日常生活
3万回目 8月4日 水曜日 午後1時34分11秒 (雨天)
今日の授業も何回も繰り返している。友人との会話も何回も繰り返している。そのときに思うことや、表情、僅かな体の動き、果てには体の五臓六腑の動きも何回も同じ事を繰り返している。
俺は伊藤勇気。市内の高校に通う、至って普通の高校生。人と違うところがあるとすれば、このおかしな世界を何回も繰り返していて、その記憶を持っていること。
「勇気!今すぐ校庭に来い!縄跳びしながら校庭10週だ!」
突然、馬鹿でかい声が俺の耳を劈く。その声の主は、俺の友人の高橋大樹だ。
「なんでそんな事をしなきゃならねえんだよ、大樹……」
大樹の事を簡単に説明すると、単純思考の馬鹿。体力だけが自慢の、よく漫画とかに出る熱血主人公ってタイプだな。
こいつと俺はまぁ、それなりに仲が良いほうかな?世間一般で言う、親友とか仲間とかって奴だろう。
大樹は大声を張り上げた後、大俺にビシッと指を指す。失礼な奴だな、おい。人様に堂々と人差し指を向けるなよなぁ。
「根暗のてめぇの根性を叩き直してやるぜ!いくぜぇぇぇ!!」
とつぜん俺を担ぎ上げると、昇降口を飛び出し、そのまま校庭を走り回った。
身長190センチの巨人。さすがだぜ……!こいつは将来、間違いなく日本のスポーツ選手のトップに立つだろう……!すげぇぜ、高橋大樹!
対して俺は平凡だ。身長も平均。学力も平均。大人しい。とりわけ目立たない。「その他大勢の子」の部類に入る方だ。
そんな俺がクラスの中心に居る大樹と仲良くなれたのは、どうしてだっけ……。いや、思い出さなくてもいい。今俺と大樹は親友である。その事実さえあれば十分なのだ。
「どうだぁ勇気!楽しいだろう!わっはははは!」
「……人を担いで校庭を走り回るのがどう楽しいんだ。それに雨の中を。何が楽しいのか、サルにも分かるように説明していただこう」
呆れたように返してやると、大樹は
「何ぃ!サルにも分かるようにだと!だったらもっと走り回って何が楽しいのか教えてやるわ!」
と叫んで、グンとスピードを上げる。
うぉっと、危ねぇ!お、落ちる〜〜!
風を切るその速さに俺は思わず歯をガチガチと鳴らせる。怖いって、これ……。
「お、おい!マジでやばいから下ろしてくれって!なぁ、頼むからさぁ!うわぁぁぁ……!」
「おおっと、ヒートアップしてきたな!もっと速度を上げていくぜ〜〜!」
俺の必死の願いも届かず、大樹はさらに速度を上げていく。
半泣きになりながら、大樹の背中や腕を手当たりしだい殴る。
傍から見ればさぞや滑稽な二人組みに見えるだろう。しかし俺はそれ所ではない。このまま大樹と一緒にジェットコースターごっこを続けていれば、間違いなく小便漏らして泡吹いて。クラスに戻れば笑いもの。そうなったら俺の面子は丸つぶれ!
なんとしても避けなければ!
そういえば……前に何かの本で読んだけど、頭に強い衝撃を与えると意識を失うとか……
やるんだったら今しかない!許せ、大樹。元の原因はお前のなのだからな!
「こんの……いい加減にしやがれ!」
渾身の力を込めて、大樹の頭に空手チョップをお見舞いする!
「うぉっ」と呻くと、大樹は校庭にばたりと倒れた。
と、同時に俺も水溜りの中に放り込まれる!
「……なあぁぁぁぁ!」
一瞬、時が凍った。
今この状況でどうすればこの惨劇を回避できる!?このまま倒れればドロ水の中にダイブ!何としても避けなければ……。
しかしなす術なく、俺は泥水のプールに勢いよく入水する。
バッシャンといい音はせず、ずぶぬれの靴を履いたような音がした。
「ぐぞぉ……!大樹のぜいば……!ぢぐじょう、あの野郎……!」
泣きながら、いつかは大樹に同じ目にあわせてやろうと決意するのだった……
と思ってみれば、それは大樹も同じようで。
口から泡を吹きながら、泥水を啜っていた……
「あちゃ〜。やりすぎたかな。たはははは……」
その後クラスに戻って笑いものにされたのは言うまでもない……。
いや、そこまでは想定内だったから良かったのだが。
着替えて教室に戻ると、鬼と化した大樹が待ち受けていたのだ!
午後の教室に俺の悲鳴が響き渡った……。