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追放された宮廷魔導師は、辺境で世界最強の弟子を育てます

作者: 伊田木 鈴
掲載日:2026/03/20

「貴様の魔法は古い。宮廷に不要だ」


二十年仕えた王宮を追い出された日、俺は笑っていた。


ようやく、好きなだけ魔法の研究ができる。


追放の理由なんて分かっている。ヴァルター宰相の息子――ユリウスを「才能がない」と正直に評価したからだ。


事実を言っただけだ。あの坊ちゃんの魔力量は平均以下。宮廷魔導師団に入れるなど、本人のためにならない。


だが、宰相閣下にとって真実は不都合だったらしい。


翌日には追放令が出ていた。


「アルド・ヴェーバー、国家反逆の疑いにより宮廷魔導師の地位を剥奪する」


反逆。笑わせる。


俺は二十年間、この王国の魔法防衛を一人で支えてきた。国境の結界も、王都の浄水魔法も、疫病封じの術式も、全部俺が組んだものだ。


だが、弁明はしなかった。


政治に興味がない。昔からそうだ。魔法の研究さえできれば、場所はどこでもいい。


荷物をまとめるのに半日もかからなかった。研究ノートと最低限の触媒。それだけ。


馬車に揺られて三日。王都から遠く離れた辺境の村、ローゼンに着いた。


人口二百人。周囲は森と山。店は一軒。宿屋すらない。


完璧だ。


村長に頼んで、使われていない小屋を借りた。家賃は月に銀貨二枚。安い。


翌日から、念願の研究生活が始まった。


朝起きて、魔法陣を描く。昼まで術式の検証。午後は森で素材採取。夜は理論の整理。


誰にも邪魔されない。報告書も、会議も、宮廷の陰謀もない。


最高だ。





異変が起きたのは、村に来て一週間目のことだった。


夜中に、凄まじい魔力の波動を感じて目が覚めた。


「なんだ、これは……」


村の外れ。森との境界。そこから、制御を失った魔力が噴き出している。


駆けつけると、少女がいた。


十二、三歳だろうか。赤い髪の、痩せた子供。


その子の身体から、魔力が暴走していた。


周囲の木々が捻じれ、地面が割れ、空気が焼けている。本人は地面にうずくまって、必死に何かを抑え込もうとしていた。


「助けて……誰か……」


とっさに、魔力遮断の結界を展開した。


三重構造。宮廷防衛用の最高位術式。それでも、少女の魔力に結界が軋む。


――この魔力量は、尋常じゃない。


俺の全盛期を超えている。いや、俺が知るどの魔導師よりも大きい。


十分かけて、暴走を鎮めた。


少女はぐったりと倒れている。意識はある。怯えた目でこちらを見ていた。


「……殺さないで」


その一言で、全てを察した。


「殺さないよ。俺は魔導師だ。名前は?」


「……リーナ」


「リーナ。君の魔力は暴走しているだけだ。壊れてなんかいない」


少女の目が大きく見開かれた。


後で村長に聞いた話では、リーナは「災厄の子」と呼ばれていた。


幼い頃から魔力が暴走し、畑を焼き、家畜を傷つけた。両親は村を出て行き、リーナは一人で森の端に住んでいる。


村人は誰も近づかない。


「あの子に関わらない方がいい。災いを呼ぶ」


村長はそう言った。


俺は翌日、リーナの小屋を訪ねた。


「魔法を教えてやろうか」


「……え?」


「君の魔力は膨大すぎて、身体が器として追いついていないだけだ。制御の方法を覚えれば、暴走は止まる」


リーナは信じられないという顔をした。


「私の魔法は、呪いだって……みんなが……」


「呪いじゃない。才能だ」


俺は断言した。


二十年、宮廷で何百人もの魔導師を見てきた。才能のある者、ない者、努力で伸びる者、壁にぶつかる者。


この子は――規格外だ。


正しく導けば、歴史に名を残す魔導師になれる。


「……本当に、教えてくれるの?」


「ああ。ただし、楽じゃないぞ」


リーナの目に、初めて光が灯った。





指導が始まった。


まず、基礎の基礎から。


魔力の流れを感じること。呼吸と同期させること。身体の中に回路を作ること。


宮廷では当たり前に教わることだが、リーナは独学どころか、誰からも何も教わっていない。暴走するのは当然だった。


「力を押さえ込むな。流せ。川と同じだ。堰き止めれば溢れる。流れを作れば制御できる」


最初の一ヶ月は、魔力制御だけをやった。


リーナは飲み込みが早かった。驚くほど早い。


俺が三年かけて習得した制御術を、三週間でものにした。


「先生、これでいい?」


「ああ。完璧だ」


「完璧」という言葉に、リーナが泣いた。


生まれて初めて、自分の力を褒められたのだと。


二ヶ月目から、攻撃魔法と防御魔法を教え始めた。


リーナの魔力量は桁違いだ。普通の術式では器が合わない。俺は毎晩、リーナ専用の術式を設計した。


これが楽しかった。


宮廷での仕事は、既存の術式を維持管理するだけの退屈な作業だった。だが今は、前人未踏の魔力量を持つ少女のために、新しい魔法理論を構築している。


研究者として、これ以上の喜びはない。


三ヶ月が経つ頃には、リーナは王国の平均的な宮廷魔導師を超えていた。


半年後には、上位魔導師と互角。


そして一年後――。


「先生。私、強くなった?」


「ああ。お前はもう、この国で五本の指に入る」


「五本の指……」


「謙遜して言ってるんだぞ。本当は三本だ」


リーナが嬉しそうに笑った。


この一年で、リーナは変わった。怯えた目は消え、真っ直ぐに前を見るようになった。村人たちとも少しずつ打ち解けている。暴走は完全になくなった。


魔法の制御を学ぶことは、自分自身を制御することでもある。


リーナは自分の力を、ようやく受け入れることができたのだ。





転機は、王国魔導大会の知らせだった。


年に一度、若手魔導師が腕を競う大会。優勝者には宮廷魔導師への推薦権が与えられる。


「先生、私、出たい」


「なぜだ?」


「先生の魔法が古くなんかないって、証明したいから」


……参った。


俺は追放のことをリーナに話したことはない。だが、村の噂で知ったのだろう。


「お前の実力を証明する場としては悪くない。出ろ」


リーナは大きく頷いた。





王都。一年ぶりだった。


大会会場の闘技場には、数千人の観客が詰めかけている。出場者は六十四名。トーナメント形式。


リーナは辺境の無名の少女として登録した。俺の名前は出していない。


予選から、リーナは異次元だった。


一回戦。相手の魔法を見切り、最小限の魔力で無力化。


二回戦。相手が術式を組む前に、制御された一撃で決着。


三回戦。防御魔法の精度に、観客がどよめいた。


「あの少女は何者だ?」


「辺境の村から来たらしい」


「嘘だろう。あの制御力は宮廷仕込みだぞ」


観客席で聞こえてくる声に、俺は静かに笑った。


そうだ。宮廷仕込みだ。二十年分の知識と経験を、全部この子に注ぎ込んだ。


準決勝。ここでリーナの相手が決まった。


ユリウス・ヴァルター。宰相の息子。


観客席の最上段に、ヴァルター宰相の姿が見えた。太った体を椅子に沈め、余裕の笑みを浮かべている。


息子のユリウスは、一年前より格段に強くなっていた。だが、その強さの質が気に入らない。


魔力増幅の首飾り。術式補助の腕輪。禁制品すれすれの強化装具を、全身にまとっている。


本人の実力ではない。金の力だ。


試合が始まった。


ユリウスが先手を取った。火炎の大魔法。強化装具の恩恵で、宮廷上位クラスの威力がある。


だが、リーナは動じなかった。


片手で防御結界を展開し、火炎を受け流す。涼しい顔だ。


「なっ……!」


ユリウスが動揺した。最大火力が通じないのだ。


リーナが一歩踏み出した。


その瞬間――異変が起きた。


リーナの足元の魔法陣が、一瞬だけ歪んだ。


妨害術式。外部から、リーナの魔力回路に干渉している。


観客は気づかない。だが俺には分かった。闘技場の地下に、術式が仕込まれている。


ヴァルター宰相の仕業だ。


リーナも気づいたはずだ。足元の魔力の流れが不自然に乱れている。


だが――リーナは笑った。


「先生が教えてくれたんです。『外部干渉を受けたら、それを自分の回路に取り込め。敵の魔力も、使い方次第で燃料になる』って」


妨害術式の魔力を吸収し、自分の魔法に上乗せした。


俺が教えた「魔力転換術」。本来は暴走対策として教えたものだが、こういう使い方もできる。


リーナの身体から、圧倒的な魔力が放出された。


「終わりです」


一撃。


精密に制御された魔力の奔流が、ユリウスの全ての強化装具を一瞬で無力化した。装具だけを正確に破壊し、本人には傷一つつけていない。


これが制御力だ。


ユリウスは膝から崩れ落ちた。装具なしの彼は、ただの平均以下の魔導師でしかない。


場内が静まり返った。


そして、爆発的な歓声が沸き起こった。





決勝戦もリーナが圧勝した。


だが、それよりも大きな波紋が広がっていた。


準決勝で使われた妨害術式。大会の審判団がすぐに調査を開始した。闘技場の地下から、違法な術式装置が発見された。


装置に刻まれた所有者の紋章は――ヴァルター家のものだった。


「こ、これは陰謀だ! 誰かが我が家の紋章を偽造したのだ!」


宰相は叫んだが、審判団は冷静だった。


調査が進むにつれ、次々と不正が発覚した。過去の大会での妨害工作。宮廷魔導師団の人事への不当介入。国家予算の私的流用。


芋づる式だった。


一週間後、ヴァルター宰相は全ての役職を剥奪され、王都から追放された。


皮肉なものだ。俺を追放した男が、同じ道を辿ることになるとは。





大会の後、国王から直接呼び出しを受けた。


「アルドよ。宮廷に戻ってくれ。お前なしでは王国の魔法防衛が成り立たぬ」


分かっている。俺が組んだ結界術式は、俺にしか保守できない。一年間放置されて、あちこちガタが来ているはずだ。


だが。


「陛下。申し訳ありませんが、辞退いたします」


「なぜだ?」


「辺境に、まだ教えるべきことが残っている弟子がおりますので」


国王は目を丸くし、それから笑った。


「お前は昔からそうだな。自分のことには興味がない」


「魔法の研究には興味があります。それだけは、誰にも負けません」


結界の保守については、マニュアルを作成して引き継ぐことにした。リーナが宮廷に出入りできるよう、推薦状も書いた。


帰りの馬車で、リーナが聞いてきた。


「先生、本当に戻らなくていいの?」


「ああ」


「寂しくない?」


「寂しいわけがないだろう。研究が待っている。それに――」


馬車の窓から、辺境の山々が見えてきた。


「お前を教えるのが楽しいんだ。宮廷の仕事より、ずっと」


リーナが隣で、静かに泣いていた。


俺は気づかないふりをして、窓の外を眺めていた。


辺境の空は、今日も広い。研究ノートには、新しい術式の構想がびっしり書き込まれている。リーナに教えたいことは、まだ山ほどある。


追放された日、俺は笑っていた。


今も、笑っている。


理由は少しだけ、変わったけれど。

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