愉快な仲間達
3万回目 8月4日 水曜日 19時24分59秒 (曇天)
「疲れたぁ……。早く家に帰って風呂に入ろう……」
バスケ部の活動もようやく終わり、帰宅準備を始める。バッグに教科書や体育シューズやMDを放り込み、自転車置き場へと向かう。
校庭は既に真っ暗で、あまり整備されていない電柱の明かりだけが辺りを薄く照らしている。
俺の影が長く伸びて大木のような感じさえ覚えた。
自転車置き場には、既に大樹が居た。そしてもう一人。小林魅喜。やかましい女だ。普段は軽口を叩き合う仲。だけどこいつも大樹と同じく、大事な仲間の一人。
「遅いぞ〜。勇気。レディを待たせるとは随分なってないね!」
「ヘイヘイ。そのレディってのは何所にいるのかね?居たら少しは早く来てやったけどな」
売り言葉に買い言葉。いつもこんな調子だ。
「し、失礼な!私はいつもおしとやかで、男子から近寄ってくる位のかわいい女の子です!」
何が男子から近寄ってくる位かわいい女の子だ……。どうしてそんなことが自信たっぷりに言えるのか不思議でならない。
大体、それがいつも授業を受けないで携帯やたまごっちで遊んでる馬鹿女の言うことか!
「たまごっちじゃないわよ!デジモンよ、デジモン!」
「どうでもいい所に突っ込んでくるなぁ、こいつは。別にデジモンでもたまごっちでも育成ゲームだって事に変わりねぇだろ?……っあ!」
体中の毛が逆立つ。やばい、失言だった……!
突然、魅喜は鬼の形相で俺に詰め寄ってくる。俺は驚きすくみあがってしまい、魅喜の目の前から逃げることが出来ない……!
体がしっかりと縫い付けられている様な感じだ。
くそぉ、動けよ!このままじゃやばい事に……!
「デジモンは!他の人と対戦することが出来るという、画期的なシステムを採用しているのよ!その他にもトレーニングや、各デジモンへ進化するための細かいステータス調整!さらにはペンデュラム機能、ジョグレス機能も付属されて、楽しみ方が増えた!たまごっちは確かに面白いけど、育成ゲーム通の私から言わせて貰えば!たまごっちはお子様!デジモンは高度な知能と綿密な計画を練る頭が必要な超本格育成ゲーム!その上最近のデジモンには………………!……クドクド……!…………ブツブツ……!」
もう頭に入らない……。
こいつの話を聞いてるうちに何だか頭がデジモンで一杯に満たされていく……。ああ、0と1の羅列が頭に……。わぁぁぁお………♪
「さすがは魅喜。この学校のゲームオタクの中では右に出るものは居ないな。特にデジモンは語らせたら天下一品だ!」
大樹はさも得意そうに魅喜を評価する。
そう、魅喜は筋金入りのゲームオタクなのだ。
休日の過ごし方はゲームかパソコン。俺らのクラスでは1、2位を争う位のインドア派。
だけど、運動神経は中の上。鉄棒、跳び箱、新体操。何でもござれな女だよ。
「なぁ、勇気。そろそろこいつに何を言うと怒るかって事ぐらい理解しようぜ?馬鹿な俺だってわかるんだからさ」
「ああ……。そうだな。さて、そろそろ帰ろうぜ。暗くなってきた」
俺は未だにデジモン談義を力強く語る魅喜をなだめ、自転車に乗る。
3人とも乗ったのを確認すると、ペダルを力強く踏み込んで校門を飛び出した。
舗装された坂道を勢い良く駆け抜ける。頬を撫でる風が心地良い。
「お〜い、勇気、魅喜!あそこの焼き鳥屋でなんか買って行こうぜ!」
「いいねぇ、それ!私は牛タンね〜。支払いは当然勇気で!」
なんで俺なんだよ。財布には野口英世が1人しか住んでいないのに……。
明らかに嫌そうな顔をして大樹と魅喜に振り向いてやった。
そんな俺の表情を読み取ったのか、二人ともすっかり大人しくなってしまっている。
「おいおい。何か俺が悪いみたいだぞ……。わかったよ、買ってやるから!だからそんな明らかに不満な顔をするのはやめろ!」
それを聞くと、魅喜と大樹は親指を立ててガッツポーズを決めた。
ああ、最後の野口英世……。永遠にさらば……。
焼き鳥屋の屋台に着き、俺はつくねを、大樹と魅喜は牛タンを頼んだ。
渡されたつくねを口に頬張る。うん、やっぱり焼き鳥はつくねに限る!このジューシーな感じと、滲み出てくる肉汁がたまらないんだよなぁ♪
「このコリコリ感と、素朴な味がいいのよね!やっぱり焼き鳥は牛タンに限る!」
「だよな!牛タンが一番!」
……。
この俺様に宣戦布告のようだな……。
俺がつくねが好きだということを知っている上での狼藉だな?俺はつくねや肉団子が好きなのを承知の上で!その発言だな!
それぞれ違って良い、なんて考えは俺達3人には必要ない、己こそ正義という事か!よろしい。ならば貴様らの牛タンの地位を崩してやるわぁぁぁ!
「おい、魅喜、大樹。牛タンが一番だと?そんな微妙なポジションでお子様たちにも受けない牛タンの何が良い!やはりここは万人受けでありながらも、誰もがおいしいと認めるつくねが一番ではないか!」
まずは先制攻撃!
しかしこの程度で怯む二人ではない。反撃は重々承知さ!
俺の言葉に怒りを露にした大樹が最初に口を突いた。
「おい、勇気。お前ふざけてんのか!何がつくねだ!そんな串に肉団子を巻き付けただけの何所が良い!牛タンこそ、通が好む真の味じゃないのか!?」
「そうよ!お子様向けなんてそんなありきたりな物!新しいものを求め、開拓していく。その頂点がまさに牛タン!これに勝る焼き鳥があるものか!ましてやつくねなど!」
ふっふっふ……。
底の浅はかな奴らよのぅ。その程度で牛タンを力説したつもりか!?
二人がかりでこれとは笑止千万!俺様の勝ちだ!
「では聞くが。焼き鳥に何故牛が居る?俺達が食べているのは焼き鳥のはずだろう?。どうして鳥のはずなのに牛が居るのだ!?」
そう。これは焼き「鳥」なのだ。本来なら鶏肉料理であるはずなのに、近代に入ってから豚やら牛やらを使用している!これでは焼き鳥ではなく、ただの串焼きではあるまいか!
「日本人は焼き鳥の文化を蔑ろにしてしまっているのだ!それで良いのか?!否!今こそ焼き鳥文化を思い出せぇぇ!」
さすがにこの反論には二人とも口を閉じて黙り込んでしまった。
何かを言おうとして必死に思案している様だが、どうしても言葉が出ない。
俺の勝ちだ……!
「確かに。私達が食べているのは焼き鳥ではなく、ただの串焼きだったのかもしれないわね……。そう考えると、これはもはや別の料理って事……」
「……。ありがとう勇気。お前のその言葉に俺は考えさせられたよ。今日は本当に良い事を教えてもらった!ありがとう!」
その言葉に俺はちょっと照れ笑いする。
今この場で親友達と、また新たな真実を理解したのだから……!
俺は下を見ている二人の肩を引き寄せる。そして力強く言ってやった。
「良いんだ。わかってもらえれば。焼き鳥を真に理解してもらえて嬉しいぜ。本当にありがとう!さぁ、一緒においしいつくねを食べようじゃないか!真の文化を!」
3人で感動を分かち合い、共にすすり泣く。
お互いを認め合った瞬間だ。
そこに焼き鳥屋のおっさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「あの〜〜。盛り上がっているところすまないんだがな。……その、実は……」
やけに罰の悪そうな顔をしているな?一体全体どうしたってんだ?
焼き鳥屋のおっさんは言おうかどうしようか悩んでいるようだったが、意を決して口を開いた。
そこから語られた真実とは……!?
「そのつくね……。鶏肉じゃなくて、豚肉なんだよね……。だからねぇ?さっきの理論だと焼き鳥じゃないんだよ、それ」
シン……。
時が凍った様な気がした。
車のクラクションの音や、踏み切りのカンカンという音が響いてくる。
俺達は互いの肩を抱き合いながら固まっていた。
「「「えええぇぇぇぇえええぇぇ!!!」」」
3人とも驚愕の悲鳴を上げる。
当然だ。何せ今この場で力説して、その引き合いに出されたつくねが鶏肉でないというのだから!
俺達はおっさんにズンズンと詰め寄り、一気に口を開く。
「なんだって!おいおっさん!それじゃこののぼり旗はどうなるんだよ!焼き鳥って書いてるじゃないか!」
「そうよ!鶏肉じゃないって言うんだったらここの焼き鳥なんて嘘になるじゃないの!」
「そうだぞおっさん!あんた俺らのような純情少年を騙しているのか!?このやろ〜〜!」
おっさんは慌てふためき弁解の言葉を並べるが、俺達は聞く耳を持たない。
「い、いや、だからね?わしは真実を述べさせてもらっただけで、別に悪気があったわけじゃ……」
「「「3人の友情を台無しにするなぁぁぁ!」」」
あーだこーだと焼き鳥屋のおっさんと小一時間は討論していた……。
帰り道、今日の学校での話や、焼き鳥屋での話に花を咲かせていた。
魅喜は喧嘩を売ってきて、俺はそれをすぐに買いに出る。大樹は笑いながら俺達を止める。
家に着くまで、ずっと喋り尽くめだった。
「じゃ〜な。また今度な。今日は楽しかったぜ!」
俺は家に着いたので、3人の輪の中から一番最初に抜けた。
「楽しかったね!あのおじさん、最後には根負けして牛タンとつくねを分けてくれちゃったし♪」
「だよなぁ。ずっと粘って良かったぜ。あ、魅喜!俺の牛タンを返せぇ!」
「おいおい。つくね派は俺だけだから良いけど、お前らは取り合いするなよ?そんなんで事故ったり、大怪我したりしたら洒落にならないからな。んじゃ、また明日!」
そう言うと、俺は玄関の扉を開ける。
後ろを振り向くと、二人とも俺を見て手を振って去っていった。
そのうしろ姿を見送る。どんどん離れていって、その姿は闇夜に溶け込んでいった。
今日は楽しかった。
学校で大樹に散々な目に合わされ、魅喜にデジモン談義を語ってもらったり、焼き鳥屋での壮絶な討論バトル。どれも強く記憶に残っている。
……もしこんな日々が続くのだとしたら。俺はどんな苦労も、苦痛も受け入れてみせる。あの仲間達と一緒に過ごせるのなら。
久しぶりにこの世界に色彩が着いてきた。だけどそれも明日で終わり。明日は俺達仲間の命日。
3万回目なのだから、記念とかあればいいんだけどな。でも、無理なんだろうな……。
……いや。
受け入れよう。全てを。いつかはきっと変われるはずなのだから。
仲間達との日々を永遠の物にするため。俺達は何所までも戦い抜く。