第61話:感動の再会とお怒り
目的地であるセブンスと子供たちのいる家が見えてくると、そこには二つの人影があった。
一人は、一緒に旅をしている相棒のセブンス。もう一人は、シル先生を助けて欲しいと懇願してきた女の子だった。
特に念話で帰宅を伝えているわけではないので、おそらくセブンスの感知魔術によって時雨悠人とラプラスが戻ってきたことに気づいたのだろう。
(心配かけたかな……)
夜も寝ずに感知魔術を張り続けて、自分たちの帰りを待っていたのだと思うと、申し訳なく感じてくる。
そんな罪悪感を抱えながら、程なくして彼女たちの元に辿り着いた。
「おかえりなさい、マスター…………遅かったね」
人形のように変化のない表情で淡々と聞いてくることに、「心配させたことに怒っているかも」と内心思いながら、どう言えばいいのか分からず、謝る言葉だけが口から出た。
「ただいま……遅くなってごめん」
「…………ハァ。無事だったら、それでいいよ。それで、一応確認するけど、背負っている人は探していた人でいいの?」
「ああ、その子が探して欲しいって言っていたシル先生だ」
「シル先生!? 本当に、本当に!?」
祈るように両手を前に組んだ黒髪の女の子が、自分を……正確には背負っているシル先生を見ながら懇願するように声をあげた。
「クロエ……」
そう呟くシル先生をゆっくりとおろす。
彼女は信じられないものを見るかのように、フラフラとゆっくりとクロエと呼ぶ女の子の元に近づいていく。
「先……生?」
「うん、先生だよ。色々あってこんな姿に……なったけど……」
クロエの身長に目線を合わせるようにシル先生は身を屈めながら、涙声で伝える。
その言葉にクロエは首をフルフルと横に振る。
そんなことはどうでもいいとばかりに。
「ううん。シル先生が……無事なだけで、戻ってきてくれただけで、生きてくれていただけで、私はそれだけで嬉しい」
彼女もまた、シル先生と同様に涙声になりながら、シル先生に無事もう一度会えた喜びを伝える。
「そう言えば……クロエ、体は大丈夫なの? シグレさん……私を助けてくれた人から、治療してもらっていると聞いたけど」
「うん、大丈夫。痛いところは全くないよ。他の子達は、まだ眠っているけど、苦しそうにしていないよ」
その言葉に、信じられないという表情で数秒黙ったかと思うと、勢いよくクロエを抱きしめ、もう我慢できないと言わんばかりに、泣きながら何度も「よかった」と声をあげたのだった。
そんなシル先生に応えるように、クロエは彼女を抱きしめる。
(助けられてよかったな……)
お互いが無事なことを信じられず、それが叶ったことに泣きながら喜んでいる。
そんな光景を目の当たりにし、可能性が低い中でも助けに行って良かったと思いながら微笑ましく見つめていると、時雨悠人の服が突然グイグイと引っ張られた。
「どうし……たんです? セブンスさん?」
思わず敬語になる。
何故なら、セブンスの綺麗なアクアブルーの瞳からハイライトが消えて、深海のような青色に塗りつぶされているような気がするからだ。
本当の人形のように表情が抜け落ちてしまっていた。
「彼女は……なんで、あんな姿をしているの?」
「あんな……姿?」
感動の再会をしている二人に目を向け、その姿を改めて確認する。
クロエの姿は、黒いTシャツに黒いスカートを履いており、おかしい点はない。シル先生との再会で泣いてはいるが、顔色も悪くない。
シル先生は、丈の合わない白いワイシャツを着用しており、ズボンを履いておらず、太ももがあらわで、下着が見えそうになっていた。クロエ同様に顔を涙で濡らしている。
ギギギと擬音が鳴りそうな壊れたロボットのように、未だに表情が無となっているセブンスに顔を戻す。
「シル先生の服装について……ですかね?」
「……」
無言でコクリとセブンスは頷く。
何も言わないのが余計に怖い。もしかしたら、彼女によからぬことをしたのかと思われているのかもしれない。
確かに、女性がワイシャツ一枚で、しかも助けに行った男性のワイシャツを着ているのだ。そう思われることも、少し仕方ないかもしれない。
「え〜とですね……彼女を助けるのに服が血みどろになってしまったので、仕方がなく脱がせて、その代わりに俺のワイシャツを着てもらっただけであって、決して変なことをしたわけではないですよ!」
内心では自分のことを信頼して欲しいと思いながらも、誤解されないように説明する。
「そうなの?」
キッと横にプカプカ浮いているラプラスに対して視線を移すセブンス。
「間違っていないよな?」
二人の視線を受けるラプラスは、何を考えているのか分からない表情(?)をしながら、数秒間沈黙を続ける。
横で感動の再会をしているのに、なんで自分は嫌な汗を流す必要があるんだ。そんなことを考えながら、ラプラスの言葉を待つ。
「シグレの言っていることは正しいですよ、セブンス。シグレは助けたことの見返りに何かしたりしてはいません。そんなことをしないのは、あなたが一番わかっているでしょう」
「う……それは、そうだけど」
「どうせ、自分が背負ってもらった経験がないとか、マスターの服を着ていてずるいと思っているのでしょう?」
「っつ!?」
「そんなことでマスターを困らせず、疲れているマスターと、保護した彼女を家の中に入れてあげましょう」
「わ、分かったよ」
顔を赤くしたセブンスはこちらをチラッと見つめると、大きなため息を吐き、玄関の方に向かう。
嫉妬されていたのかと少し驚き、ちょっと嬉しくなる時雨悠人は、抱き合っている二人を宥めて、家の中に入ってもらおうとする。
(ラプラスにも感謝しないと)
セブンスに誤解を与えず説明してくれたことにお礼を言おうとする時雨悠人だが、その前にラプラスは言葉を続ける――
「彼女……シルを助けた後にドロドロの服を脱がせて下着姿にしたのも、シグレのワイシャツを着せたのも、ついでに不可抗力で耳や尻尾を撫で回して彼女を驚かせたり、恥ずかしがっている彼女をしっかりと背負って戻ってきたのも――全て仕方がなかったことです」
間違いなく幻聴であるはずだが、確かに時雨悠人の耳に何かがひび割れる音が聞こえた。
不思議と聞こえていた二人の泣き声も聞こえない。
もしかしたら、ラプラスの内容が届いてしまったのかもしれない。
「マスター」
玄関の前で振り返っていたセブンスは笑顔だった。
凄く良い笑顔だった。
感情が抜け落ちた表情だった時よりも、寒気を感じるほどにだ。
「後で詳しく教えてくださいね?」
「り、了解です!」
「そちらも……ね?」
セブンスは、笑顔のままぐるりとシル先生に顔を向ける。
「は、はい!」
クロエを抱きしめながら、びくりと体を跳ねさせるシル先生を一瞥したセブンスは、ゆっくりと家の中に入っていくのを見送るのだった。
「ラプラス、なんで余計なことを!」
「嘘を言っていませんよ? それに少し危機感を感じたので、しっかりとセブンスに伝えておこうかと」
「意味の分からないことを〜」
「それよりも、早く入らなくていいのですか?」
ラプラスの手のひら返しに問い詰めたくなるが、嘘をついていないのも事実だ。時雨悠人は、ガックリと項垂れながら、こちらの様子を見ている二人に声をかける。
「まあ……セブンスのことは、多分大丈夫だから。それよりも、一旦家の中に入ろう」
少し落ち着きたいと思いながらも、まずはセブンスをどうやって嗜めるかと頭を悩ませる時雨悠人であった。




