表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
the loop world  作者: 灰雲
12/18

違和感の発芽


今日、突然何かが変わるとしても。俺はその時まで全てを楽しみ、受け入れよう。例え今までの日々が粉々になったとしても、俺は悔いの残らないようにしたい。今の日常にありふれた、飽食した幸せを精一杯感じよう。

そう心の中に決め、学校への道を自転車で漕ぎ出す。太陽はいつもより明るく、空はどこまでも澄み渡っていた。俺の心も、それに劣らぬ位に広々として、輝いている。

つい昨日までとの俺とはまったく人が違ったようだ。昨日は、少々悪い方向に物を考えすぎたんだ。これからは気をつけないと。これじゃ、ホントに心身ともにまいっちまうなぁ。あはは……。



……こんなに気分が良いのは、恐らく昨夜見た美しい世界のおかげだろう。あの暖かい光に見とれているうちに、心の中の汚れはすっかり落ちてしまっていた。




学校に着き、校門をくぐる。いつもは見慣れているはずの学校が、これまた昨日と打って変わって、何か素晴らしいことがありそうに見えた。クラスメートの顔もいつもより健やかに見える。いつも目の前にあったはずの幸せを、かみ締めながら教室へ向かう。ホントはもっとゆっくり歩きながら、この幸せをかみ締めていたかったのだが、それだと時間が無くなってしまう。せわしなく動く時計の針に驚かされながら、力強く走り出した。

教室に入っても、別に何も変わらないいつもの風景。誰もが笑顔で談笑し、賑やかに過ごしている。だが、そこにはいつもと見慣れない輝きがあった。

……当然か。俺が今日、ポジティブに物を考えたから、全てが明るく見えるのだ。ああ、毎日をこう過ごせば良かった!何て勿体無いことを。今度からもっと明るく生活して、この幸せを謳歌しなければ!

そうだよ。俺が変われば俺の周りだって変わるのだ。俺が望んだから。幸せの世界を少しずつ築き上げていくことが出来ていくんだ。





………………だから。一瞬目の前の光景にちょっと驚いた。そこにあるのは凄惨な出来事じゃない。取るに足らない事だと言えば、それで終わるような事だった。……でも、俺の心の中にはそれが少し引っ掛かる。


俺の席の前は、大樹の席だ。その隣には、魅喜の席が。二人とも、いつもは俺より早く登校して、ここで馬鹿騒ぎをしているか、やり忘れた宿題をやっているかのどっちかなのだが。……今、目の前の席には大樹と魅喜の姿を確認できなかった。

「……どったのかねぇ?トイレに行ったのか?でも、もうベル席の時間だし……遅刻か?それとも休みか?」

いつもは元気に登校していても、ある日怪我や病気で休んでもそんなに不思議ではない。(超が付く位の健康優良児なら話は別だが。二人ともそうではない)

だが……何と言うのだろう。虫の知らせ?……とにかく。何か良くないことが起こりそうで、少し不安だった。

「……バッカ!こんなネガティブな考えをしてしまったら、また昨日と同じになっちまうぞ!」



自分に言い聞かせて、おとなしくチャイムが鳴るのを席で待つ。やがて、校門が閉まる音と同時に、チャイムが学校中に鳴り響く。

その音と同時に現れたのが……大樹と魅喜だった。二人とも息を切らせている。すぐに席に着くと、深く深呼吸をした。

「おっはよ、大樹に魅喜!どうしたんだい?今日は朝からランニングかぁ?」

明るく努めようとして、最高だと自信を持って言える位の笑顔で話しかける。俺はそこで、同じ位の声で返してくれる事を期待していた。


「よぉ、おはよ!勇気!」

「元気ねぇ。今日はどったの〜?可愛い子にでも出会った?」


大樹も魅喜も、俺の期待通りに返事をしてくれた。それを見て、自分の憂鬱がいかに下らない事だったかを知る。

「違うって。かわいこちゃんなら、俺の目の前にいるさ」

「え……えぇっと……それってどういう意味……」

「おおっと、勇気が積極的なアプローチ!二人の間に愛が、」

突如、魅喜のデジモンのストラップが大樹の鼻先に叩き込まれる!

大樹は絶叫しながら床を転げまわり、机や教壇に体を激しく打ちつけ、魅喜は怒ったような、でも少し照れた顔をして席についた。


……俺が変われば、昨日までの暗い世界は無かった事になるんだ。だから、この笑顔を何時までも絶やさないようにしたい、仲間達との愉快な時間を何時までも永らえさせていたい。それが続く限り、友達同士で恨みあう、おかしな世界はやってこないのだから……。









「さぁて、飯の時間だ!今日のはコンビニのアンパンだけじゃねぇぜ!?牛乳とプリン付だああぁぁぁ!!」

誇らしげに、ビニール袋から今日のデラックスランチを取り出してみせる。ふっふっふ……どうだ、この完璧な昼食に言葉が出まい……!そして、それを俺様が食べるのを羨ましげに見るしか出来ないのだ!


……確かに皆言葉を失っていた……。なにやら苦笑しているし……。何がおかしいんだ?

「う……うん。確かに凄いわよね。プリンもついてるし……」

「あ……勇気。もし足りなかったら、遠慮しないで俺達に言えよ。少しぐらいなら分けてやるから……」


何だって俺が昼食を分けてもらなけりゃならんのだ。こんな完璧な料理があるのに、他に何を望む?

「あ……俺の今日の昼食はさ。デミグラスソースハンバーグに、苺のショートケーキだからさ。何か欲しいのがあったら言えよ」

「私のはステーキセット弁当だし……何枚かはあげるよ。ほら、勇気ってこういうのが好きでしょ?」

……上には上がいたのだ。

俺がコンビニで昼食代を500円以内にして、なおかつ満たされる食事を悩みぬいたのに……!こいつらはそんな俺の苦労を……

所詮、俺は井の中の蛙、って事か。こんな3時のおやつみたいな飯で喜んでる俺は、魅喜や大樹にとって、どんな風に見えているんだろうか……。


「気にするなよ、勇気……。別に<かなり安そう>とか思ってないから……」

「そうだよ……あたし達、<腹が満たされなさそうだなぁ>なんて考えないし……」

「うわあぁぁああぁぁぁ!!この鬼達め!高校生なのに、小遣いなんて一度たりとも貰ってない事を知っていて、そんな事を言っているのかあぁぁぁ!!」

「「あ、ご、ごめん……」」

二人の声が見事にハモる。

「正直に言えよ!心の中で俺の弁当を見て思ったことを正直に話してみろぃ!」


「「うわぁ、貧乏だなぁ」」


俺の思ったとおりの言葉が返ってくる……。うう、そんなに安っぽいのか!?

世界には恵まれない子供もいるというのに、こいつらはなんて贅沢なことをっ!

「ち、ちきしょ〜〜〜〜!!!俺の小遣いなんてなぁ、公園や道端に落ちている小銭を拾って集めただけなのに……!」


「「うわぁ、がんばってるなぁ」」


ここまで綺麗にハモられると、すごく自分が惨めに思えてくる……

ああ、我が人生は他人にはどう見えているんだろうか……。

「うるせぇ!そんな贅沢なことばかり言っている貴様らは修正してやる!はい、指導指導指導指導指導ぉぉぉぉぉ!!」

両手を振り上げ、二人を追い回す!少々の障害物など、今の俺にとっては無いに等しい!!

序盤、大樹と魅喜のトリッキーな移動に惑わされたが、途中で大樹が机に足を引っ掛け、俺の有利に!足の力を駆使し、大樹に飛び掛る!

手をのばし、あと少しで大樹の首元に届く!

「終わりだああぁぁぁ!!!覚悟しろやあぁぁぁ!!」

その瞬間、体中から力が抜ける。

膝をつき、バッタリと倒れこんでしまった。

「ど、どした?勇気?」

「うぅ……お腹がすいて力が出ないよぉ……」

今までの全力鬼ごっこを見ていた全員が、笑い出す。大樹も魅喜もつられて笑い出す。

俺は腹がすきすぎて笑い出せそうに無かった……



立ち上がり、服についた埃をはらう。……腹の虫が、飯はまだかと叫んでいた。

「まずは飯を食おうぜ……ホント、力が出ない……。はやく俺のデラックスランチを、」

「ごめん、ちょっとトイレに行って来る。それまで飯は待っててくれないか?」

「私もトイレに。待っててね」

いきなり言葉を遮られる。

「……そうなのか。んじゃ、早く戻ってきてくれよ。お前らの弁当楽しみにしてるから」

大樹と魅喜は、二人で教室から出て行った。

後に残された俺は、自分の安いデラックスランチを取り出し、飯の準備をする。

おかしいなぁ……。突然、空腹感がどこかに消えうせてしまっている……。

その代わりに残るのは、昨日宿したあの薄暗い気持ちのみ。



……たまたまタイミングが悪かっただけなのだろう。意図的に俺の言葉を遮ったわけがあるわけないじゃないか。

ほら、そんな悪い考えは捨てて明るく努めようじゃないか。そんな悪い考え、するだけでも毒にしかならないんだから……。

……俺の心には小さな灰雲が出来ていた……。でも、それがどう成長するのか、なんて考える必要は無い。だって、こんなにも楽しく、晴れた日に雲が空を覆うことなんてありえるわけがないんだから。

『…………本当に?』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ