ブレインウォッシュ!
7月26日 20時11分21秒 (晴天)
「この世界に貴方を連れてきた理由。それは貴方が存在していた世界を変えるためよ」
俺は言葉を失う。
世界を変えるだって?そんなどこかの少年漫画みたいな話があるわけがないだろ?
大体、何だよ?俺の存在していた世界ってのは。
長い間、沈黙が流れる。
そこでふと思い出したように尋ねた。
「あの、さっきから聞いてるんですけど。今度は俺の質問に答えてくれませんか?」
「何かしら?」
「俺の存在していた世界、選択肢の先の世界とかって何なんですか?さっぱり分からないですよ。それを教えてください」
女の人はじっと俺の目を見つめながら、何かを考えているようだった。
少ししてから、話してくれた。
「この話は……あんまりにも馬鹿馬鹿しい話に聞こえるわ。そう、なんていうのかしら……SFみたいなものね。一般の人々は笑い飛ばすでしょうね。今から話すことは想像の世界での話の様に思えるだろうけど。でも、真実なの」
「まずは……話して下さい。じゃなきゃ何も分からないです」
「世界っていう物が幾つもあるの。たとえば今私達がいる世界を1番とすると、2番という世界も存在する。そのほかには3番や、4番という世界もある。世界っていうのが沢山あるの」
「へぇ……それで?」
「それぞれの世界は選択肢によって、起こっている出来事が違う。例えば今この瞬間、私と貴方はお喋りしてるわよね。でも2番という世界では、今この瞬間。まったく別の出来事が起きてるの。貴方は普通に勉強してるかもしれないし、ゲームをしてるかもしれないし、もしかしたら旅行に行ってるかもしれない」
「……はぁ……」
「これらの世界に共通していること。それは登場人物が変わらないこと。この地球上にいる62億人は誰一人として別の人間に代わらない。でも、それぞれの居る世界ではストーリーが違うの。何故ストーリーが違うのか?選択肢があるから。それはお菓子やゲームを買うとき、悩むとかそういうレベルの選択肢ではない」
何だかもうこの辺りでさっぱりだ……
だが聞かなければならない。これほど大事な話があるはずが無いのだから。
「別の世界に移動するための分岐点。一度選んだらもう二度と戻れない選択肢。それによって、別の世界に移動するの。移動した先の世界では、もうその世界の住人となり、役割を演じる。ストーリーがどんどん分岐していくのよ。それぞれの世界は進むストーリーが違う。似ているものもあれば、まったく似ていないものもある」
「……」
何だそりゃ……
確かに現実味のない話だ……この人の作り話なんじゃないかと思わせるくらい。
でも、これは恐らく本当の話なのだろう。
だってこの人は俺の事を知っていたから。
「でね。それぞれの世界は現実世界であると同時に、空想の世界でもあるの」
「それってどういう……」
「例えばある人が世界を移動する選択肢にぶつかる。ABCと3つあって、その人はAを選んだ。その時点で残りのBCを選ぶことによって分岐する世界は、その人にとって空想の世界になるの。
だってもう一度選択肢を選びなおして、BCの世界のストーリーを見ることが出来ないから。Aの世界のその人はBCの世界を空想で作り出すしかない。でも、別のよく似た世界で同じ人がBを選んだとする。すると、この人にとってAの世界は空想になる。不思議よね、同じ人同士なのに空想の世界の人物になるなんて。どっちも実在するのにね。……さて、これで大体は説明したかしら。この世界の簡単な構造については」
「でも、それと俺がどう関係あるんですか?今までの話だと、俺には直接関係ないと思うんですけど」
いきなり世界がどうとか、選択肢がどうとか言われたって俺に結びつくところは何も無い。
女の人は楽しそうににやりと笑った後、こう切り出した。
「そう焦らないで。ここからが本題よ」
俺の体中の筋肉が一瞬強張る。
今からだ……!俺の聞きたかった事の核心を語るのは。
「さっき言ったわよね。世界はそれぞれが空想の世界であり、現実でもある。ここにね、ちょっと追加されるルールがあるの。それは誰もが空想世界を自由自在に操れるということ。つまり、選ばなかった選択肢の先の世界を自分の思い通りに作り上げることが出来る」
「ちょ、ちょっと待ってください!何ですか、そんな無茶苦茶な、」
「いいから最後まで聞いて。別の世界って言うと手が届かない存在に思えるでしょうけど、実はそんなことは無いの。もし自分が別の選択肢を選んだら、こうなるだろうなぁって想像したら、その選択肢を選んだ世界に影響してくる。その世界に元々あった意思達と、自分の想像がぶつかり合って、溶け合って世界が作られていくの」
本当の話かよ、それ……
何だかかなり怪しくなって来たぞ……流石の俺もちょっとは怪しむなぁ。
だって「別世界に干渉できる」なんて事になったら思い通りの世界が出来るじゃないか……
そんなことがまかり通るのかよ?
「当然、そんな事は起きない様にしてあるのよ。さっき言ったでしょう。その世界にあった意思と、別世界からの意思がぶつかり合って溶け合って、上手いこと進むようになってるの。だから神様のように思い通りの世界を作り上げるなんて無理なの。ただ……」
その人は言葉を切った。
何だ?思い通りの世界を作り上げる事が出来るってか?
「今回の貴方達のケースはかなり特殊でね。別世界からの意思がそのまま貴方達の世界に影響している。つまりは貴方達の行動も何もかも、支配している管理者の意のままに操られているのよ」
「な……そんな!冗談じゃない!そんな我侭がまかり通っていいのかよ!世界同士の意思がぶつかり合って進んでいくんじゃなかったのか!?」
大体そんな事なら俺達の意思も考えも思いも何もかも作られたものになるじゃないか……
俺達は……ただのピエロだって言うのかよ……!
「落ち着いて聞いて。貴方の世界の管理者は自分の思いのままに世界を動かしている。その目的は貴方達を殺すこと。それは貴方達に幸せな想いをさせないこと。平和な日常を訪れさせない事。つまり、」
そんなそんなそんなそんな……!
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!
何で何で何で何で何で……!
「貴方達を悲しみの奥底へ何時までも留まらせる為なのよ」
「何で……!?どうして!?俺達は平穏を望んでいるだけなのに。どうして俺や大樹や魅喜が殺されなきゃいけないんだよおぉぉ!!」
気が付けば俺は大声を出していた。周りの席の人々はこちらに視線を向けてくる。
「落ち着いて、勇気君。最初に言ったでしょう。貴方が存在していた世界を変えるって。きっと変えられるから……」
「なら今すぐにでも!俺は世界を変える!絶対にこれ以上仲間を殺させない!今度こそ、きっと守ってみせる!」
本当に今すぐにでも仲間達を助け出したかった。
いつも明るい笑顔で俺を支えてくれた仲間達。
もうこれ以上悲しい思いをさせるものか……!
そしてきっと明るい未来をこの手で掴み取ってみせる。
だが次の瞬間の言葉に俺は耳を疑った。
「でもね。貴方は世界を変える前に、管理者の居る世界にいかなければならない。そして、何故あんな世界を作り上げたのか、その理由を知らなければならない。そしてそこある、今までより遥かに痛くて、辛くて、悲しくて、残酷な風景を見なければならない。それでもいい?」
「えっと……どういうことですか?」
「管理者は貴方としか分かり合えない。話せない。貴方にしか説得できない。いくつもある世界の貴方の中でも、今私の目の前に居る貴方にしかできないの。お願い、黒い闇に蝕まれたあの人を助け出してあげて……」
……なんだかどこかのRPGの勇者みたいだな……ははは。
でも……俺は世界をきっと変えてみせる。
必ずや仲間を救い出し、毎日が賑やかで楽しい生活を本当のものにする。
俺は叫ぼう。まだ決められた役割を演じ続ける役者達にこう言ってやろう。
「俺が舞台を変えてみせる」と。
「でも、何で俺にしか管理者を変えられないんですか?それも何人も居る俺のうち、今ここに存在している俺だけなんて」
「それはね。説明するよりあの世界に行ったほうが早いわ。そこで貴方が何を見ても、貴方は口出しできない。ただ見つめているだけ。貴方は劇が終わるまでは感想も言えないただの観客になるの。劇が終わった時、きっと管理者を説得できるはず。」
「それでもいいですよ。きっと世界を変えてやります。俺は絶対に仲間を守る。皆が俺を守ってくれたように、俺も守ってみせる。」
そう言って、自信ありげににやりと笑う。
「あの……まだお名前を聞いてませんでした。なんていう名前なんですか?」
女の人は真っ黒い帽子を脱ぎさる
そこには妖しい魅力を放つ顔立ちの良い女性の顔があった。
髪を結んでいた紐を解くと、黒く光る長い髪が腰の辺りまで舞い落ちる。
「前原澄香。今後とも宜しくね、伊藤勇気君」
ええっとこれはだな……
あれだな、俗に言うお姉さん系って奴だよ、うん。
……って俺は何を考えてるんだ!これから挑む試練を目の前にしてよぉ!
「さて、自己紹介も済んだことだし。早速貴方をもう一つの世界に連れて行ってあげるわ。貴方達の世界を管理してる世界にね」
「どうやってですか……?」
「簡単なことよ。実はこの後に世界を移動する選択肢が出るの。その際に管理者が居る世界に行く選択肢を選ぶだけ」
なんだかこの話を聞いてると頭の中がゴチャゴチャしてくるなぁ……
「じゃあ行くわよ。世界を変える旅へと」
7月27日 火曜日 16時32分09秒 (晴天)
「なんで時間が逆戻りしてるんですか?そこんとこ、教えてください」
「最初に私とであったとき、周りが真っ暗になってたでしょ?あの時既に逆戻りしてたの。……さぁ、これで選択肢の変更はOKよ。本来は許されない行為なんだけどね」
その後に選ぶ選択肢と言うのは、次の日のクラブに出ないことだった。
正直、この程度で世界が変わるとは思えないのだが……
「本当にこれでいいんですか?澄香さん」
「ええ。この瞬間別の世界に来たのよ。後は貴方は観客席に居るだけ。それじゃ、さようなら」
そう言って、澄香さんは雑踏が騒がしい町並みに消えていった。
「それじゃ、俺も頑張りますか!でも何すりゃいいんだろ?」
その時俺は。
この選んだ選択肢がなんとも滑稽で残酷で悲しい結末に繋がるとは知る由もなかった……。