第56話:悪夢
全身の痛みで体が動かなくなり、意識を失っていく時に、自分は死ぬのだろうと思った。
心の中で子供達に何度も謝罪していた。
だけど死んで終わることはできなかった。
この世界は、死んで全てを終わりにさせることも認めはしなかった。
シルの意識が落ちた後に続いたのは、地獄のような悪夢であった。
※
地獄の苦しみとは、今の自分の状況を言うのだろうか。
酸の海にでも浸かっているかのような全身を焼く痛みが彼女を襲っていた。
しかも、周囲には魑魅魍魎とした化け物たちがこちらに這いつくばり、自分の体に入っるくるような感覚を与えがならしがみついてくるのだ。
怖い。苦しい。なんで自分が――殺して欲しい。
全身に痛みを感じながらも、自分の中に入ろうとしてくる化け物達を振り払い続ける。
痛みと恐怖によって錯乱しながら、振り払い続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて、続けて――
気がついたら、自分の右手は醜く肥大化しており、魔物のような禍々しい爪となっていた。
その右手を振るえば化け物は紫色の血を吹き出しながら消えていく。
化け物が自分にへばりついてくる前に殺すことができるようになってくる。
足元に縋り付くように触れてきた化け物を蹴れば、その化け物は縦に切れるように両断され、血を吹き出す。
足も右手のように爪が長く伸びていた。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺し続ける。
化け物の血肉が飛び散り、獣のような咆哮が空間に響き渡り続ける。
どれくらい化け物を殺したのか、どれくらい殺し続けているのか分からない。
なんで自分がここにいるのかも分からない。
どうして、こんな理不尽な目に遭っているかも分からない。
そもそも――自分とは何かもを思い出せない。
それでも、自分に寄ってくる化け物達を殺し続けるしかない。
殺して、殺して、殺し続けるしかない。
どれくらい時間が経っただろうか。
気がついたら周囲に化け物たちはいなくなり、周囲に散らばっていた化け物達の血肉も消えていた。
全身を襲っていた痛みも既に消えていた。
まるで、化け物など最初からいなかったように。
いっそのこと殺して欲しいと思っていた痛みも幻だったかのように。
大切何かを失ったかのような喪失感のみが、彼女の心に残っていた。
そんな虚となって呆然としている彼女の視界は捉える――まるで化け物を見たかのように逃げていく黒い影を。
足に少し力を入れて踏み出すと一瞬で黒い影に追いつき、右手を振るえば、いとも容易く切り裂くことができた。
黒い影は他にも多数ある。
その全ては、自分から逃げていく。
「る?」
また一体の黒い影を切り払う。
「グルゥ?」
意味をなさない声が漏れる。更に一体切り裂く。
彼女の心が少しずつ満たされていく。
「グラァル!」
失った何かを代わりに満たすかのように。
「グラァル!」
逃げ行く獲物を殺すために、化け物となった彼女は歩き出す。
※
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺し続けて、自分から逃げていた黒い影も、黒い影が逃げ込んだ場所にいた大勢の黒い影も全て殺し尽くして、何をすれば良いかと思っていた時に、シルだった者は出会った。
新しい影に。
黒ではなく、白かった。
彼女が映す世界は、赤黒い空と、同じような色の大地。そして、枯れた木々を縫うように逃げ惑う黒い影達。
そんな世界に不釣り合いな白く輝く影がこちらに対峙していた。
(欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい、殺したい)
あの白いのを手に入れることができれば、その手で切り裂くことができれば、何かが満たされるような気がした。
「グラァル!」
咆哮と共に、黒い影達を殺したように一瞬で近づき、右手を振り下ろす。
ガキィン
白い影に爪は届くことはなかった。
見えない壁のようなものに阻まれる。
どれだけ力を入れても壁を破壊することはできず、そうこうしていると白い鎖のようなものが自分に襲いかかってくる。
咄嗟に壁を蹴り上げて距離を取り、迫ってくる鎖を体を捻って回避する――が、鎖は迂回しながら彼女の背後から縛りあげるように迫ってくる。
回避はできなかった。
爪で振り払っても弾くことはできず、そのまま手を縛り上げられ、気がつけば足、胴体と絡め取られていく。
暴れても、鎖は緩むことはなく、あっという間に大地に縫い止められてしまった。
「…………?」
自分を見下ろす白い影は、何かを言っているようだが、聞き取ることはできない。
ゆっくりと、白い影の手が自分に向かって伸びてくる。
(自分は結局何だったのだろうか?)
自分の額に白い影の掌が置かれる。
「ッツ!?」
今までに感じたことないような暖かい光が視界を埋めていく。
パキパキという音が周囲に響き渡る。
まるで赤黒い世界がひび割れて、崩壊していくように。
(ああ、やっと終われる)
悪夢が終わるかのように、優しい眠気が彼女を襲う。




