ホラー映画
「おめでとう」
何が?何がどうなって「おめでとう」、なんて言葉が出てくる?
いや、そんな事に理由を知る必要はない。
それよりも、何なんだ?この状況は。
「どうして黙っているんだ、勇気?」
……帰れよ。誰だよお前は……。
俺はずっと俯いていた。顔を上げる事など無理だ。
「こっちを見ろ」
その声は……大樹か……。じゃぁ、後ろに魅喜が居るんだな。
一体何の用事だよ……。
早く帰れよ……。
「せっかく来てやったのに。ずっと黙っているのか?……それより」
「ねぇ勇気。このチェーンを外してくれないかしら?」
外せるわけないだろう。外したら、俺が無事でいられるなんて保証、どこにあるってんだ……。
こいつらの今までの異常な行動見てれば、誰だって外さないだろう。
ドアノブを執拗にまわし続けたり、人の家の周りに張り付いたり。
俺は二人を前にして、必死に冷静さを装った。
だが、どんどん頭に酸素が回らなくなってきている……。
「何で黙っているんだ?」
大樹の声が急に低くなった。途端に俺の心臓が跳ね上がる。息苦しい……!!
逃げ出そうとして、足を後ろに無理やり引っ張る。が、玄関の段差に躓き、その場にぺたんと座り込んでしまった。
そして同時に視線がドアへと向かう。
「開けろ」
「開けて」
やはり予想していた通り。二人はもう正常な状態じゃない……!!
虚ろな目。ただ空気を吸って吐いているだけの、ぽっかりと開いた口。血の気の無い、青白い肌。
こんな事、ホラー映画の中でしかないと思っていた。所詮、人間が異常な状態になるなんて、無いと思っていた。
じゃあこの、目の前に広がる状況は何だ!?ホラー映画そのものじゃないか!
だが感じる恐怖はそれ以上だ。二人はもう人間じゃない何かに成り果てた。
……逃げなきゃ……!!
「開けろ」
「開けて」
二人はもっと低い声で脅すように話しかけてくる。
体を持ち上げ、這いずり回るように玄関から離れようとした。
ガンガンガンガンガンガン!!!
金属質な音がけたたましく響く。ドアの方からだ。
「何をしてるんだよ、二人とも……」
後ろを振り向くべきだ……。映画のように、振り向いてエンディングなんて、あるわけが無い……。
俺は、恐る恐る後ろを振り向く。
そこには……
「やめろぉおお!!開けるなあぁぁ!!」
はっきりと目に焼きついた、その光景。俺の恐怖心が爆弾となって爆ぜる。
大樹が、チェーンを引っ張っては戻し、引っ張っては戻し、力任せに振り回している。それがあのやかましい音の正体だった。
だが、それだけでは終わらない。
いつまでも執拗にチェーンを振り回す大樹の後ろに、魅喜が手を掲げて立っているのを見た。
魅喜がゆっくりと大樹に近づく。魅喜の目線は、大樹の手元――いや、チェーンに向いている。
そして勢いよく、その手を振り下ろした。
ガツンッッ……
金属がぶつかり合う、硬い音。その音に、思わず体をまげて、耳をふさいだ。
……それきり、何の音もしない。ゆっくりと頭を持ち上げ、その瞬間にまた金属音が鳴り響いた。
「……血……?」
チェーンから血が滴り落ちている。否、大樹の手に何かが食い込み、血が滴り落ちているのだ。
魅喜が振り下ろしたもの。それは……どこから持ってきたのであろうか。……巨大な鋸……。
幾つもの刃が、大樹の手に食い込んでいる。もう、皮はほとんどが破れている状態だった。
魅喜が鋸を振り下ろすたび、大樹の手の甲がザクザクと切られ、血が吹き出てくる。あんなに強く振り下ろせば、肉どころか骨にまで傷が届いているはずだろう。
また鋸を持ち上げる。すると、の甲に食らいついた刃は、抜けまいと言わんばかりに肉にしがみ付く。それでも持ち上げようと勢いよく振り上げる。空気を切る音と一緒に、肉がバリバリと裂ける音が……!!
それでも大樹は、顔色一つ変えず、ずっとチェーンを揺らし続けていた。それどころか、さっきよりも揺らす力が強くなってきている……!!
「……帰れぇぇぇええぇぇ!!帰れ帰れ帰れ帰れよぉぉおおお!!!」
気が付けば俺は、ドアに思いっきり体当たりをぶちかましていた。二人ともその衝撃で、ドアの向こうへ吹き飛ばされる。
瞬間、ドアを閉め、鍵をかける。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
ドアをじっと睨みつける。チェーンは真っ赤に染まり、俺の足元には血だまりができていた。
落ち着こうと深く息を吸い込む。体中の酸素が失われ、もう今にも倒れそうだった。
吸った息を、外に吐き出して……
ガツンッ!!
ドアが揺れて、大きな音が玄関にこだまする。俺は驚き、吸った息を外に吐き出せなくなってしまった。さっきよりも苦しい……。
「何なんだよ!さっきから!」
誰も居ない玄関の中で、一人喚く。
だが、その後もずっとドアに何かをぶつけるような音が続いた。
何も考えず、玄関から逃げ出す。もう嫌だ。怖い怖い怖い怖い!!
廊下を走り抜け、寝室に逃げ込む。不幸な事に、テレビはついておらず、明かりも無かった。
「……もう寝よう。……怖い……」
敷きっぱなしにしてある布団へと潜り込もうとする。毛布に手をかけたその時、見計らったかのように雨が降り出してきた。
勢いよく雨粒が屋根を叩きつける。バタバタを音が聞こえる。雷も鳴る。風も鳴る。どうしてこんな時に……?
「窓開けっ放しか……。閉めないと……」
毛布を離し、窓へ近づく。そこで俺はふと立ち止まった。頭の中で警告が聞こえてくる。
この窓に近づくべきではない、と。
俺はその声に従い、布団へと急いで飛び込んだ。あからさま過ぎる。狂った友人が訪れ、異常な行動をして、雨が降り、窓が開いていて……。
何が何でも出来過ぎている。まるで、映画か何かのような完璧な、作られた演出……。そう、誰かに作られたような……。
布団を頭まで被って寝ようとした。だが、あんな事がさっきあったばかりなのだ。眠れるわけが無い。
それでもどうするわけにも行かず、ただ朝が早く来るように祈っていた。
「窓……閉めてないから、明日はどうなってるだろう……」
そう思った瞬間、窓から誰がこっちを覗いているような感覚に襲われた。一度こんな状態になったら、もう振りほどけない。
気のせいだ、と何度も言い聞かせる。意味が無いのに……。
すると今度は窓を見たくなってきてしまう。自制心と、好奇心と、恐怖心が入り混じったこの気持ち。
誰か助けてくれ……。俺が俺でいられなくなりそうだ……。
「やめろ」「見ろ」「怖い」
いつまでも自問自答を続けていれば時間が過ぎるだろう。そう思っていた。
しかし、いつまでたっても時間は過ぎてはくれない。時計の針も、この時ばかりは全然進んではくれない……。
「見ろ」「怖い」「見ろ」「やめろ」「見ろ」
どんどん好奇心が強くなってくる。見れば当然、最悪の結果を招く事になるのは分かっているのに。
……ちょっとだけだぞ?ほんの少しだけだぞ?
「やめろ」
誰も覗いているわけがない。こんな雨の中なんだから。見たってどうって事は無い……。
「怖い」
俺はそんなに臆病じゃ「やめろ」ないんだからな……「怖い」別に何があったって……「見ろ」
…………俺は見る。
「見てやる……」
そう決心がつくや否や、俺ははじき出されるように布団から飛び起き、窓へと目をやった――。
……ちょっとくどいかもしれないですね、今回の話w
ああ、もっとスッキリ簡潔に、なおかつしっかり伝えられる文章力があったらなぁ……。
精進あるのみ (((´・ω・`)