第54話:シル先生の捜索
セブンスに子供達の治療を頼んだ時雨悠人と、捜索のためのサポートとして時雨悠人についてきたラプラスは、子供達の住んでいる家から少し離れた場所にある森に足を踏み入れる。
「ラプラス……いけそう?」
勢いで探しに来たはいいが、時雨悠人が思っていた以上に森は広大であった。というよりも、山の麓の森といってもいい場所であり、行方不明の人間をたった二人で探して良い場所ではない。
100人規模の救助チームが探しても容易に見つかることはない広大な森の中から、生きているかも分からない人間を一人探す。
実際に森を前にすると、どこから探していけばいいのか分からなくなり、隣でフワフワと浮いているラプラスに助けを求めることしかできなかった。
全てはラプラスの感知魔術に掛かっていると言っていいだろう。
「なんとも言えませんが……仮にも森に一人で向かうのですから、それなりに戦闘ができる人間であるはずです。でしたら、一定の魔力量を持つ生物を対象に感知すれば」
「魔物の可能性もあるけど、シル先生を見つけられる確率は高い……か」
「遺体になっていたらお手上げですけどね」
「……」
「魔物に食べられていたら遺体もありませんね。日が落ちるまでをタイムリミットにすることを推奨します」
「そう……だな」
冷たく感じるラプラスの物言いだが、シル先生という人が生きている可能性は非常に低い。死んでいる可能性の方が高く、遺体が残っている可能性さえ低いだろう。
仮に今生きていても、見つけられるかも分からない。
ずっと探し続けるわけにもいかないことを考えれば、日が落ちるまでをタイムリミットにするべきだろう。
(今は、昼過ぎってところだろうな)
時雨悠人は、空を見上げ、太陽が1日の中で一番高い位置にあることを確認し、おおよその時間の判断する。
「行こう」
※
人の死に見慣れているかと言えば、時雨悠人は「はい」と答えるだろう。
勇者として生きていた時は、都市が魔物に滅ぼされ後に駆けつけ、文字通り「死体の山」を見たことも度々ある。
目の前で魔物に食い殺される人間の光景を見たこともあるし、そんな光景も時雨悠人からしたらありきたりのものになっている。
そんな時雨悠人にとって、見ず知らずの人間一人の死など気にするようなことでもない。
気にする必要もない。
だが――
『シル先生を助け欲しい』
助けて欲しいと懇願された少女の必死な顔を思い浮かべると、生きていて欲しいと気持ちが湧き上がる。
少女に大切な人の死を告げたくないと思ってしまう。
(人との繋がりも難しいな)
見ず知らずの人間が、そのまま消えてしまったところで何も思わないが、その人間を大切にしている人と関わってしまうなら、全く何も思わないなんてことはできない。
前者と後者のどちらが良いかの判断は人によって変わるかもしれないが――時雨悠人にとって前者の何も思わない戦いは、碌でもないことだけは既に体験していた。
だからこそ、勇者としてではなく、時雨悠人して家にいた子供達を助けたいし、少女の願いも聞いてあげたい。
セブンスを救いたと思ったのも、時雨悠人の意思で誰かを助けたいと思ったからだ。
(誰かに指示されて戦う時は何も考える必要がなくて楽ではあるけど、戻りたいとも思わないな)
森の中を歩きながら、自分の意思で誰かのために行動できている状況に不謹慎ながらも感謝する。
「シグレ?」
「ん、どうした? 人間らしい存在を感知できた?」
「……いえ、少し上の空のように感じたので」
「よく見ているな……」
ラプラスの球体状の体には、黒い瞳のようなレンズがあり、中心に光が灯っている。人のように視線を感じるわけでもないので、意外と見られいても気付かなかったりする。
「まあ、感知魔術を使っているので、辺りを見回す必要もないですし」
「そっか……少し考え事をしていたかな。それにしも、思ったよりも魔物がいたな」
あまり他者に話したいと思えることを考えていなったことから、今の捜索状況に話題を変える。
「そうですね。沢山というわけではないですが……行動が碌にできない生物が生きていける環境ではないですね」
何を考えていたか興味がないのか、それとも気を遣ってくれたのか。見た目はロボットぽいが、やはり普通の人間と話しているような感覚になるし、それで間違いないのだろう。
(まあ、目を覚ましてから普通の人間とまともに話したのは、セブンスとラプラス、後はアリアくらいだけど)
正直、自分が普通に人間のようにコミュニーションを取れているかも不安だったりする。
「強くはなかったけど、行動できない状態なら関係ないしな」
猿のような獣人っぽい魔物から、像サイズのカマキリ型や蜘蛛型の魔物を相手にしながら探索を進めていたりするのだが、森の外で遭遇した魔物よりも強いというわけではなかった。
適当に光の矢をぶつければ吹き飛ぶし、ラプラスのレーザーっぽい魔術でも一撃な魔物がほんとどだ。
問題なのは強さではなく、それなりにの数がいることだろう。
ラプラスの感知に引っかかったのを片っ端から確認し、魔物なら撃破しているが、魔物から向かってくるケースもそれなりにあった。
1日近く森の中にいながら魔物に出会わないというのは、不可能に近いだろう。
「日が落ち始めたな」
「暗くなったら危険……とは言いませんし、元々視覚を重視した捜索をしていないので、日が落ちても延長することは可能ですが」
「……いや、予定通り日が落ちるまでにしよう。セブンスも心配するだろうし」
「わかりました。セブンスがヤキモチしているでしょうしね」
セブンスについては建前だ。
それは自分もラプラスも理解している。
森の状況を見れば、助かっている可能性は0に近い。遺体も残っていないだろう。
(何となく分かっていただけどね)
初めから分かっていたことだけど、気持ちが沈むのが分かる。
日が落ちるまで捜索するのも、眠っている少女に言い訳をするためであり、時雨悠人なりに捜索をしたという結果が欲しいからだ。
(仕方ないよな)
既に終わってしまっていることを、どうにかする力は時雨悠人にはない。勇者の時だった、時雨悠人でもだ。
死んだ人間を生き返らせることもできないし、自分の視界に映らない人間を救うこともできない。
一緒に過ごしていたセブンスを助けられたのも奇跡に近かった。
そんなことを思いながら森の中を歩く時雨悠人だが、ゆっくりと、ゆっくりと日が傾いていき、森は薄暗くなっていく。
そろそろ戻ろう。
そう口にしようとラプラスに視線を向けると――
「ラプラス?」
既に森の中は薄暗いカーテンが張られたようになっているが、何かを察知したかのように、暗闇の奥を見つめていた。
その状況だけで時雨悠人は理解する。
「何かがいます」
ラプラスの向いている方向に時雨悠人も視線を向けるが、生物らしいものは見当たらない。
ここからでは見えない木々の奥にいるのだろう。
「何か……か。行こう」
「分かりました。少しだけ注意しておいて下さい。非常に気持ち悪い魔力を感じます」
気持ち悪い。
単なる魔物でもなく、そして人間でもないのだろう。
どちらかなら、ラプラスは気落ち悪いとは言わないはずだ。
シル先生という人間の捜索において関係ないはずだ――はずなのだが、何故かそこに答えがあるように感じる。
(異界病……魔力が肉体を蝕む……か)
その結末は、肉体を破壊して、人間を殺すだけなのだろうか。




