第59話:お留守番のセブンス②
マスターが帰ってこない。
日が沈み、夜が更け始めてもセブンスのマスターである時雨悠人と、使い魔のラプラスは帰ってこない。
「遅すぎる」
帰宅の時間を決めて出ていったわけではないが、捜索が難しくなる夜になれば戻ってくるだろうとセブンスは勝手に思っていたが、実際には未だに二人は戻ってはこない。
もし、シル先生とやらが生きて見つかったのなら、保護をして一刻も早く戻ってくるはずだ。逆に見つかっていないなら、暗くなれば戻ってくるはず。
「マスターが諦めることができていない……?」
マスターである時雨悠人は優しい。何度でも言うが優しい。
アリアに乗っ取られて、意識を戻せる可能性があるかどうかも分からないセブンスを命懸けで助けようとしてくれたのだ。彼の優しさは、セブンスが一番理解している。
それ故に、会ったこともないシル先生とやらを助けるために、諦めずに捜索をしている可能性は十分高いだろう。
「でも、何かトラブルがあった可能性も……」
ザワリと鳥肌が立つような感覚に襲われる。
マスターは強い――
だが、何があっても大丈夫という程強いわけではない。アリアと互角に戦えるほどなら問題ないと思うかもしれないが、今のマスターは、それほどの力は使えない……らしい。
世界であるルカとの契約は、魔力の提供のみで、マスター曰くかなり制限されているらしい。
それでもゼノ・グラウンドで提供された魔力量を見れば問題ないとセブンスは思っていたが、星の内側であること、そしてルカが特別にサービスしてくれたらしい。
そのため、今のマスターはアリアと戦った時ほどの力はない。
手合わせした感覚ではセブンスの四割程度。ラプラスと融合した『大人の自分』と比較すれば、一割あるかどうかだろう。
それでも、外の魔物を倒す上で十分余裕を持って対処することができていたので、セブンスは余り不安なくマスターを捜索に送り出したのだ。
送り出したのだが――
「……」
絶対に大丈夫なんてことはない。
セブンスも、ラプラスも、そしてマスターも、この世界のことをほとんど知らない。突然、自分達を脅かす『何か』と遭遇してしまう可能性は十分あるだろう。
今更ながらに、送り出してしまったことに後悔する。
「……」
ボロボロの玄関に向かい、ドアの取手に手を置き、ゆっくりと回す。
夜の冷えた空気が流れ込んでくるのを感じながら、セブンスはマスターを迎えに行くか、それとも止めるか思案する。
今ここで、セブンスがマスターを迎えに行けば、子供たちは死ぬ可能性があるだろう。
セブンスがいない間に魔物に襲われる可能性もあるが、何よりも子供たちの異界病の原因となった魔力毒を無害にしているセブンスがいなくなれば、不在中に異界病が再発して死ぬ可能性も高いだろう。
マスターの万が一に比べたら、セブンスにとっては痛くも痒くもない……とまで言わないが、マスターのためならやむを得ない犠牲と諦めるしかないだろう。
だが――
「マスターが悲しむ……か。それに、マスターの命令に背くことにもなるし」
正確には命令ではなく、お願いである。だが、セブンスはマスターのお願いを受諾している。簡単に背くような真似をセブンスはできないし、したくもない。
「日が昇るまで待とう……」
すぐにでもマスターを迎えに行きたいという衝動は残る。
だが、マスターやラプラスに何かあったとしたら、それなりの規模の戦いになり、多少距離が離れていてもセブンスが気づかないはずがないだろう。
何よりもラプラスがセブンスを呼ぶために何か手段を取るはずだ。
(具体的な案を今後は決めないといけないけど……うん。ラプラスも私と同じでマスターを絶対に失うわけにはいかないもんね)
外の冷たい空気を吸いながら大きく深呼吸をしたセブンスは、ゆっくりと子供たちが眠る室内に戻っていく。
「早く戻ってきてね……マスター」
眠気など全くないセブンスは、ゆっくりと目を瞑り、感知の魔術でマスターが戻ってくるのを待ち続けるのであった。
※
「戻ってきた!」
暗い部屋の隅で瞑想するかのように正座をしていたセブンスは、その言葉と共に目を見開くと、足を痺れさせた様子など一切見せずに、バタバタと玄関に向かう。
「……」
その様子に再び目を覚まして、まだ眠っている他の子供達のお世話をしていたクロエが、ゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりとセブンスの後を追う。
クロエが再び目を覚ました時は室内は暗く、他の子供達――ミア、ノルン、テオ、マコトは眠っていた。だが、苦しんでいるような寝言はなく、穏やかな呼吸音だけが部屋に響いていた。実際に、顔を覗き込めば皆の表情は穏やかであり、治療が上手くいったのだと確信できた。
実際に目を覚ましたクロエの体は軽く、痛い箇所は全くなかった。
問題があったと言えば、瞑想でもしているかのように黙って座っている恩人の一人である少女の存在だろう。
恐る恐る声をかけたら、静かにしていてとピシャリと言われてしまったので、それ以上何も言えなくなったクロエは、子供達の寝汗を拭いたりしながら、過ごしていたのだ。
もう一度寝ようとは思えなかった。いや、眠れるわけがない。
気づいてしまったからだ。
もう一人いた青年がいないのは、シル先生を探しにいってくれたのではないかと。
そう思うと、再び寝ることなどできなかった。
青年が再び戻ってきた時が……クロエが、シル先生と再び会えるか、それとも二度と会えないかが決まるのだから。
そして、少女の「戻ってきた」という発言から、その審判の時がきたのだろう。
少女の言葉から青年が戻ってきたのはわかるが、シル先生が一緒にいるかは分からない。
玄関の外に出ると空は朝焼けであり、日の光が差し込んでいた。
クロエは少女の横に立つと、少女もこちらに目を向け、
「起きてたんだ」
「は、はい………………あのう!」
「誰かと一緒にいるよ」
「へ」
「シル先生かは分からないけどね」
彼女の言葉に心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。
周囲を見回しても人影はまだ見えないが、おそらく少女は感知魔術か何かで既にこちらに向かっている青年、そして知らない誰かが一緒にいることを把握しているのだろう。
シティの外で活動している人間なんて滅多にいない。仮に青年が人を見つけてくれたなら――
(シル先生の可能性が高い!)
唯一の懸念点であり、最大の問題はシル先生が手遅れになっていないかだ。
名前もまだ教えて貰っていない少女と青年が、どこまで魔力中毒の症状を治せるのか分からない。
(どうか――無事でいてください。神様!)
祈るように両手を胸の前に握り、目を瞑る。
その状態をどれくらい維持したか分からない。10秒くらいか、1分か、もう少しか……希望と不安を胸に抱きながら祈るクロエの耳に少女の声が届く。
「戻ってきた…………良かった」
ホッとしたような声色。それは、青年が無事に戻ってきたからだろう。彼が連れているシル先生……と願っている人物は含まれていないだろう。
だからこそ、クロエが安心するには、青年と一緒にいる人物の様子をクロエ自身の目で確認するしかない。
覚悟はできていない。
それでも、自分の願いが届いていることを祈りながら、ゆっくりと目を開けるのであった。




