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魔導師たちの弟子  作者: 篁八咫
第一部
1/15

はじまり はじまり

 「ほふぅ…」

 少年は、溢れんばかりの知識に対する敬意と、それを得た心地良い達成感に思わずため息を漏らした。

 今まさに読み終えたばかりの本を閉じ、窓の外を見やる。

 いつもと変わらない鬱蒼とした森と、木々の間から見える青い空。

 耳を騒がす蝉の音に、ときおり怪鳥の鳴き声が混じる。

 

 今日もまた、なべて世はこともなし、か。

 しかし、その暢気が、不安と焦燥感に変わる。

 

 ぼくは、これから―

 

 などと柄にもなく、果てのない途方に暮れようとしたところ、


 ―カチャリ


 「読み終えたかね、ソクラ」


 部屋に入ってきた老人の声に、意識を現に戻す。

 声を掛けられた少年、彼こそ、この物語の主人公。

 ソクラこと、ソクラテス・ステア。

 薄い金色の髪を透かして見る空が好きな、もうすぐ16歳の、青年にはまだ遠い少年。

 大きな銀色の眼がチャーム・ポイントだと自負しており、ソクラという愛称も、(ソラ)と響きが近い、と気に入っている。


 今、まるでため息が聞こえたかのようなタイミングで部屋に入ってきたのは、この家の主であった。

 ソクラの今の師匠であるアースガルド・ストウ。

 膨大な知識と、その感動をソクラに与えた一人。

 小柄な老人で、またその背を老人らしく大きく曲げているためいっそう小さく見える。

 太く白い眉毛が目を隠すほど長く、腰辺りまで伸びた真っ白な髭とともに、彼をひと目見れば忘れることのできない人物にしている。

 

 そのアースガルドの声に、ソクラは不安も忘れて笑顔で答える。


 「はい、読み終えました、アースガルド先生!本当に面白かったです。『地』が、こんなに汎用性を持っているなんて、知りませんでした!」


 声を上げると同時にアースガルドに振り返るが、その姿が見えるわけではない。

 部屋の床中にうず高く積まれた本に遮られて、戸に立つ彼を視認することはできない。


 「そうかい。…だが、ふふっ、まさか本当に三ヶ月で読み終え、全てを陣に移し替えてしまうとは…」


 アースガルドは呆れ半分で言い、すすと、左右に指を振る。

 すると、部屋中に積まれた本が、ひとりでに浮き上がり部屋の隅の本棚に飛んでいく。

 魔術。

 体内の魔力を魔素に変換して現象を起こす、この世の術。

 アースガルドが行使したのは、その初歩、初級風魔術の一つ、空中浮遊(レビテーション)である。

 本来必要な呪文の詠唱を口にしなかったことから、彼がそれなりの術士であることが伺えた。


 本が片付き、ようやくお互いが視認できるようになって、ソクラの笑顔がアースガルドの視界に入った。

 その笑顔に目を細めて、


 「彼らから話には聞いていたが、実際目にするまでは信じられなかったよ」


 そう言って、隅に整理された本――アースガルドや先人たちが、その生涯を掛けて書き記した魔術に関するものだ――を愛おしげに見やりながら、石杖をつきつつソクラのもとにやってくる。

 それを見て、ソクラは机に向き直って新しい紙にサラサラと曲線と直線でできた図形を描く。

 図形の描かれた紙を、ソクラは、うんと一瞥してから今しがた読み終えた本に置き、手にしたペンの尾でトンと叩く。

 するとたちまち図形が緑色に光りだし、やがてペンの尾を伝ってソクラの指先まで光が伸びた。

 それを嬉しげに確認し、す、と視線を本棚へ動かすと、光は巻き戻されるかのように指先からペンへと消えていき、やがて図形の光も消えていく。と同時、図形そのものも光とともに消えていき、やがてただの白紙に戻った。

 途端、紙の下にあった本がするりと宙に浮かび、紙を残してアースガルドが整理した本たちの間、最も適切であろう場所に移動した。

 ソクラが描いた図形は、図形と、触れたものの意志にしたがって魔素を呼び集めてその力を発現する、魔法陣である。

 今ソクラが描いたのは、風魔術の空中浮遊レビテーションの魔法陣。

 それを目にしたアースガルドは、何か納得できないらしく首をかしげながら、


 「うーむ、それにしても空中浮遊レビテーションすら自らの魔力では使えない子が、我々の魔術を全て習得してしまうとは…魔法陣とは、恐ろしいものじゃな…」


 普通、空中浮遊(レビテーション)などという初級魔術に、魔法陣を使うことなどない。

 そもそも魔術の発動は基本的に、アースガルドが行ったように、体内の魔力を必要な魔素に変換して行う。

 ただ、体内の魔力量には個人差があって、魔術に応じた魔力がなければ術を発動することはできない。

 一方で、初級魔術に限れば、よほど体内の魔力が少なくなければ発動に支障をきたすことなどなく、一般に初級魔術に魔法陣を用意することは無い。

 しかし、ソクラは魔法陣を描いた。

 そう、ソクラには、全くといっていいほど、少なくともアースガルドたちに感知できるほどの魔力は、存在しなかった。

 そういった意味で、ソクラには、魔術が一切使えない。

 この魔力と物理的な力が全て、という世界において絶望的な特質を持つ少年が、自らと先人たちの生の結晶とも言える魔術の、その全てを行使できることに、アースガルドはいつまでも納得できず、狼狽えてばかりいた。


 そんなことに気づきもしないソクラはしかし、綺麗になった机にお茶を用意して、


 「でも、こうやって法則に(のっと)って陣を描けば、この世界から魔素を集めて魔術を発動してもらえるのですから、ぼくに魔力がないことはまったく問題になりません。それに、全ての魔術を習得したといっても、ある程度からは、」

 法則から計算した通りに(・・・・・・・)描けばいいのですから。

 

 などと、にっこり笑って言う。


 この、彼が計算と言った、魔法陣の効果の完全なる予測が、これまで、どれほどの経験を得た魔術士にも不可能であったということを、この少年は果たしてどれほど理解しているのか。

 アースガルドは、もう半分の呆れが胸に溢れるのを首を振って払いつつ、


 「ああ、そうだったね。しかし私にはその計算がどういったものなのか、結局理解できていないのだよ」


 アースガルドはソクラの隣に腰掛ける。

 

 「まあ、そんなことは今更だ。それより、じゃ、ソクラ」

 「はい、な、なんでしょうか、先生?」

 「…これから、どうするね?もう、終わったのだろう?」

 

 皺だらけの顔の中、右の眉を動かして初めて見える爛々とブラウンに輝く瞳に慈しみと期待を込めてソクラを見つめる。

 

 ソクラにとって、この質問も、これで5度目だ。

 今までの師匠たちと同じ質問。

 しかし、この質問も、その意味するところは全く異なっている。


 この世には、あまねく存在する6つの魔素がある。

 火、水、風、地、光、闇。

 それぞれの魔素は、地域によってその量に違いはあるものの、基本的にはどこにでも存在する。

 この世界の人間は、周囲に存在する、或いは自らの魔力を変換して得られる、それぞれの魔素を利用して生活している。

 中でも、各魔素の扱いに秀でた者たちは魔術士として、様々な形で人間の生活を繁栄させるべく活動している。

 特に、この世には魔術士の中の魔術士とでも言うべき各魔素の扱いの頂点、魔術師がいた。

 

 この世には、それぞれの魔素を溢れんばかりに秘めた神器と呼ばれる魔道具がある。

 各属性にひとつずつ、故に6つ存在する、魔道具の中の魔道具。

 これらを受け継ぐ者たちが、魔術師と呼ばれる。

 彼らは基本的に、魔術の先端技術の研究者として、ありとあらゆる国、団体から援助を受けつつも、そのいずれにも属さず、魔術の発展にだけ注力している。

 

 今ソクラが師事しているアースガルドは、最も防御に特化していると言われる地を司る魔術師であった。

 最も高齢であるという理由で魔術師達のまとめ役ともなっている彼が、また、ソクラの師事する6人目の魔術師だった。

 

 この世の6つの頂点に在る者たち。

 6人の魔術師。

 これまで、ソクラはその全ての師の下で指導を受け、時に議論し、彼らの知る魔術、その全てを学び、ソクラの扱える魔法陣で再構成してきた。

 もはや、過去の魔術の全てはソクラの頭脳の中にあるといってよい。

 たとえ幾つか高級な魔術の魔法陣を忘れてしまっても、それを再構成するに必要だけの知識があった。


 こうして6人目の魔術師アースガルドからその地の魔術の知識を認められたソクラには、これまでの師達に答えたように「じゃあ、次の魔術師さまのところへ!」とは言えないのだ。

 というわけで困ったソクラは、

 

 「…どうしましょう、アースガルド先生…」


 (すが)る。

 正直に言って、途方に暮れていた。

 これまで、ただ純粋に好奇心に導かれるままに魔術の知識を得てきた。

 むしろ他の知識などないようなものである。

 世捨て人のような魔術師たちばかりと交流してきたために、その他の常識と呼ばれる知識については少し、いやかなり不足がある。

 そのため魔術についての新しい知識がもうない、となれば困惑以外に対応のしようがない。

 

 魔術師である師たちから「もう、お前に教えることは何もない!」と言われるたびに新たな魔術師に厄介になってきた。

 もちろん、師たちが認めるように、ソクラにも彼らの功績を十二分に受け継いだという自負はある。

 しかし、それらを全て吸収してしまった今、ソクラの好奇心は完全に行き場を失い、どころか、今やその身体の行き場すらないのだ。

 アースガルドから、ぜひともこれからの生きるべき道筋に対するヒントだけでも得たかった。


 ソクラは、魔術の全てを学んだといえどもまだ15歳、自らの指針を自らの意志で決めるには若かった。

 しかし、ソクラの幼い願いは、


 「…さて、ね。それを教えることは、わしにはできんよ」


 ゆっくりと、それでもにこやかに、拒否された。

 そう、もはやアースガルドから教えられるべきことは何もない。

 その全ては、この部屋にある本の中にあった。

 ソクラは、彼のその生涯全てと言っていい地の魔術に関する知識を既に得てしまっている。

 これ以上何かを求めることは、アースガルドに甘えすぎることになってしまう。


 「…ええと、その、このまま、ここで先生と研究を続けてもいいでしょうか?『地』にはもっと可能性があると思うのです。たとえば、その、『建築について』の内容ですけど、」

 「これ、これ、その話は聞きたいが、果たして君は、それだけで満足できるのかな?」

 「…」


 ゆったりとした、それでいて重みのある話し方は、ソクラの思考を落ち着かせる。

 魔術の発展、これまでの魔術の更なる工夫。確かに興味を惹かれる事柄だったが、果たしてそれが本当に自分の為したいことだろうか。

 ずっとそう考えてきた。

 そうして無言になったソクラに、アースガルドはにこやかに言う。


 「ふふ、このわしの答えも、もうすでに5回目じゃろう?」

 「うぅ…はい…」


 実際、光に始まり火、水、風のどの四人も同じ事を言って、次の魔術師を紹介してきたのだ。

 ソクラはその時のことを思い出しながら、

 

 ぼくって、ほんとう、成長してないよね…


 とぼんやり思う。

 

 「しかし、まぁ、もう一度聞いておいてもよいかもしれない。というか、わしも聞いておきたい」


 愛でるように微笑みながら、アースガルドは続ける。


 「ソクラ、君には、成したいことがあるのじゃないかね?」

 「ぅ…え…それは…その、はい、あります。でも、僕は、学ぶこと、それを工夫することは、先生たちから教えてもらいました。けれど、僕のしたいこと、を、その、どうすればできるのか、なんて、あの、教えてもらっていません…」


 ちらちらとアースガルドを伺いながら話す。

 そう、実は、ソクラにも、夢がある。

 自分が掴んだ、自分の全てとも言える、魔法陣。

 その魔法陣を活かした――夢。


 魔術師たちは、ソクラの言動の端々からそれを見抜き、ソクラをその方向へとグイグイ押しているのだ。

 皆が皆、ソクラが一体何をするのか、それを期待を持って、それでも遠巻きに、眺めていたいのだ。

 その愛ある期待に、ソクラは何度胸を一杯にしたか、もはや食べたパンの数より多いだろう。


 というわけで、ソクラの師に対する気持ちは感謝の念どころではないが、一方で、


 でも、そのための方法や手段については、一言のアドバイスもくれないじゃないか。 

 ケチじゃないのか。


 などと拗ねた考えも持っていた。

 なんといってもまだ若い。

 甘えん坊とすら言える。

 

 だが、魔術師たちはできるだけソクラの行動、その方向性に自らの手を加えることなく自由な姿を見ていたいと感じている。感じさせるだけの結果を、これまでのソクラがすでに見せているのだ。


 「ふぅむ…ソクラ、君は、既知の魔術、その改良については驚くほど奔放雄弁じゃのに、未知の領域、新しい事柄に対して手を付けることに、どうしてそう躊躇いを持ってしまうのじゃろうかなぁ」

 「…躊躇い、ですか…。確かに、先人や師匠たちがこれまでやってきたことに対して、僕のやりたいことがどれだけの価値があるのか、不安に思うことはあります。でも、新しいこと、知らないこと、ぼくは好きですし、だから、うーん、そうじゃなくて、その、取っ掛かりがわからないので、そもそもどう始めればいいのか分からない、ということだと思うんです」

 

 ソクラ自身、その感覚を説明するのは難しい。

 

 恐怖、でもなくて、うーん、よくわからないけれど、ともかく何かを始めたいという気持ちはあるのに始め方がわからない、ということなんだ。

 それさえわかれば躊躇いなんてない、すぐにでもこの、あふれだす情熱を注ぎ込みたい!

 なのに、そのとっかかりがわからない。

 どうすればいいのか――

 

 などとソクラが難しい顔をして考えているのを、じっとアースガルドが見つめている。


 しかし、ふと。

 アースガルドが顔を上げる。

 一瞬遅れてソクラもその気配を感じ、ぶるりと身震いして身体を抱く。

 震えが全身に広がる。冷たい汗が背中に流れる。


 日が陰ったわけでもないにも関わらず部屋が急に薄暗くなり、ソクラの背に向けて机の影が大きく伸び、部屋の中央に大きな影の円ができる。

 

 ―――あぁ、あぁ!来た!!来ちゃった!!!


 震えが椅子を揺らすほどになり、ソクラは


 「あっ…先生!僕、急にお腹の調子が、」

 

 と、そこまで言ったとき、影が、グニュウ、と粘土のように盛り上がり、人の形をなした。

 

 大きなツバと、くたくたになった角のあるトンガリ帽子の目立つ、女性のような細いシルエット。

 ここまで、できてしまってはもう戸に辿り着くことはできないだろう。

 半ば諦めながら、それでも震える身体に鞭打ってすぐさま席を立ったソクラに、影から声が掛かる。


 「トイレかな、少年。相変わらずタイミングの悪い少年だな」

 でも、残念。おあずけだ。


 そう言って、闇の魔術師が、部屋のど真ん中に、その姿を(あらわ)した。

 漆黒の眼の中、金色の瞳を愉快気に揺らめかせ、腰まで届く長い黒髪が作る影を操って、ソクラを椅子に座らせなおす。

 浅黒く、しっとりした肌に映える紅い唇が、にぃ、と歪められる。

 

 右手を帽子のツバに、左手を腰に当てて豊満な胸を張ってこちらを見下ろす闇の魔術師。

 その姿は、劇団のスターもかくやと思わせる堂々としたものである。


 スポット・ライトを当ててやりたい。


 ソクラにそう思わせる堂々とした登場を果たしたのは、ソクラの初めての師であり、育ての親でもある、テネブラウ・ステア。

 闇の魔術師その人だった。


 「やぁ、ソクラ少年。今日も素敵に生きてるね?」

 「お、お久しぶりです、おししょーさ」

 ん


 呼ぼうとしたところで、口が動かなくなる。

 彼女の黒い眼の海に浮かぶ金色の瞳が、胡乱げに揺れている。

 その眼を見ただけで、ソクラの身体の制御はソクラの意思から離れていく。

 もはや魔術かどうかもわからない、生まれて13年ちょっとの間に染み付いて、いや、正しく染め付けられた、ソクラの代謝のひとつだった。

 

 少なくともこんな魔術、ぼくは知らない。


 と思う間もなく、


 「…おい」


 視線だけではない。

 そのハスキーな声で、幼い頃は安らかな眠りの導手であった彼女が、聞く相手を絶望に染めるドスの効いた、いや、どす黒い声で促す。


 さ、逆らえない。


 ソクラは震えつつ、


 「ひ、久しぶり、ブラウねぇさん」


 にこり、と笑顔も忘れない。

 でも、額に伝う汗くらいは許して欲しい。


 ソクラの挨拶にひとつ頷いて、


 「うん、どうやらここも今日で卒業みたいだね。優秀で私も鼻が高いよ。んん?」


 どうやら満足したのか、その眼に怪しげな光はもうない。

 ソクラはほっと胸をなでおろす。


 「どこぞに捨てられていたから育てた」と物心がついた時に語られてから、それまでの呼び方を改めて「おししょーさん」と呼ぼうとしてきたのだが、そう呼ぼうとするたびに「あぁ、わたしは、少年、ソクラの育ての親だ、したがって、少年、少年はわたしを変わらず姉と呼ぶがいい」と矯正されてきた。

 ソクラをブラウが「少年」と何度も呼ぶのは、不機嫌なことの証である、とソクラが悟ったのもこの時だった。親なのになんで姉なのだろうと考えることもあったが、口に出したことは一度もない。


 しかし、15歳の少年にも悔しいという感情はある。


 ねぇさんがいないところでは「おししょーさん」だ。

 ふふ、これは、墓場まで持っていく予定の秘密のひとつにしよう。


 などと考えているソクラ。

 が、そんなことはおくびにも出さない。

 別のところで意趣返しを目論む。


 「は、はい、これも全てブラウねぇさんのご指導のちゃ、賜物です」


 噛んだ。

 ちょっと丁寧に言って皮肉ろうとしたら噛んでしまった。


 恥ずかしくて思わず俯いてしまうソクラ。 

 どこまでわかっているのか、ブラウは笑みを深め、

 

 「ふっふふ。相変わらずだね、ソクラ。素敵そうで何よりだ。それで?わたしの魔法使いはどうするのかな?」


 ようやく劇団員の真似事に飽きたのか、帽子を取ってソクラの前に屈みこむ。

 その眼は、やはり、慈しみと興味と期待に溢れていて、ソクラはまたしても(すが)ってしまいそうになる。

 

 いや、でも、少し考えてきたことを――

 「ふっふふん?…よし、明日は旅立ちだ!そうだろう?ソクラ」


 言おうとしたら、これだ。

 全く、ねぇさん、じゃなかったおししょーさんには敵わないよ。

 

 言ったブラウは、両手を広げてくるくる回って部屋のど真ん中でピタリと止まっていた。

 ポーズした現状で、壁を向いていること以外は完璧だ。

 大柄で美しいボディラインを持つブラウは、劇映えするだろう。

 

 それにしても闇の魔術師だっていうのに、こんなに派手好きでいいのだろうか。

 なんで闇の魔素がこんなにもねぇさんと相性がいいのだろう、これは調べてみる必要が――

 

 「返事はどうした?」

 「はい、ねぇさん」


 もちろん、にこりと笑顔も忘れない。

 調べる必要は、ない。そう思う。

 もしや思考が漏れているのかもしれない、と疑うほど、その声にはドスが聞いていた。

 そして、そのドスの強さは、まさに闇に相応しいものだ、とソクラは感じた。


 ソクラは、13歳のときにブラウの所有する本を読みきってしまった。

 その好奇心で更なる魔術の本をねだろうとしたときのことだ。

 ソクラが言おうとしたときには、ブラウはすでに光の魔術師のところに挨拶に飛び、次の日の弟子入りが決まっていた。

 今回も、ソクラがまだ知らない世界を知ろうとしていることに、それがきっと夢に繋がるとソクラが信じていることに、気づいたのだろう。


 ここまで自分のことを理解してもらえ、また期待と慈愛を与えられ、


 幸せとは今この状態、こういうものなのではないか――


 などと悟ったようなことを考えたが、


 「じゃ、あとは宴だ。そうだろう?ソクラ」


 と言って他の魔術師たちを呼び始めたので、彼らの人柄を知るソクラは、慌てて宴の準備に追われることとなった。

 一連のやりとりを嬉しげに眺めていたアースガルドも、席を立って、その石杖を振るい始めた。


 こうして、魔術師たちの愛弟子として、魔力のないソクラは、その魔法陣を持って、旅を始める。

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