追放された宮廷魔導師は、辺境で世界最強の弟子を育てます
「貴様の魔法は古い。宮廷に不要だ」
二十年仕えた王宮を追い出された日、俺は笑っていた。
ようやく、好きなだけ魔法の研究ができる。
追放の理由なんて分かっている。ヴァルター宰相の息子――ユリウスを「才能がない」と正直に評価したからだ。
事実を言っただけだ。あの坊ちゃんの魔力量は平均以下。宮廷魔導師団に入れるなど、本人のためにならない。
だが、宰相閣下にとって真実は不都合だったらしい。
翌日には追放令が出ていた。
「アルド・ヴェーバー、国家反逆の疑いにより宮廷魔導師の地位を剥奪する」
反逆。笑わせる。
俺は二十年間、この王国の魔法防衛を一人で支えてきた。国境の結界も、王都の浄水魔法も、疫病封じの術式も、全部俺が組んだものだ。
だが、弁明はしなかった。
政治に興味がない。昔からそうだ。魔法の研究さえできれば、場所はどこでもいい。
荷物をまとめるのに半日もかからなかった。研究ノートと最低限の触媒。それだけ。
馬車に揺られて三日。王都から遠く離れた辺境の村、ローゼンに着いた。
人口二百人。周囲は森と山。店は一軒。宿屋すらない。
完璧だ。
村長に頼んで、使われていない小屋を借りた。家賃は月に銀貨二枚。安い。
翌日から、念願の研究生活が始まった。
朝起きて、魔法陣を描く。昼まで術式の検証。午後は森で素材採取。夜は理論の整理。
誰にも邪魔されない。報告書も、会議も、宮廷の陰謀もない。
最高だ。
異変が起きたのは、村に来て一週間目のことだった。
夜中に、凄まじい魔力の波動を感じて目が覚めた。
「なんだ、これは……」
村の外れ。森との境界。そこから、制御を失った魔力が噴き出している。
駆けつけると、少女がいた。
十二、三歳だろうか。赤い髪の、痩せた子供。
その子の身体から、魔力が暴走していた。
周囲の木々が捻じれ、地面が割れ、空気が焼けている。本人は地面にうずくまって、必死に何かを抑え込もうとしていた。
「助けて……誰か……」
とっさに、魔力遮断の結界を展開した。
三重構造。宮廷防衛用の最高位術式。それでも、少女の魔力に結界が軋む。
――この魔力量は、尋常じゃない。
俺の全盛期を超えている。いや、俺が知るどの魔導師よりも大きい。
十分かけて、暴走を鎮めた。
少女はぐったりと倒れている。意識はある。怯えた目でこちらを見ていた。
「……殺さないで」
その一言で、全てを察した。
「殺さないよ。俺は魔導師だ。名前は?」
「……リーナ」
「リーナ。君の魔力は暴走しているだけだ。壊れてなんかいない」
少女の目が大きく見開かれた。
後で村長に聞いた話では、リーナは「災厄の子」と呼ばれていた。
幼い頃から魔力が暴走し、畑を焼き、家畜を傷つけた。両親は村を出て行き、リーナは一人で森の端に住んでいる。
村人は誰も近づかない。
「あの子に関わらない方がいい。災いを呼ぶ」
村長はそう言った。
俺は翌日、リーナの小屋を訪ねた。
「魔法を教えてやろうか」
「……え?」
「君の魔力は膨大すぎて、身体が器として追いついていないだけだ。制御の方法を覚えれば、暴走は止まる」
リーナは信じられないという顔をした。
「私の魔法は、呪いだって……みんなが……」
「呪いじゃない。才能だ」
俺は断言した。
二十年、宮廷で何百人もの魔導師を見てきた。才能のある者、ない者、努力で伸びる者、壁にぶつかる者。
この子は――規格外だ。
正しく導けば、歴史に名を残す魔導師になれる。
「……本当に、教えてくれるの?」
「ああ。ただし、楽じゃないぞ」
リーナの目に、初めて光が灯った。
指導が始まった。
まず、基礎の基礎から。
魔力の流れを感じること。呼吸と同期させること。身体の中に回路を作ること。
宮廷では当たり前に教わることだが、リーナは独学どころか、誰からも何も教わっていない。暴走するのは当然だった。
「力を押さえ込むな。流せ。川と同じだ。堰き止めれば溢れる。流れを作れば制御できる」
最初の一ヶ月は、魔力制御だけをやった。
リーナは飲み込みが早かった。驚くほど早い。
俺が三年かけて習得した制御術を、三週間でものにした。
「先生、これでいい?」
「ああ。完璧だ」
「完璧」という言葉に、リーナが泣いた。
生まれて初めて、自分の力を褒められたのだと。
二ヶ月目から、攻撃魔法と防御魔法を教え始めた。
リーナの魔力量は桁違いだ。普通の術式では器が合わない。俺は毎晩、リーナ専用の術式を設計した。
これが楽しかった。
宮廷での仕事は、既存の術式を維持管理するだけの退屈な作業だった。だが今は、前人未踏の魔力量を持つ少女のために、新しい魔法理論を構築している。
研究者として、これ以上の喜びはない。
三ヶ月が経つ頃には、リーナは王国の平均的な宮廷魔導師を超えていた。
半年後には、上位魔導師と互角。
そして一年後――。
「先生。私、強くなった?」
「ああ。お前はもう、この国で五本の指に入る」
「五本の指……」
「謙遜して言ってるんだぞ。本当は三本だ」
リーナが嬉しそうに笑った。
この一年で、リーナは変わった。怯えた目は消え、真っ直ぐに前を見るようになった。村人たちとも少しずつ打ち解けている。暴走は完全になくなった。
魔法の制御を学ぶことは、自分自身を制御することでもある。
リーナは自分の力を、ようやく受け入れることができたのだ。
転機は、王国魔導大会の知らせだった。
年に一度、若手魔導師が腕を競う大会。優勝者には宮廷魔導師への推薦権が与えられる。
「先生、私、出たい」
「なぜだ?」
「先生の魔法が古くなんかないって、証明したいから」
……参った。
俺は追放のことをリーナに話したことはない。だが、村の噂で知ったのだろう。
「お前の実力を証明する場としては悪くない。出ろ」
リーナは大きく頷いた。
王都。一年ぶりだった。
大会会場の闘技場には、数千人の観客が詰めかけている。出場者は六十四名。トーナメント形式。
リーナは辺境の無名の少女として登録した。俺の名前は出していない。
予選から、リーナは異次元だった。
一回戦。相手の魔法を見切り、最小限の魔力で無力化。
二回戦。相手が術式を組む前に、制御された一撃で決着。
三回戦。防御魔法の精度に、観客がどよめいた。
「あの少女は何者だ?」
「辺境の村から来たらしい」
「嘘だろう。あの制御力は宮廷仕込みだぞ」
観客席で聞こえてくる声に、俺は静かに笑った。
そうだ。宮廷仕込みだ。二十年分の知識と経験を、全部この子に注ぎ込んだ。
準決勝。ここでリーナの相手が決まった。
ユリウス・ヴァルター。宰相の息子。
観客席の最上段に、ヴァルター宰相の姿が見えた。太った体を椅子に沈め、余裕の笑みを浮かべている。
息子のユリウスは、一年前より格段に強くなっていた。だが、その強さの質が気に入らない。
魔力増幅の首飾り。術式補助の腕輪。禁制品すれすれの強化装具を、全身にまとっている。
本人の実力ではない。金の力だ。
試合が始まった。
ユリウスが先手を取った。火炎の大魔法。強化装具の恩恵で、宮廷上位クラスの威力がある。
だが、リーナは動じなかった。
片手で防御結界を展開し、火炎を受け流す。涼しい顔だ。
「なっ……!」
ユリウスが動揺した。最大火力が通じないのだ。
リーナが一歩踏み出した。
その瞬間――異変が起きた。
リーナの足元の魔法陣が、一瞬だけ歪んだ。
妨害術式。外部から、リーナの魔力回路に干渉している。
観客は気づかない。だが俺には分かった。闘技場の地下に、術式が仕込まれている。
ヴァルター宰相の仕業だ。
リーナも気づいたはずだ。足元の魔力の流れが不自然に乱れている。
だが――リーナは笑った。
「先生が教えてくれたんです。『外部干渉を受けたら、それを自分の回路に取り込め。敵の魔力も、使い方次第で燃料になる』って」
妨害術式の魔力を吸収し、自分の魔法に上乗せした。
俺が教えた「魔力転換術」。本来は暴走対策として教えたものだが、こういう使い方もできる。
リーナの身体から、圧倒的な魔力が放出された。
「終わりです」
一撃。
精密に制御された魔力の奔流が、ユリウスの全ての強化装具を一瞬で無力化した。装具だけを正確に破壊し、本人には傷一つつけていない。
これが制御力だ。
ユリウスは膝から崩れ落ちた。装具なしの彼は、ただの平均以下の魔導師でしかない。
場内が静まり返った。
そして、爆発的な歓声が沸き起こった。
決勝戦もリーナが圧勝した。
だが、それよりも大きな波紋が広がっていた。
準決勝で使われた妨害術式。大会の審判団がすぐに調査を開始した。闘技場の地下から、違法な術式装置が発見された。
装置に刻まれた所有者の紋章は――ヴァルター家のものだった。
「こ、これは陰謀だ! 誰かが我が家の紋章を偽造したのだ!」
宰相は叫んだが、審判団は冷静だった。
調査が進むにつれ、次々と不正が発覚した。過去の大会での妨害工作。宮廷魔導師団の人事への不当介入。国家予算の私的流用。
芋づる式だった。
一週間後、ヴァルター宰相は全ての役職を剥奪され、王都から追放された。
皮肉なものだ。俺を追放した男が、同じ道を辿ることになるとは。
大会の後、国王から直接呼び出しを受けた。
「アルドよ。宮廷に戻ってくれ。お前なしでは王国の魔法防衛が成り立たぬ」
分かっている。俺が組んだ結界術式は、俺にしか保守できない。一年間放置されて、あちこちガタが来ているはずだ。
だが。
「陛下。申し訳ありませんが、辞退いたします」
「なぜだ?」
「辺境に、まだ教えるべきことが残っている弟子がおりますので」
国王は目を丸くし、それから笑った。
「お前は昔からそうだな。自分のことには興味がない」
「魔法の研究には興味があります。それだけは、誰にも負けません」
結界の保守については、マニュアルを作成して引き継ぐことにした。リーナが宮廷に出入りできるよう、推薦状も書いた。
帰りの馬車で、リーナが聞いてきた。
「先生、本当に戻らなくていいの?」
「ああ」
「寂しくない?」
「寂しいわけがないだろう。研究が待っている。それに――」
馬車の窓から、辺境の山々が見えてきた。
「お前を教えるのが楽しいんだ。宮廷の仕事より、ずっと」
リーナが隣で、静かに泣いていた。
俺は気づかないふりをして、窓の外を眺めていた。
辺境の空は、今日も広い。研究ノートには、新しい術式の構想がびっしり書き込まれている。リーナに教えたいことは、まだ山ほどある。
追放された日、俺は笑っていた。
今も、笑っている。
理由は少しだけ、変わったけれど。




