卑怯者
もしかしたら。
貴方はこんな心境になったことがありませんか?
私はありますw
何かのためという大義名分を持って自分も他人も騙す。
でも自分は気付いているはずです。それが嘘だと。
誰よりも真実を知っていて、どんなに汚いことをしているのかを知っているのは他ならぬ自分なのです。
部活が無いので俺は家へと向かう。学校に居ては『休んだくせに何故居る?』と言われるだろうしな。
蝉の合唱が街の雑踏に負けじと響く。舗装された道路の脇には青々と生い茂り、生命を象徴するかのような木々。
見ていて心がすがすがしくなる風景だ。
そんな俺の心は不安と期待で混ざり合っている。
これから先、どうすればいいのだろうか。何もする事が分からない。澄香さんは「観客席に居
て見るだけでいい」って言っていた。ただ見ているだけで何も出来ない……。
でも、何故だろうか。俺は何かに期待している。
この世界で何かを垣間見ることが出来るのなら、俺が居た世界を変えることが出来るんだから。俺はそう信じている。
「そういや、来週県大会だったっけ……」
そんな大きな大会があったから、今まで休まずに部活をしてきたんだよな。絶対に負けたくなくて。
皆に喝を入れて、時には俺が皆から大事なことを何度も教えてもらえた。励まし合い、語り合い、戦い抜いてきた。そんな部活を俺は今日はじめて休んだ。
でも世界を変えるためには仕方が無い。そのためには、これ位の犠牲は必要なはず……。
その時の俺は心の何所かにある、小さな罪悪感にまだ気付いては居なかった。
それが幸か不幸か……。
家に帰ってもずっと考え事をしていた。何をすればいいのか、そしてこの先何があるのか。
澄香さんの話を何度も思い出しているうちに、どんどん思考が絡まっていく。
世界が幾つもあるとか、選択肢によって別の世界に移動できるとか……。この世界には俺が存在していた世界を管理する管理者が居て、そいつは俺とだけ分かり合えるとか……。
ああ、もう頭がまたぼんやりしていく。何だか眠たくなってきた……。
その時、時計の時針が「カチッ」と鳴る音でふっと目が覚めた。午後11時。
食事もあまり取らなかったし、それより家についてから考え事ばっかりしていて今日見たテレビの内容すら覚えてない。ただ考え事をしてぼんやりしていただけだった。
「……普通に生活しよう。いつもどおり、皆と楽しく騒いで、暴れて、一緒に先生に小言を受けて。うん。それでいつも通りだ」
そうしていればきっと俺にも分かる形で答えが出されるはずだ。
何故俺達の世界がループしているのかとか、何故管理者が一方的に支配しているのかとか、他にも沢山。
この別の世界に来たからには、絶対に真相を暴いてやる。
7月28日水曜日 午後3時07分33秒 (曇天)
「あら。丁度いいタイミングに会えたわね、勇気君」
「澄香さん、こんにちわ。何のようですか?俺は今からバスケ部の部活なんで忙しいんですけど。もし用があるなら、」
「今日も部活を休んでちょうだい。お願いね」
な……
また休めと言うのか?そんなことをしたら来週に控えた県大会が……
この辺りじゃ弱小チームと呼ばれた俺達が始めて手に入れた大きな大会への切符。それを捨てろと言うのか?皆との喜びを破り捨てろと言うのか?
「何でですか!?来週には県大会があるんです。ここで休んだらそれこそ皆への大きな迷惑となる。部活のキャプテンとしてそんな事は断じて出来ません」
「あのね。これも重要な選択肢なの。部活を休むことが。もし嫌だと言うのならそれでも良いわ。その時こそ、貴方がいた世界は永遠の袋小路に閉じ込められるけどね」
「くっ……!」
案外性格が悪い人だと思った。確かにそれを言われてしまえば俺は何も言い返せない。言い分だってこの人のほうが正しい。
でも、何だかこの人のこの喋り方を聞いていると、少し腹が立った。
「分かりました……。今日は部活を休みます。それで良いんですよね」
「ええ。後、昨日言い忘れていたけど。今後部活は一切無しね。顔を出すことも禁止よ。わかった?」
驚いた。
部活に出ることは今後一切禁止で、顔を出すことも禁止だって?そんなのって、皆を裏切ることじゃないか……。皆俺を信じているのに、俺だけは皆を裏切って一人でいるだけ……。
「辛いことでしょうけど。でもね?こうしないと駄目なの。あの時の様な状況を作り出すには。そうしないと、貴方は管理者に会えない。そこを理解して」
「………はい」
そう言って、手に持っていた体育シューズを自転車かごに放り込む。愛用のバスケットボールも一緒に投げ込む。ビブスもパッドも、部活に必要なものを全部投げ入れる。
「それじゃぁ、帰ります……。さよなら」
「……悲しいかもしれないけど。必要なことなの。あの人の心を知るためには。自分がどんなに愚かしいことをしたかを教えられるのは、貴方しか居ないの」
その言葉を最後まで聞いたかどうかは覚えていない。
ただ早く、その場から去りたかっただけだ。
皆の目がある学校に居たくなかったから。
その視線が何故か全て自分に向かっていて、責めているように感じたから。
自転車に跨り、いつもの帰り道を帰る。
でも隣には魅喜も大樹も居ない。本当なら部活が終わった後に、皆と一緒に帰るのだが……。
大樹も俺と同じバスケ部だ。今頃俺のことを必死に探してくれているだろう。友達想いのやつだ。
魅喜だって大樹と一緒に俺を探しているだろう。普段から俺達3人は一緒だったからな。
俺だけが、辛い練習を耐え忍んでいる皆を見捨てて逃げている。
世界を変えるためだと何回も自分に言い聞かせるが、心の中では。何時までたっても黒い雲が晴れやしない。
この雲は何なんだよ。俺は皆を救うためにやっているだけだぜ?別に引け目に感じる事なんざねぇはずだろ……。
その時、ふっと誰かの声が聞こえた。
『その黒雲の正体に気付いているくせに。お前がそんな風に騙そうとしたって無理なんだよ、卑怯者』
誰かが誰かが口に出したんじゃない。でも聞こえた。何で?周りには誰も居ないのに。
なのにその声は俺の心で何時までも響き続けている。
「うるさいな……」
自分に聞かせるように呟いた。
『どうせてめぇも部活がめんどくさかったんだろ?他の連中は休むのに自分だけ休めない、って。キャプテンだから休めない、って。キャプテンに推薦した周りの連中に責任押し付けてさ』
「そんなわけが無い……。俺は皆と部活をしたい。そして皆で大会に出て優勝旗を手にとってやりたい。皆で喜びを分かち合うんだ!」
でも心のどこかで気付いている。
何時までも心のどこかで引っ掛かっていた罪悪感が、急に大きくなってきた。
俺はそれを必死に押さえつける。だが、俺に話しかけてくる奴はそんな俺に止めを刺した。
『嘘をつくなよ。自分のやりたいことが何も出来なくて普段から文句を心に募らせているくせに良く言うぜ。そんな熱血漫画みたいな餓鬼臭い話を、さも偉そうに語るんじゃねえ。もう一度言うぜ。お前は仲間も自分も、嘘をついて騙した卑怯者なんだよ!!』
「黙れ!お前なんかに何が分かる!俺は仲間を守るんだ!その為にやってるんだ!自分の心を騙しているわけが無いだろう!黙れ黙れ黙れ!!二度と話しかけるんじゃない!」
必死で叫ぶが、心の中の罪悪感は大きくなるばかり。そして俺を押しつぶす。
自転車の重いペダルを思いっきり強く踏み込む。
坂道だったのでぐんぐんとスピードが出る。
それでも何時までもあの声は俺の心を嘲笑うかのように話しかけてくる……。
家に着き、すぐに布団に潜り込む。
皆への罪悪感を背に、安らかな眠りを願った……。