第62話:ここにいる理由
シル先生を救出した日から3日ほど経過した。
その間に子供たちが目覚めて、無事に異界病の治療が済んだことを確認できた。
ただし、治療が済んだといっても、魔力毒を体内に吸収すれば再び異界病になる状況からは変わっていないが、一旦は生命の危機を脱出することには成功している。
加えていえば、セブンスがシル先生たちが持っていた魔力の中に含まれる毒となる魔素を除去する装置を解析し、魔導具として再現したことで異界病になることはない。
シル先生には感謝されたし、子供たちからも同様だ。
涙ながらに感謝されたこと、そしてシル先生と子供たちがお互いに無事に生きていることを信じられない思いで喜んでいるのを見ていると、本当に助けて良かったと思える。
時雨悠人は自分が聖人だとは思わない。
正直に言えば、シル先生や子供たちを助けたいとは思っていたが、セブンスの時のように何に代えても助けたいという程ではない。
ダメならダメで諦めるつもりであった。
それでも、自分の行動によって誰かが救われる光景を見て、心が満たされるのなら、これからも勇者でなくとも、時雨悠人として人を助けられるなら助けていくべきと思ってしまうのだった。
だが、問題は残っている。
※
「シル先生たちは、どうしてこんな場所で暮らしていたんですか?」
子供たちの体調も安定してきたことから、シル先生と子供たちから事情を聞くことになった。それに、向こうも自分たちのことが気になるだろう。
何よりも、これからどうするかを決めていく必要がある。
時雨悠人の質問に、シル先生と子供たちは顔を見合わせる。
話し合いが行われているのは、子供たちが寝かされていた一番広いスペースだ。
ラプラスを除き、全員が床に座っている。
部屋には机と椅子もあるのだが、四人掛けのため全員分の席はない。
時雨悠人は自分だけ椅子に座るのも気が引けると床に座り、セブンスは当たり前と言わんばかりに自分の横にすわったのだが、シル先生たちからすれば、恩人を差し置いて椅子に座るわけにはいかなかったのだろう。結局、全員が床に座ることになってしまった(ラプラスは浮いているが)。
「私たちはエスタというシティから……とある理由で逃げ出してきました」
「エスタ?」
「はい、ここから距離はありますが、南の方にあるシティになります。元々は、私も子供たちもシティに住んでいたのですが……居られない事情ができたために逃げ出してきたんです」
シル先生の説明に、子供たちも頷く。
ここで、時雨悠人は事情について深掘りするか悩むことになる。シル先生も子供たちも何かを噛み締めるような表情をしており、子供たちの何人かは『事情』を思い出しているのか、暗い表情で俯いてしまった。
「逃げ出したはいいが、行く当てもなくフラフラとここに留まっていたという訳ですか?」
ラプラスが時雨悠人の言葉を引き継ぐようにシル先生に質問をする。
魔導生命体という存在は、外の世界でも一般的ではないのか、最初はシル先生からも子供たちからも奇異を見るような目で見られていたが、人間と同じ、それ以上の知能があることを知ったシル先生たちは、ラプラスを人間と同じように接してくれている。
そのラプラスの質問に、シル先生は首を横に振る。
「逃げる際は、事前に入念に準備をした上で実行しました。シティの外でもすぐに魔力毒……異界病にならないように、毒となる魔素を除去する装置、数ヶ月分の食料や衣類、薬などを準備しました。目的地まで辿り着けるまでの準備を……したつもりでした。結局、私の甘い考えと行動で子供たちを危険な目に遭わせ……死なせてしまうところでした」
「シル先生だけの責任じゃない! 私も……クロエも、テオも、マコトも、ノルンもシル先生について行くって決めたのは私たちなんだから」
子供達の中で一番年上のミアという綺麗な赤い髪をした少女が声を上げる。
他の子供たちもミアという子の発言に同調するように、頷き、「そうだよ」と声をあげる。
時雨悠人としては、シル先生の行動の良し悪しを問うつもりはないし、責めるつもりもない。だが、事情は一応確認するべきだろう。それに、せっかく外の情報を知っているのだ、色々と聞くべきだろう。
「差し支えなければ、シティから逃げ出した事情を教えてもらっても?」
「それは……」
その言葉にシル先生は言うべきか言わざるべきか、逡巡する表情を見せるが、
「先生大丈夫だよ」
「私も気にしないよ……助けてくれたんだし」
「俺も」
「僕も」
「……うん」
子供たちがそれぞれ、シル先生に話しても大丈夫だと了承する。それでも、迷っているシル先生にラプラスが質問をする。
「それほどに、喋りにくいことなのでしょうか? 彼らの発言を聞くに、子供たちの事情が大きいように見えますが?」
「はい……一つ確認なのですが、あなた達はエスタの方ではないのですよね?」
その質問に時雨悠人は首を横に振って答える。
「では……どこに所属しているのでしょうか?」
「所属? いえ、どこにも所属なんてしていないのですが」
「し、しかし、どこかのシティで暮らしていたんですよね? そこは……」
「質問に質問を返されるのは、どうかと思いますが……私たちにも事情があります。何処で暮らしていたかは言えませんが、その場所はすでにありません。さらに言えば、隔離された研究所で生まれた時から過ごしていたので、外の事情も何も分からないといったところです。それで……そちらは?」
「研究所にずっと……ですか?」
シル先生は、時雨悠人、ラプラス、そして特に口を開くことなく会話の推移を見守っているだけのセブンスに目を移していく。
ラプラスの説明は間違ってはいないが、信じてもらえるかどうかは別の話だ。
だが――
(治療できる人間がほぼいない異界病を治せる人間が二人一緒に旅をしていること、そして正体不明の球体型の魔導生命体という存在が目の前にいるなら信じて貰えるかな)
そんな時雨悠人の期待通りに、シル先生は納得したような表情をし、一度頷くと謝罪と共に事情の説明を始めるのであった。




