暗雲と夜空
『わかんないかな。この世界はお前が望んだからこそ、作り上げられた世界。お前が望んだ行動が引き起こした世界。こうなるのも当然さ。理解できたかな?』
え……?え………………?それってどういうことだよ……。
俺が望んだ行動って何だよ……。
『どこまでも鈍いな、お前は。簡単なことじゃないか。お前が、自分から皆の期待を、思いを、願いを裏切った。お前なら出来ると思っていたのに。それを見事に裏切ってくれたんじゃないか』
………皆の……期待を?思いを、願いを?……ははっ、それってつまり、どういうことだ……?
俺は、何をどうして皆の期待を裏切ったって言うんだよ……?
『……ここまで鈍いなんてな。もういい。はっきりと言ってやるよ。どうせ、理解してるくせに俺に言わせるなんて、つくづくお前は卑怯者だな』
能書きはいい…………とっとと教えてくれ……
俺は一体何をして、こんな世界を作り上げたんだよ………?
『お前が望んだんじゃないか。部活をもうやらないって。皆の熱い気持ちを全てぶち壊しただろう?そしてお前は涼しい顔をしている。だから皆はお前を恨み、蔑んだ。これがお前の望んだ世界の姿だよ』
おい…………嘘だろ……?
ちょっと待ってくれよ。俺は澄香さんに言われたとおりの行動をしてきただけじゃないか……。その結果がこれだって?
……何だよ、それ。俺は皆を守るために行動してきたつもりが、実は皆を裏切っていたって言うのかよ?
嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ…………?
『もう一度言うぜ。お前が今の状況を、望んで作り出したんだ。ところがそれを他人の所為にしようなんて、随分汚い奴だ。自分が諸悪の根源の癖に。本当にお前にはこの言葉が似合うぜ。…………<卑怯者>。』
世界の色彩がぐるりと反転する。凄まじい吐き気と、頭痛が俺を襲う。
床に突っ伏し、呼吸も上手くできない。涙がこみ上げてくるが、何故か出てこないで目に溜まる。……痛い。
でも、何よりも心を握りつぶされた痛みが一番の激痛だった。
次の瞬間、俺は絶叫を上げていた。
「う…………うわあぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そんな……!どうして……!?何故!?俺は戦ってきたつもりでいたはずが、皆を裏切ったって言うのかよ?そんな馬鹿なはずがあるわけないだろう!
泣き叫ぶ俺を見つめ、心の中のもう一人の俺がゲラゲラと馬鹿みたいに笑う。
「黙れ黙れぇぇぇ!!俺は正しいことをしてきた!皆を救うために戦ってきたじゃないか!散々澄香さんに脅かされてもこの世界に来たのに!それが裏切りだって!?人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
それでももう一人の俺は馬鹿笑いを続けている。
自転車に乗り、坂道を下り、家へと突っ走る。だけど、もう一人の笑い声はどこまでもついてくる。
家に飛び込み、すぐさま鍵をかけ、2階の寝室へと向かう。そして布団を被り、ガタガタ震えていた。
(俺が皆を裏切った……?皆を救うための行動がまったく逆だったとでも言うのかよ?嘘だ嘘だ嘘だ……。俺は悪いことなんかしていない……。…じゃぁ、誰がこんな世界を作り上げたって言うんだ?)
自分の所為にしたくなくて、必死に考える。なぜか、もう一人の俺の言葉に納得するのは、非常に不愉快で仕方がなかった。でも、薄々は気付いている……。そのたびにそんな考えを頭の中から追い払う。
(そうだよ……!澄香さんが悪いんじゃないか!俺にこんな行動をするように指示したのは、あの人じゃないか!)
だが、そんな考えはすぐに打ち消される。
(何を馬鹿なことを。あの人は、俺が世界を変えるために力を貸してくれたんじゃないか。俺が世界を変える覚悟を聞いたからこそ、この世界に連れて来てくれたんじゃないか……。じゃぁ。やっぱり……悪いのは……)
頭の中に浮かんでくるのは、自分が認めたくない事ばかり。そんなのを認めたくないと、必死になっているうちに、ある一つの考えが思いついた。
……これ以上ないくらい、愚かで。馬鹿らしくて。現実を認めない自分が生み出した、悪魔の思いつき。
だが、今の俺にはそんな事は気にならなかった。それぐらい、その答えは自分にとって都合の良いものだった。
(皆が悪いんじゃないか。大樹が、魅喜が、先生とか。そうだ、下級生共もだ。三浦や及川。灰谷に浦河、村上。そうだよ……!俺は皆を救おうとしてきただけなのに、それをあいつらから裏切ったんじゃないか!世界を救おうとしている俺にとっては、部活だの大会だのどうだっていいことなのに。連中はそんな小さな事ばかりに目が行って。救いを差し出す俺を軽蔑したような目で見やがって……!!)
どんどん、黒い考えは膨らんでゆく。それは止まる所を知らない。
やがて、沢山の悪魔の囁きを受けた頃、急に黒い風船はしぼんだ。
突然のことに、何故か自分でも驚いてしまった。
(俺は何て恐ろしい考えを……!一瞬とはいえ、友人達を心の底から憎んでしまった!疑ってしまった!……ああ、どうして俺はこんなに救えない馬鹿なんだよ……。本当にゴメンよ、皆……)
いつしか、もう一人の俺の馬鹿笑いは聞こえなくなっていた。
それを確かめると、布団に潜り込み、今日一日のことを思い返す。
大樹と怒鳴りあってしまったこと。魅喜の心遣いを無視してしまったこと。
(皆……ゴメン。俺が悪かったよ。だから……皆は俺のことを許してくれるか……?)
今度は、俺の心の中には許しを請う泣き声で満たされていた。
ふと、窓の外に目を向ける。……空は高く、雲ひとつない
星達は小さく輝き、まるで蛍のように夜空を飾る。その中にぽっかりと、空に穴が開いたように満月が佇んでいた。月の白い光が、暗い夜の世界を淡く照らし出す。星が空を美しく飾り、町並みを月と共に照らしだす。
その光は、派手な町のネオンや街灯や電光掲示板ほど光ってはいないが。確かにその存在を皆に知らしめる美しさがあった。……その光が、とても暖かく見えて。俺はいても立ってもいられなくなり、寝巻き姿のままで外へと出た。
街灯が家の周りをボンヤリと照らしている。そんな無機質な光より、弱弱しくて、けれども美しい光に目を奪われていた。白くて、まるでお伽話とかの挿絵にありそうな幻想的な光。何時までもそれを見続けている。
気が付けば、暗闇を照らすその光にゆっくりと吸い込まれそうになっていた。
「さすがにもう夜も遅いな。そろそろ寝るか……」
玄関へと向かう途中、もう一度空を見上げる。先ほどまでと変わらない、美しい星と月。その夜空の芸術に、またしばらく目を奪われる。心の中の暗雲は、すっかりかき消え去っていた。
十分に美しさを堪能した後、今度こそ玄関に入り、寝室へと向かい、布団に入る。
……空はどこまでも高く。月と星は輝いていた。