ただ彼はその手を穢し嘆く
うん、今回もくどいねw(何
「やっぱり誰も居ない……」
居るはずが、ない。窓の外に誰かが居るなんてことは、ありえない。だってここは2階だぞ?幽霊やらなんやらでもない限り、不可能だ。ましてや、こんな暗くて、しかも風雨が覆いかぶさってくる時に。
ほっと一息つくと、自分のベッドに戻って布団をもう一度頭まで被った。
本当に誰も居ないのか?……窓の外じゃなくて、窓の下かもしれない。俺に悪意を放ってるやつらは、俺の家の庭か、あるいは道路に居るのかも……。
「確かめるか……」
誰もいる筈がない。でも、確かめないと安心できない。居ない、と断言できない自分が居た。
手に汗が滲む。窓に向かって歩き出す。一歩一歩、確かに床を踏みしめている。はずなのに、どこか体が浮かんでいるような浮遊感に襲われる。
俺は机の上に置いてあった、5キロ程ののバーベルを手に持った。体を鍛えるとか言って、買ったきり手をつけていない物だ。
もし窓の外に誰か居て、そいつが俺に危害を加えるようなやつだったら……これでどうにかしてやろう。投げつけてやれば、すぐにでも逃げるはずだ。実際、こんなものは何の役にも立たないかもしれないけど、丸腰になるよりはマシな筈だろう……。誰か居たら、追い払うだけでいいんだから。
目の前のやたら可愛い恐竜のイラストの付いたカーテンが、急に不気味に見えてきた。……落ち着け。馬鹿な考えはやめるんだ、俺。
カーテンを開けようとして、腕を伸ばす。……重い。
腕を伸ばしきると、今度は手が固まってしまったかのように、開かない。それでも無理やり指を伸ばし、勢い良くカーテンを真横に引っ張った。
途端に雷が鳴り響き、目の前が一瞬白く染まる。数秒後、今度は耳を穿つ様な轟音が、部屋中に轟く。
突然のことに驚き、目をぎゅっと閉じた。暗闇に閉じ込められる。
うっすらと目を明けてみると、窓の外にはさっきから何も変わらない情景が映っていた。
雨が窓を叩きつける。風が壁を鞭打つ。
だが、暗闇の中で輝くなにかを見つけた。それは俺の方へと光っている。よくよく目を凝らすと、それが、人の目であることを理解する……。なぜかはっきりと見えた。
そいつの顔の輪郭が、暗闇の中にうっすらと浮かぶ。その真ん中より上に、爛々と輝く目が俺を見つめていた。この雨の中、立ち尽くして誰かの部屋の窓を見つめることなど……普通じゃないだろう。
だから、俺のとった行動は実に単純だった。
『あいつを叩き出せ!』
窓ガラスを思いっきり開ける。強く引っ張りすぎたためか、窓ガラスが跳ね返って俺の腕に食らい付く。でもそんなことは今ではどうでもいい。
相手が俺の姿を見て、体を固めた。俺はこの一瞬を見逃さない。
そいつが逃げ出そうとしても、萎縮した足が動き出すのは、俺が攻撃に出るまでの時間より遥かに遅い!
「っおおぉぉぉぉぉおおおぉ!!」
握り締めていたバーベルを全力で放り投げる。それは見事なまでの放物線を描く。軌跡が全て、俺の脳に刻み込まれるようだった。バーベルは寸分の狂いもなくそいつへと向かう。
この高さと、バーベルの重さ、そして勢いよく飛んでいったから、スピードも合わさって凄まじい威力のはず。その威力を見れば、すぐにでも飛んで逃げ出すはず。
息が荒くなってきた。余程力を入れて投げたのだろう。
数瞬の後、何かを砕くような音が鮮明に耳に入ってきた。バーベルがコンクリートでも砕いたのだろうか。
その音を聞いて、また心臓が高鳴る。が、すぐに深呼吸をして落ち着く。
「……あいつは……あの目は……」
窓の外をそっと覗くと、あの目の光はもうない。既に逃げ出したのか。
深いため息をつく。こんな異常な夜はごめんだ。とっとと寝よう……。
窓を閉め、カーテンも閉め、布団へダイブする。体中の汗を、タオルケットで拭いた。
この世界は何だ。狂ってる。これで俺のいた「世界」で起きている、ループの真実を知れるのか?
何回も自分に問いかけてきたことだ。この世界で何を知ることができるのか。
友人が狂い、周りが俺を見る目もすっかり変わり、俺は混乱するだけ。今までの状況をまとめればこれだけの事だ。
こんな中で、何を知る?澄香さんは何を教えようと?そもそもあの人は何だ。俺をこんなわけのわからない世界へ放り出した、元凶じゃないか。その内分かる、見たいな事を言っておいて。
……チクショウ……。
そこまで考えたとき、さっき投げたバーベルの事を突然思い出す。バーベルを外に放り出したままにするのは、些かまずいだろう。
部屋を抜け、階段をバタバタと慌てて降りて、玄関を目指す。サンダルを履くと、雨の中へと飛び出した。
庭の周りを囲む塀。その向こう側に、さっき投げたバーベルがあるはず。俺の家の敷地を飛び出し、バーベルを拾いに行った。
その時、また雷が鳴り響く。真っ暗な世界は、一瞬だけの光を得て、その全てを晒した。……ほんのわずかな時間の後、俺の絶叫は雷の轟音にかき消され……。
足元には血の付いたバーベル。
その先には横たわる人。
それが誰なのか、すぐには理解できなかった。
脳が、視界から得られた情報を処理しようと、ゆっくり動き出す。
ある一定のリズムでなっていた心臓が、……止まる。
俺はその情景から逃げ出すように、頭を抱えて倒れこんだ。
涙が頬を伝う。そして零れ落ち、足元の水溜りと同化した。
……赤い水溜りと。俺の過ちの、証。
「****!!」