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the loop world  作者: 灰雲
16/18

悪意

『排除開始』


視界良好。目標の二人を視認完了。

脚部、腕部の異常……無し。

精神的負担……異常無し。


脚部へのエネルギー充填率……完了。

目標への全力疾走、開始。

…………疾駆!





目の前の視界から色が失われていく。音も失われていく。

右手に握った鉄パイプの感触だけがハッキリしていた。





地面を思いっ切り蹴飛ばして、生垣の間から飛び出し、二人に飛び掛ろうとした。

砂利を跳ね除け、花を踏み潰す。

魅喜と大樹は俺の居る生垣へと目を向けた。だが、見つかったって問題ない。殺せばいい。

砂煙を上げながら、俺は二人の前へ出る。そして、右手にぶら下げていた鉄パイプを力強く握り締めた。汗で湿っていて、ぬるぬるする。




だが、二人のとった行動は予想外のものだった。

まるで前から俺が二人を襲うのを知っていたかのように、いきなり逃げ出したのだ。それも、俺の姿を見るなり。

鉄パイプを見られたからじゃない。俺の異常な殺気に気付いたからでもないだろう。あの二人は、まず俺の姿を確認すると、とにかく逃げ出した。

……これは一体どういうことだ?何があったんだ?わからないことだらけだ。

追いかけるか……?

だが、その時二人は既に、人通りの多い大きな道路のほうへ走り去っていった。ここで追いかければ、今度は俺が周りから怪しまれるだろう……。追いかけるのは得策ではない。





そう考えた瞬間、体中から力が抜けてその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

その途端、全身がガタガタと震えだす。心臓がバクバクと鳴り出す。今にも体から飛び出してきそうな位に。

恐怖心で胸が一杯になった。自分の狂気に怯えているのだ。


「俺は……何を考えていたんだ……。人を……殺すなんて……!」


そう呟くと今度は、恐ろしい事をした、という感情が体中を貫く。握っていた手を見ると、握り締めすぎて皮が破れかけていた。恐らく、自分でも信じられない力で握り締めていたんだろう……。

結局、何も出来なかった。でも、それで良かったのかもしれない。アレだけ決意を固めたのに、こんな風に終わると、それがとても愚かな考えに思えてくる。

「できないよ……人を殺すなんて。絶対に……」

友達同士で殺す、なんて言葉はバンバン使う。だってその言葉に深い意味を込めていないから。だが、実際に実行しようとすると、これほど恐ろしいものだとは思わなかった。今でも体中が震えている。自分の恐ろしくて愚かな考えに。

でも……本当にコレで……。アレだけの決意がこんなにも簡単に終わるなんて……。本当に……本当に………良かったんだよな………。そうだよな……?

鉄パイプを元々あった場所に戻す。体中が汗をかいていて、不快感がする。もう、家に帰ろう。何も考えたくない。

空を見上げると、日は沈みかけ、うっすらと月も見えてきた。夏の涼しい風が汗でべとべとになった体を撫でる。それが少し心地良かった。


重たい体を引きずり、家へ入ろうとする。蛙や虫たちが鳴き出している。でも、今の俺にはそんな声をしみじみと聞く心の余裕は無い。

さっきまでの出来事は忘れよう。悪い夢だったとでも思えばいいさ。明日からは今までとなんら変わらない生活を送ろう。どんな息苦しい生活でも。



ドアノブに手をかけたとき、俺はふっと後ろを振り向いた。何故そんな行動をとったのか分からない。

「……何も無いじゃないか。気にする事なんて何も無いだろうに」

独り言を呟くと、今度こそドアノブを引っ張り、家へ入ろうとする。

(何も無い……?)

玄関のポストに何か入っているのが見えた。広告やら葉書やらの中に、それが混じっていた。

どう見ても場違いなそれ。

真っ赤な紙だ。何か白で文字が書かれている。だが、赤いリボンが巻いてあって、何が書いてあるのか読めない。

(何も無い……?本当に……?)

もう一度後ろを振り向く。

薄暗い視界の中には、大きな道路へと向かう上り坂。何も見えはしない。

上り坂の上へと、ゆっくり視界を上げていく。丁度頂上へ目がいったその時、そこを車が通った。

車のライトが、周りを照らす。




そこに魅喜と大樹がいる。

二人ともじっとこちらを見つめている。薄暗いのに、表情がはっきりと見えた。

無表情。目を見開いて、口をぽかんと開け、二人ともこっちを見ている。

二人はずっと見ていたのだ。ずっと。逃げ出したんじゃない。様子を見ていたんだ。

何のため?

今度は手に持っている真っ赤な紙を見つめた。赤いインクがたっぷり染み込んだような、それを。

コレは何?なんでこんな物があるんだ?

なぜか驚くほど冷静になった俺は、ゆっくりとリボンを解く。その下に書いてあった文字を読もうとした。

それはかすれた白で、真っ赤な紙に塗りたくられていた。

そこに書いてあったのは魅喜と大樹の名前。

紙の裏返し、覗き込む。

次の瞬間には正気ではいられなくなった。

「……うわぁあぁぁああぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!」

ぽつんと中央に何か書いてある。それを目で見て取ると、すぐに投げ捨てた。


         「おめでとう」

     

その文字が俺の心に恐怖心を植えつける。

「なんなんだよ!これは!」

両手で紙を引きちぎる。それでも足りない。今度はいくつにも折って引きちぎる。それでもまだ足りない。次に足で踏みにじる。それでも足りない。

まだ足りない。まだ足りない。どれだけの力を持っても、この紙に込められた悪意は消えやしない。

もう一度後ろを振り向く。

…………二人は笑っていた。

「………ヒッ……!!」

思わず悲鳴を上げてしまった。

夕陽が二人の後ろへと落ちかかる。二人は夕陽を背にして笑い続ける。

呪われたような口で笑い続ける。悪意に満ちた瞳で俺を見つめ続ける。

体中からまた汗が噴き出してくる。のども急に乾いてきた。唇も同じく乾きだし、ぺったりとくっつく。

息も出来ない状況で、気が付けば俺は家の中に、それこそ転がり込むように逃げ込んだ。

そしてきつく鍵をかける。チェーンもつける。

それでもまだ足りない。そう、足りない。まだ足りない。

大樹と魅喜が今すぐにでも襲ってきそうな気がして、怖くなる。


「……大丈夫だ……落ち着け。きっと大丈夫だ……」


情けないくらいの弱弱しい声。声が震えている。

疲れきった体に鞭を打ち、なんとか玄関から離れようとする。

体中が痛い。手の皮が破けていて、沁みる……。目もチカチカする。

全身がこれ以上ないというほど、疲弊しきっていた。


二人は何であそこに居たんだ?何でずっとこっちを見つめていた?あの恐ろしい表情はなんだったんだ?そしてあの手紙は?

……俺は確実に追い詰められている。何が何だかわからないままに。


……まずは顔を洗おう。

磁石に引っ張られるような重い足を引きずり、洗面所へと向かう。

電気をつけ、蛇口をひねる。流れ出てくる水を顔に叩きつけた。……ぬるい。

それでも何度も顔を洗ううちに、頭がハッキリしてきた。

(……もう寝よう)

時計を見れば、まだ午後7時前。いつも寝る時間まではまだあるが、今日はもう限界だ。

歯も磨かず、寝室へと向かう。風呂はどうしようかな……?いいか……。

明日は体から変な臭いがしてるかもな……。

そう思い、一人苦笑する。

居間を出て、2階への階段を上った。

一歩足を踏み出したとき、見計らったかのようにチャイムが鳴り響く。


『ピンポーン……』


耳に響く。誰だろう……。母さんか?そうか、さっき鍵をつけたからだな……。怒られるな。

階段を下り、玄関へと向かう。


『ピンポーン……』


またチャイムが鳴った。

「はいはい、今開けるって、母さん。何度も鳴らすなよ」

そう言って、鍵を開けた。

同時にドアが勢いよく開いた。















かと思うと、ほんの少しだけ開いて、それ以上ドアは開かなくなった。

「ああ、ゴメン。チェーンもつけてたんだ」

扉を閉め、チェーンを外す。これで今度こそ開くはず。

「いいよ、開けても」

そういった後、ドアノブをまわす音がした。


そして俺はもう一度鍵をかける。


「……何をやってるんだ?俺は」

鍵をかけた。

何で?

目の前に何がいたのか分からないのか?

……どういうことだ?

こういうことだ。


ドアの覗き穴を覗く。真っ暗で見えない。……そんなに外は暗かったっけ?

でも現に、こうして外が真っ暗で……。玄関周りの傘立てや、水道も見えないくらい暗いって……。

「……うぉ」

くぐもった声を口の中にしまいこむ。

次に手元に視線を落とす。俺の手は何にも触れていない。両手とも、空にある。

じゃあ何で。

ドアノブがずっとぐるぐると回ってる?

簡単な事だ。


「何なんだよおおぉぉぉぉおぉおぉおお!!!」


扉の向こうに居るやつがドアノブをずっと回し続けていたんだ。



ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!


「じゃ……あの覗き穴から見えていたのは……」


悪意に満ちた瞳。

目をずっと覗き穴に押し付けていたんだ。

真っ暗な瞳を。俺はそれを覗き込んでしまったんだ。

ドアノブを執拗にまわす音が、玄関に響く。





ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!




ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!




ガチャガチャガチャガチャ!!



ガチャガチャ……!!


ガチャ……!


…………


「止まった……?」



ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!












ガチャ。




ドアノブが、ゆっくりと回った。

真っ黒な瞳が覗き込み、こう言った。

「おめでとう」





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