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第63話:ディストピア

 人類が未だ滅亡していないこと——それ自体が、一種の奇跡とされていた。


 異世界からの来訪者との幾多の戦争、魔物を生み出すようになった大地——理由を挙げれば枚挙に暇がない。だが、人類を真に追い詰めている原因は別にあった。


 空気のように自然に存在し、世界に流れている魔力という存在――正確には魔力に含まれている一部の魔素が、人類にとっての毒となっている。


 いつから毒が含まれるようになったかは分からない。異世界人が流入したことによる影響と言われる説もあり、有力説とされた時代も長かった。それ故に、魔素の毒によって肉体を蝕まれる症状は異界病と名付けられた。


 だが、結論を言えば、異界病は異世界人たちも蝕む病であることから、病名の由来である『異世界』が原因だと確定しているわけではない。そのため、元々地球に住んでいた人類は異界病と呼ぶことが多いが、異世界からやってきた者たちは異界病と呼ぶことは少なく、「魔力中毒」や「魔素毒」といった病名で呼ばれることの方が多い。


 実際にシルは、時雨悠人やセブンスが異界病を口にするまで、その別名を知らなかった。


 そして、この病が確認され始めたのは、およそ2000年ほど前――時雨悠人が魔王を倒し人類に裏切られてから1000年後にあたる時期のことで、今なお人類を脅かし続ける病である。


 異界病を防ぐには、魔力を洗浄して、それに含まれる毒を除去する必要があるが、そのためには設備を常に稼働させ続けなければならず、その維持には大量のエネルギーと、メンテナンスをするための人材が必要になってくる。


 しかも、魔力に含まれる毒となる魔素の成分は時間経過とともに変化していく。理由は不明だ。そして、元々地球に住んでいた人類と異世界人にのみ影響を与えている理由も判明していない。


 人間以外の動植物や、魔力から発生しているとされている魔物は異界病にかからない。


 人間と呼ばれる存在にだけ影響を与えている。


 人類は――世界に嫌われている。


 実際に、世界に意思があるのかも分からないし、見過ごされているだけの何らかの理由があるのかもしれない。


 だが、2000年が経過しても判明していないことから、人類は世界に望まれていないのではと信じる者は増えていった。


 そして、異界病により人類の数は少しずつ確実に減っていき、今では世界にいくつかのシティが点在するだけになっている。


 一つのシティが国家として形成されていることもあれば、複数のシティから形成されている国も存在している。


 どのシティも国も存続していくのに必死であり、そのためには人道的な倫理観など無視されることも珍しくない。


 シルが住んでいたエスタも同様であった。


 ※


 シル先生と子供たちがエスタというシティから逃げ出すことになった事情を軽い気持ちで聞いた時雨悠人だが、その談話は想定よりも長いものになっていた。これは、彼女たちの事情が原因というわけではない。


 時雨悠人、セブンス、そしてラプラスが話の途中で何度も質問したことが理由だった。


 子供たちが実験体として生み出されたこと、その理由などを聞いていれば、どうしてもシティの役割や、世界の現状を聞きたくなってしまったのだ。


 3人とも情報に飢えていたし、聞けることならいくらでも聞きたいのが本音だった。そのため、シル先生たちの事情から話がかなり脱線したりもした。


 この世界に生きている人間なら知っていて当然のことを聞いている自覚はあったが、「知っていて当然の知識を理解できない環境」にいたということを理解してくれていることから、シル先生や子供たちは怪訝な表情などせずに教えてくれた。


 むしろ、同じように実験動物のように扱われていたと思われたのか、少し親しみを持たれたような気さえする。


 (まあ、間違ってはいないけどね)


 実際にろくでもない目に遭っている自覚はあるし、研究所で実験動物のように扱われていた子供たちに、少しだけ親近感を抱くのは時雨悠人も同様だった。


 そして、一通りの話を終えて、これからのこと――つまりは、シル先生や子供たちから頭を下げてお願いされているところだった。


 その内容は――


 「私たちを……自由都市『リベルタリア』まで連れていってくれないでしょうか?」


 自由都市『リベルタリア』


 名前からして、入国しやすそうであり、良い意味で自由なのか、悪い意味で自由なのか色々と気になる名前だ。


 差別なんてなく、やりたいことができる……なんてイメージを平和な時代なら持てるかもしれないが、人類が生きるのにギリギリな世界となると、逆に悪いイメージの方が強くなるのが不思議だ。


 だが、シル先生が子供たちを連れていくということは、安全に住める可能性があるのだろう。


 「そこなら、シル先生たちは安全に住むことができる……ということでしょうか?」


 シル先生や子供たちを見回した上で、尋ねる。


 特に目的地はないし、目的もない。あえて言うなら、ルカから「世界の危機」に関わることがあれば、解決のために依頼がくる程度だ。


 そして現状、何もないので、セブンスやラプラスと世界を回るしかない。


 野営する日々も嫌いではないが、今の人間の生活がどうなっているのか知ってみたいし、関わることも嫌ではない。


 「確実ではないですが、私が知っている範囲なら問題ないはず……です」


 「歯切れが悪いですね。そもそも『リベルタリア』というのはどういうシティなんですか?」


 ラプラスの質問に、顎に手を乗せて考える仕草をするシル先生は、言葉を選ぶように口を開く。


 「自由都市は一言で言えば……『使える人間』は誰でも住める場所です。先ほど説明したように、シティは人が生活を成り立たせるための設備と、維持させるための莫大なエネルギーが必要です。そのため、ほとんどのシティは資源と優秀な人材が常に不足しています」


 「優秀な人材……その枠に入ることができれば入国できるってことかな?」


 セブンスの答えにシル先生は頷く。


 「どのシティも魔術が使える人材は重宝されています。だからこそ、私たちが住んでいたシティのように人工的に生み出す実験もおこなわれるのですけどね……」


 「子供たちは……それでいいのか?」


 魔術が重宝されるのはいいが、それだと子供たちは魔術を使うことを求められることになる。その生活が、彼ら、彼女たちが求めるものであるか。


 時雨悠人は子供たちに視線を向けながら確認すると、真紅の髪を持つミアという女の子が肯定するように頷きながら答える。


 「心配して頂いて嬉しいですが……逃げ出す時に、そのことは了承しています。みんなと一緒に生きていきたいと決めた時から、そのためにできることは何でもしたいと覚悟しています」


 その言葉に、子供たちは各々頷く。一番幼いノルンという女の子も、その瞳に覚悟の意志を灯らせて、真っ直ぐに肯定していた。


 どちらにしても、覚悟のあるなしに関わらず、何も持たず、使わずに生きていけるような世界ではないのだろう。そして、すでに住んでいたシティを逃げる選択をしたのだから、本人の意思に関わらず、生きるためには自分が持っている力を使わないという選択はできない。


 聞いても仕方がなかった質問をしてしまって少し後悔する時雨悠人だが、肝心の返答をどうするかを思考する。


 彼女たちと一緒に自由都市に行くかどうかだ。


 セブンスとラプラスは、時雨悠人が行くと言えば肯定するし、拒否しても肯定するだろう。


 (まあ、同行を拒否したら、見捨てることになるんだけどね!)


 ここで別れてしまったら、結局シル先生たちは、再度異界病を発症することになるだろう。セブンスが魔素毒を除去する魔導具を作成してくれたが、移動用ではなく、一定の広さの室内を想定している。


 だとしたら、結局答えは一つだ。


 せめて、安全な場所に送り届けるべきだろう。


 (自由都市も気になるしね)


 時雨悠人自身も、今の時代の人間がどのように暮らしているのか気になっていた。目覚めてから、廃墟しか見ていないのだから当然だ。本音を言えば、人類滅亡しているのでは?と思いながら旅をしていた。


 一緒についていくことにデメリットはない。


 結論を出した時雨悠人は、「わかった」と頷き、セブンスとラプラスに顔を向ける。二人とも、こちらに顔を向けていたので、時雨悠人の回答を待っていたのかもしれない。


 「俺は、自由都市……リベルタリアだっけ?に一緒に行こうと思うけど、二人は?」


 その言葉に、シル先生や子供たちは息を呑み、緊張した表情でセブンスとラプラスに視線を移す。


 視線を向けられているセブンスは、気にしたような様子もなく了承を時雨悠人に伝える。


 「マスターの決定に私は従うよ。当たり前だけど」


 「自由都市という場所も気になりますね」


 二人の回答に時雨悠人は頷き、改めてシル先生と子供たちに向き合う。


 「それじゃあ、自由都市まで一緒に行きましょう」


 「ありがとうございます!」


 喜色満面といった表情でシル先生は頭を下げ、子供たちも追随するようにお礼を口にしながら頭を下げる。


 「俺たちもどこか人の住む場所に行きたかったので、気にしなくていいですよ。それじゃあ、道中よろしくお願いします」


 「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」


 自由都市『リベルタリア』に行くことが決定するのだった。

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