惨劇の幕開け〜日常編〜
ここまで読んでくれた人、感謝感激です。
さて、今までよくわかんない進み方をしてきたこの話。そろそろ劇の幕開けです。
前までの話は全て前座。物語はまったく動いてなどおりません。
話が動き出すのは、ここから。役者達が、これから熱演を繰り広げて見せます。
至は真か、それとも疑念か。信じられるのは誰なのか。
世界を救う英雄になれるのか。それとも悪魔に魅入られるか。
それでは、幕開けです。
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。それと同時に、教室内の男子が一斉に体育館や校庭へ突撃しだした。それはさながらエンジン出力最大のF1のようだ……
……俺は教室に残り、窓の外をボンヤリと眺めている。昼休みだが、特に何もする気が起こらず、ただ黙っていた。
教室の中には、少々やかましい女子達だけ。化粧品やら、ぬいぐるみやら、アイドルの写真やらでキャーキャー叫んでいる。……俺にはいまいち理解できん。
結局、昼食の時間になっても大樹と魅喜は戻ってこなかった。仕方なかったので、一人で安いデラックスランチをのんびりと食べていた。
……一体、二人とも何をしているんだろうか?俺だけを放り出して。
なんだか俺だけが除け者にされたような気分。それは疎外感。
二人で何かの密談?相談?どうして?何故俺には話してくれないのだろうか……?
それとも……あんな事や、こんな事を……ムフフ!!
「あ〜!伊藤が鼻血を出してにやけてる!きっと不埒なことを考えてるに違いないわっ!」
「うるせぇ橘ぁ!何で俺がそんな想像を膨らませていると断言できる!?」
「だってあんた、顔に考えが浮かんでるもの。二人はあんな事やこんな事をしてるんだろうなー、ってさ」
ぐぅあ……。そんなに分かりやすいのか……。
でも、お年頃なんだからしょうがないやん。この年代にそんな想像は一切禁止、なんていったらほとんどの行動が制限されるじゃん!
「……なぁに、<お年頃なんだからしょうがないやん。>って顔してるのよ!レディーズの前でそんな不埒な妄想は、悪に等しい!!」
うぉ!またもや考えをそっくりそのまま読まれている……!どうしてだ!
こうなりゃやけだ!論争で橘を粉砕してくれる!
「うるせぇ!健全な男子たるもの、そういう想像がないなんて事は無に等しい!男子はそういう想像をして当然!男は生まれながらにしてそういう生き物、つまり変態であるのが当然なのだぁぁぁ!!」
「「「…………」」」
教室中が水を打ったように静まり返る。誰一人として声を出さない。その代わりに、冷たい突き刺すような視線が俺に……。
あれ……?何だよその冷たい反応……。もっと熱い歓声や黄色い声が飛び交わないの?
「……女子の前でそんな理想を高らかに宣言するとは……!大胆不敵!許すまじ、伊藤勇気!」
橘がそう声を荒らげると、数刻前に、周りで化粧品やら写真やらで小猿のようにやかましく叫んでいた女子共が、いきなり黙って、一斉に俺の周りを取り囲む。
その視線のどれもが冷たくて……痛いっ!それに驚き、思わず後ずさりをしてしまった。
……ここで黙ってられない!まだ逆転の手はあるはずだ!
…………必殺!<平和の光>演説!!
「ふっ。女子とてそういう想像がまったく無い、というわけではなかろう?男子だけがそういう想像を持っているのではないのだよ、橘君!そうだろう?」
「ちょ……突然何よ?そんなわけ無いでしょ!」
「俺と君達の違いは何だ?思想か?これは違うな。そこには男女の壁は無いはず。見た目か?これも違うな。そんな物だけで左右されるほど、簡単に世界は出来てなどいない」
「だから何よ!?男女の思想に壁が無いからって、私たちもあんたと同じ考えをしてると思わないでくれる!?」
……ふっふっふ。口ではそういってるが、顔に焦りの色が浮かんできたぞ!それでいいのだ……!それは俺の術中にかかり始めている証拠なのだから!
さぁ、引きずり込まれるがいい!!
「君達だってお年頃だ。それなりの雑誌や、漫画を見ているはずだ。そしてその物語を己の中で再構築することもあるはず。子、曰く、それを<妄想>と言う。それは時にして人が少々引くような妄想もあるかもしれない。だが!恥じることは無いんだよ!」
ここで一旦声のトーンを落とす。だが、そこにぐっ……と力をこめる。
「……俺もかつてはそうだった。不毛な妄想の果てに、暴走を繰り返した。だけどな……何時までもそんな影でこそこそやるような考えじゃ駄目なんだよ。影の住民としてではなく、明の住民として!人として健全に妄想をするべきなんだ。人としての器はそういう自分を認めるか否かで天と地ほどの差があるんだよ……!」
そして間髪入れずに、橘達に向けて高らかに宣言する!これでフィニッシュだぁぁぁあぁぁ!!
「君らも、そして僕らも!同じ星の下に産まれた生き物同士!さぁ、今こそ手を取り合い、和解の道を目指そうではないか!そして、共に変態であることを認めるのだあぁぁああぁあ!!」
キャー!ステキー!カッコいい〜〜!!結婚してぇ〜〜!!こっち向いてーーー!!
ふふふ…………そう慌てるなよ、ガールズ。この俺が君達と後でゆっくりお相手をしてやるから、そこを空けてくれないかい……?あ、取材はアポ取ってからお願いね。
「…………このナルシスト&ド変態が……!!」
「……ひいいぃいぃいいぃぃぃいぃ………!」
橘を筆頭とする、女子達の視線が……!全身を焼き尽くすっ!
くそ、まさかこの方法でも駄目だったなんて……。やっぱり、変態論説じゃなくて、男女の好みなシチュエーション、服装、その他etcを語ったほうが良かったか!?
周りを取り囲んだ女子達が、にじりにじりと寄ってくる。そこに一切のときめきも何も感じない!
ああ、駄目だ……。こうなった今、俺に残された未来は……。
[ここから想像シーン]
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『あ〜!あれが西高最低の変態男よ〜〜!!』
『汚らしい!女子の目の前で、変態論説を高らかに語ったそうよ!』
『人間の恥〜!近寄るな〜!帰れ〜!』
『『『帰れ!近づくな!西高の風上にも置けない、変態野郎〜〜〜!!!』』』
『うひゃひゃひゃ……!俺様こそが、西高で一番人気の伊藤勇気様ナリよ……。女子共が俺様を見て黄色い歓声を上げているでゴザル……!ぶひゃひゃひゃ!』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんて事になりかねないっ……!ってか最後の俺は、なんで自虐的な想像してんだよ!
「わけの分からない妄想を今この瞬間まで繰り広げやがって、伊藤勇気……!貴様をこの西高から消し去ってくれる!」
橘が雄叫びを上げると、周りの女子も反応して、一斉に飛び掛ってきた!
……駄目だ、こんな大人数相手に戦えるわけがない……。
こうなれば、方法は一つしかない!
「ちくしょ〜〜〜!!!覚えてろよ、ブス共!いつか復讐してやっからなぁ!あと橘!人の考えを読むのは止めろ!……これで勝ったと思うなよ!!!」
誰がどう見たって、負け犬の台詞だ。でも、これしか言えない……うぅ。
涙を輝かせながら、教室から走り去る。その後教室の中から、女子達の勝利の歓声が学校中に轟いた。
……目から零れ落ちる涙。あぁ、ちくしょう……負けた。
自分の楽園を捜し求め、廊下を泣きながら駆け出した……。
流す涙も枯れた頃、俺は気付けば人気のない理科室の近くに来ていた。ここは普段から薄暗く、理科の授業以外じゃ誰も訪れない。
虫も居るし、掃除もあまりされていない。誰も近寄らない場所。
何でここに来たんだろうか?……まさかここが、俺の捜し求めた楽園?
とりあえず、橘達に負けた悔しさを癒すため、理科室の壁に寄りかかる。ここなら廊下からの死角にあるので、誰も気が付かない。
今回の敗因を、しっかり反省する。そして、次回の戦いに向けて新たな論説を構築する。こういう所から、既に戦いは始まっているのだよ!
「……勇気の奴……ると……関り……方が……かもな」
「そうだね……もうあいつは……終わ………」
……?誰の声だ?それに……俺の名前!?
声は理科室の中から聞こえてくる。こっそり中を伺ってみた。だが、暗くて誰が話しているのかわからない。
「部活……こないし…それ………失望……信じてたのにな」
「悩み事……打ち明……それすらしない……」
いまいち言葉が聞き取れないので、もっと声の元に近づく。もう、誰が話しているのか理解できた。
「嫌な奴さ。もう信じるに値しない、信用できない、って事だろ?」
「そうなのかもね……だから最近……私もそう思うんだ。勇気はそうなのかなぁ、って」
……脳内から、とても苦い物質が滲み出て来た。
なんと表現すればいいのだろう?この感覚は。体が浮遊した感じ?悪酔いした感じ?
とにかく、心地良いものではなかった。吐き気がする。
……二人の言葉か信用できなかった。信じられない。いや、もしかしたらただの聞き違いかも。
「とにかく俺はもう、無視する。お前もそうなんだと思ってるんだろ、魅喜?」
「……うん……うん。いつも部活の時だけ勇気の奴、私達を嫌な目で見ているもんね。あれは怖かったなぁ」
「一体どこで……変わっちまったんだ?俺達は仲間じゃなかったのかな」
「だって……拒絶してるんだもん。勇気のことを。<私達>が。これからもそう。ずっとそう。仲が良く見えるのは、上辺だけ。きっとそう見えている……」
またいきなり、気が付いた。目の前にあるのは、俺の机とMD。……教室か。
さっきまでの橘達の狂喜の雄叫びはすっかりひき、いつもの学校風景だ。
そしてすぐに、さっきの出来事が鮮明に再生される。
「どうして……俺が……」
あの理科室で聞いたことは、全て嘘だったと思いたい。あれは悪い夢だったのだと。今日の昼休みあったことは、全て夢だったと。
……夢なんかじゃない。全て現実だ。
その事を教えてくれたのは、部活になってからだった。
いつもの様に帰り支度をして、昇降口へと向かう。その途中、部活に向かう大樹と魅喜にすれちがった。ほんの昨日まで、今日の部活はどうするのか尋ねてきた二人が、突然まったくの無口で素通りした。
ギャグの掛け合いもなし。悪態をつくこともなし。ただ、無視した。
そして……鷹のような目つきで、鋭く俺を睨んだ。……寒かった。
下校する途中でであった、他のクラスメートも、同じような目で見つめてきた。
先生も、地域の人も。みんなが責める事も無く、 なぜか鷹のような目つきで睨んできた。声もまったくかけずに。
でも、何も言わずともわかった。その目に秘められていたのは、憎悪。嫌悪。憎しみ。
「どうして俺が……あいつらに……守ってやるべきあいつらに……嫌われなけりゃいけないんだ……?」
涙は出ない。悲しい思いもない。ただただ、疑念が渦巻いていた。