私と執行者の日常会話〜その1〜
何時からだったろう。この世界が回っていることに気づいたのは。
別に地球が回転しているって言うことじゃない。
この世界では同じことが何回も繰り返される。私は何回も死んで、何回も生まれた。
いい加減、飽き飽きしているのに何時終わるとも知れない。たった今話しているこの言葉だって、確か最初からの丁度今と同じ時間帯、同じ場所で話したはず。
いや、「はず」ではない。話したに「間違いない」。決まっているのだから。
誰に話したって?
――私に。
私は知っている。彼らが何故殺されるのかも、この世界がどうなっているのかも。執行者がひたすら隠そうとする「知ってはいけない事」も。
だが、それらを彼らに伝えてはならない。この世界のルールを崩すことは大罪だ。
この世界のルール。それは予定調和を崩さないこと。彼らも、その他大勢の人間も無意識のうちにそれを理解している。だからこの世界は何時までもループしているのだ。
誰もが台本通りに演じる世界。そこに書かれている台詞以外は喋れない。そこに書かれているストーリー以外の世界を作ることは出来ない。
そうだったはずだ。この世界は何時までも同じことが続くはずだった。
そう。そのはず「だった」。
「どうして……俺達を殺すんだよっ!いつもいつも!」
彼は何を言っているのだ?こんな台詞、今まで一度も聞いたことが無い。台本には記されていないはずだ。
そうなると、当然そこから先の展開も変わってくる。
「オ前達にハ知ラレテてはいケナイかラ。しかし、コノ世界ノことニ気付イタのハ、オ前ガ最初ダ。絶対崩シテハいけないコノ世界ノ法律ヲ破ッタせいデ、コノ世界は、いツカ狂ウかもシレナい。管理者ガ修正デきなイ程ニ規律ヲ乱シテしまった。小さな歯車のセイデ!お前のセイデ!スベてガ終ワル!
コレ以上、知ってはいけないことを知られる前に!
何時もと同じ様に殺してやる!覚悟しろ!祈れ!お前がこの世界を壊す存在なんだ!」
どうして執行者が私以外の人間に言葉を発しているのだ?私以外と話している所など、これもまた一度も聞いたことが無い。
歯車が狂い始めている。突然、それも私の目の前でこんなことが起こった。奇跡、としか言いようが無いだろう。
彼は罪を犯してしまった。
それは奴らにとって、これ以上ない位の大罪。
同時に、私達がこの世界を変えるためのたった一つの希望。
彼ならこの出口の無い迷宮を破壊してくれるのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。
だが………迷宮の外の世界は――
私は直感する。もうじきこの世界は滅びるのだと。管理者の思惑通りに進まなくなった世界は不要なだけ。ゴミは処理する。
この世界を終わらせるのと、何時までも滑稽な役者として生きていくのとではどっちが幸せだろう。
もはや自らの力で生きていくことが出来なくなってしまった人間達。人間は管理者が存在してこそ、生きていられるのだ。管理者の世界が滅びた時、人間達は自分の手で道を作れないかもしれない。
私のいた「世界」では人間達は自ら歩むことをやめてしまった。
――違うな。あれは人間が諦めたんじゃない。管理者が諦めたんだ。
この「世界」でもそうなのだろう。管理者がこの世界を作ることを諦めたとき、この世界は音もなく消え去る。
ならば作り上げるしかない。管理者が存在しなくても私達が生きていられる世界を。
そうすれば、もう滑稽なピエロにならずに済むのだ。
私はこの「世界」の住人でありながら、もう一つの「世界」の住人だ。そんな私だからこそ分かることも沢山ある。
今度、伊藤勇気にコンタクトを取ってみよう。そして全てを打ち明けるのだ。
そのとき世界がどうなるのか。私は帰れなくなるのかもしれない。
だが、この世界を何時までも悪夢の迷宮に閉じ込めるわけにはいかない。
「貴様……もう理解しているな。もうじきこの「世界」が無くなるという事を」
執行者が私に歩み寄ってくる。こいつとは何百回もの付き合いだ。何を言っているのか理解できる。
「ええ。分かっているわよ。自分の思い通りにならなくなった管理者は、この「世界」を無理やりにでも直そうとする。でも、うまくいかなくて結局元々なかったことにする。自分の空想の世界なんだ、って。そうでしょう?」
私の時もそうだった――。そう、薄く笑ってやる。
「ああ。管理者って奴は身勝手な連中ばかりだ。己の世界が崩れそうになると、すぐに認めなくなる。そんな連中が我らを生み出したのだと思うと、呆れる」
執行者はため息混じりにつぶやく。
夜空の雲は既に消えて、満月が辺りを明々と照らし出していた。木々は暗闇の中で鮮やかに映し出され、コンクリートの地面は鈍い灰色に輝く。
私は空を見上げる。それにつられて、執行者も空を見上げる。
「しかし……貴様も、先の小僧――伊藤勇気も記憶を持っていたとは少々驚いたぞ。もはやこの世界は管理者の作った台本が壊されつつあるのだな」
「ええ、そうよ。何故かは知らないけどね。どうするのかしら?」
私は執行者に問う。
彼らの存在理由。
それはイレギュラーの排除。
「……我らはこの仕事を止めない訳ではないぞ。管理者が我らを必要としている以上、イレギュラー要素になり得る者を排除する」
「あら……。残念ね。もうイレギュラーは出てしまったじゃない。貴方にそれが修正できるの?その内、彼……伊藤勇気は自分自身の意思を持つでしょうね。いえ、さっきみたいな事が起こったと言うことは、既に彼は自分の意思を持っていたのかもしれないわ。私もイレギュラーの一つのようだし」
意思を持つ。それはこの作られた「世界」で許されない大罪の一つ。管理者の意思しか存在しない世界に、別の意思が存在してしまう。
そうなると、自分だけの世界では無くなってしまうのだ。
「ならば……変えられる前にイレギュラーを消すまでだ。いつまでもな。……さて、お喋りが過ぎた。お前も、我らもここで一旦休憩にするとしよう」
執行者は大きく刀を持ち上げる。
月明かりが反射して、刀身が妖しく光る。
「この「世界」で私を殺すのはルール違反じゃなくて……?ふふふっ。本来管理者に仕えるべき貴方達がそんなことをして良いのかしら?」
「どうせすぐに滅びるかもしれん世界だ。ならば我らも意思を持って行動しよう。この世界を復興させると言う意思をな。その為には、多少の違反も止むをえん」
「どうかしらね……次の世界で最後だと思うわよ?つまり、私達も、貴方達も、次が最後の戦いって事。その前に、管理者が全員皆殺しにするかもしれないけどね……」
終わりだ。執行者がそう言った瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
首を裂かれたようだ。血が噴水のように上がる。
私は糸が切れたように倒れこむ。
「さぁて……次の世界でまたお会いしましょう……世界ノ滅ビ行クノヲ如何ニシテ変エテクレルノカシラ?うふふふふっ……」