聞いてなかったよね。君の名前はなんていうの?」

 「お父様が…あ、でも…アデーレ…」

 「はぁ、まぁ、いいか。会いに行っても、君の姿が変わってたら、分からないんじゃないかな?」

 「お父様…ん、そう姿…でも、そんなの、わたしの魔術で…ってそうか、魔術も…」

 「うん、それに、あの、綺麗な、オーロラみたいな魔力も見えなくなっちゃってる」

 「ッ!…そう、魔力も…」


 フィアがはっとしたように顔を上げるが、すぐにまた思考に沈んでいく。

 ソクラがそれを掬い上げる。


 「ねぇ、とにかくぼくたち、しばらく一緒に行動するしかないんだし、ひととおり教えてくれない?」

 「そう、よね…」

 「とりあえず、君の名前を、教えてくれないかな?君って呼ぶの、疲れちゃった」

 「あぁ、そうね。そうね、私の名前は――」


 こうして、ふたりは出会った。

 魔法陣を解する少年と、恐るべき魔力を秘めた少女。

 このふたりを中心に、世界は回る。

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