第55話:シル先生の捜索②
ラプラスの感知魔術が捕捉した、「何か」がいる場所に歩を進める。
「魔物の死体か」
「鋭い刃物のようなもの。または風の魔術か何かで切り刻まれていますね」
死体は一つだけではなく、まるで道標のようにいくつも転がっていた。
「ほとんどの死体がうつ伏せなことから、逃げていたのでしょうね……行きますか?」
「……ああ」
仮にシル先生ではなくても、ラプラスが気持ち悪いという何かは確認するべきだろう。
魔物の遺体を道標にしながら歩みを再開させる時雨悠人だが、すぐに終着点へど辿り着く。
獣人の集落だったのか、木々が切り開かれたような広場となっていた。
何故過去形かと言えば――木で組まれていたであろう建物らしきものは崩壊しており、数十はあるだろう獣人タイプの魔物の死体が散乱していた。
「ラプラス……感知魔術に引っかかったのは」
「ええ、アレです」
この場で生きている生物は3体。
時雨悠人とラプラス、そして目に映る光景を作り出した張本人であろう存在。
「…………る?」
こちらに気づいたのか、爛々と輝く二つの瞳がギョロリと向けられる。
「これは……?」
目の前にいるのは、人か魔物かと言えば魔物だろう。
問題なのは、人をベースにしたような魔物であることだ。
獣人などのように動物を人型にしたようなものではなく、人をベースにしたもの。
だが一番気になるのは、自分の血か魔物の返り血か分からないが、血によってドロドロになりながらも分かる……人の服を着用していることだろう。
姿は20代くらいの女性――に猫のような黒い耳と尻尾、ボロボロになった服から見える黒く変色した肌、そして右手だけ大きく肥大化し、禍々しい爪が生えていた。
「ルグぁぁ」
時雨悠人がどうするべきか考える間を与える暇もなく、目の前の存在は獣のように時雨悠人に飛びかかり、その右手の爪を時雨悠人に振り下ろしくる。
ガキィン
という金属音がぶつかりあうような音が鳴り響く。
時雨悠人が貼った障壁と爪が衝突したのだ。
「大丈夫そうですか?」
「少し速いけど、威力はそれほどでもないかな」
障壁を破ろうと小さい子供ほどに肥大化した右手から伸びる爪を押し込めようとしてくるが、時雨悠人の貼った障壁はビクともしない。
(実は魔力の隠蔽をしているとかじゃなくて良かった)
時雨悠人は魔力の感知は不得意だが、目の前にいる存在の魔力量などが分からないほどではない。何よりも、散々魔物と戦ってきたことから、ヤバそうな相手かどうかくらいはわかると思っている。
問題なのは、目の前の存在が魔物か、それとも人間か――少女の言っていたシル先生かどうかだろう。
魔物として殺し、シル先生はいなかったとするのも一つの考えだろう。実際に、魔物の可能性もある。
だが――簡単に決断することはできないし、する必要がある程に追い詰められている訳でもない。
「とりあえず捕まえて、調べてみるか」
「そうですね、直接触れることができれば、単なる魔物か、そうではないかを調べることは可能です」
「了解」
ラプラスの言葉に頷くと同時に、障壁を張ったまま、白い鎖を4本ほど生み出し、そのまま目の前の存在を拘束するように動かす。
「グラァル!」
異変に気付いたのか、障壁を蹴り上げて、白い鎖から逃れるために思いっきりジャンプ後退し、スルリと白い鎖の隙間を抜け出す。
「よっと」
だが、全く問題ない。魔力で生み出した鎖に物理的な法則は効かない。鎖はすぐに方向転換して改めて対象を拘束するために追尾する。
「ルグァ!」
鎖を振り払うように右手の爪を振り回すが、鎖に爪があたっても吹き飛ぶことはない。それどころか触れた右手を絡めて取るように鎖が絡まっていく。
「あの白い鎖以外と強度があるんですね。それに切断されないどころか、弾かれもしないとは」
「相手が弱いのか、俺の鎖が強いのかは、サンプルが少なすぎて分からないけどね」
アリアには、紐をナイフで切断するかのように、スパスパと切られ、拘束してもあっさりと抜け出されてしまっている。
アリアが別格過ぎたと思いたいが、アリアのような存在が実はそれなりにいる可能性もある。目の前の存在は問題なく圧倒できたが、油断はしない方がいいだろう。
(まあ、そこらの魔物は普通に倒せるから、弱くないと思うんだけどね)
全盛期の勇者の力は使えなくても、人の身余る地球の魔力を分けてもらっているのだ。簡単にピンチになったりすることはないと信じたい。
そんなことを考える時雨悠人を他所に、相手はグルグルと白い鎖が絡まっていくのを何とか逃れようとしているが、白い鎖に隙間ができることはなく、むしろ暴れるほどにあらゆる角度から白い鎖が縛り上げていく。
「これくらいで大丈夫かな。ラプラス、お願いしていい?」
「ええ、それでは」
地に縫い止めるように全身を白い鎖で拘束したのを確認し、時雨悠人は対象に近づきながら、ラプラスに調査のお願いをする。
魔物か、それとも――
※
「結論から言えば、異界病を患った人間である可能性が高いですね。更に言えば、シル先生……である可能性も高いです」
プカプカと浮かびながら、球体から伸びるワイヤーのような手で触診も含めて調査していたラプラスが調査結果を時雨悠人に告げる。
そして報告と共に、調査と共に見つけたであるペンダントを渡してくる。
受け取ったペンダントの蓋が開いており、そこには子供達の写真が入っていた。
「確定か。魔物として殺さなくて良かったけど……」
拘束された彼女――シル先生を改めてみると、人の面影はあるが、魔物か人かで言えば、人と言うことができない姿へとなっている。
人に近い獣人といったところだろう。
「そもそも、異界病の可能性が高いって言ったけど、そもそもどの辺が異界病なんだ? 見た目は別として、元気いっぱいだったけど。それとも、最終的に変異するのが異界病なのか?」
子供達は、あと1日遅れたら死にそうな程に衰弱していた。
だが、実際は違ったのだろうか。目の前の彼女のように、子供達も変異したのだろうか。
「異界病と判断したのは、黒く変色している箇所が、子供達同様に体を蝕んでいたからです。おそらく、外部から吸収した魔力を上手く還元できずに蓄積していったのでしょう。」
シル先生の体にはところどころ黒く変色した肌を見ることができる。おそらく、そのことだろう。
だが、肥大化した右手に、獣のような瞳、そして頭に生えた耳や尻尾、そして正気を失っていた理由にはならない。
いや――
「正気を失っていたのは別として、耳や尻尾や右手は、元々だったりする?」
実は本当に獣人だったりするのだろうか?
ここまで遭遇してきたゲームや漫画で見るゴブリンとかオークのような人を襲ってくるタイプではなく、人とコミュケーションが取れるタイプだったりするのだろうか。
獣人っぽいのも人まとめてに魔物と言っていたが、よくよく考えたら人以外の全部を魔物というカテゴリーに入れるのは乱暴な気もする。
「そこは私には何とも言えませんが、彼女の中にある気持ち悪い魔力は、肥大化した右手が中心になっていますね。異界病が進行した結果なのか、全く別なものが原因なのか分かりませんが……」
「だとしたら、右手の魔力が原因で体の構造も変わった?」
「本人に直接聞くのが一番ですが……そもそも治療が可能かどうか」
「…………この状態の彼女を子供達の前に連れていくのは避けたいな。ましてや、助けられなかったら」
おそらく子供達にとって唯一の大人であっただろうシル先生は、大きな支えだったろう。
そんな彼女を今の状態で連れていき、最悪助けることができず殺してしまうの可能性を考えると、簡単に連れ帰る決断はできない。
かといって、子供達を放置してセブンスに来てもらう選択も難しい。
そうなると――
「俺が試しに治療してみるか。意識だけでも戻せれば、どうにかなると思うし」
「彼女に意識があればいいですけどね」
「そこは彼女を、シル先生を信じるしかないかな」
そう言いながら、時雨悠人はゆっくりと腰を下ろしながら、白い鎖で拘束されているシル先生に触れるのであった。




