第52話:クロエの願い
「クロエちゃんは、将来何かやりたいことってある?」
「?」
パチパチと音を立てる焚き火の側で、ミア姉が声をかけてくる。
シア先生と一緒に、他の実験隊である子供達――ミア、テオ、ノルン、ナオト、そしてクロエがシティから逃げ出して1週間ほど経った夜。
不寝番をミア姉と一緒にしている時に、投げかけられた問い。
そのミア姉の突然の質問にクロエを目をパチクリさせて思考する。
(将来やりたいこと?)
あまり考えたことはなかった。そもそも自分たちに将来とかあるとか思ったりしていなかったらだ。
今も、シティから逃げ出して、とにかく自由都市と呼ばれる場所にどうにかして辿り着く。
その先のことなんてあまり考えたことはない。
あるとしたら――
「皆と一緒に落ち着ける場所を見つけて、そこで過ごせればいいかな」
「そっか、そうだよね」
クロエの返答に、ミア姉は優しい声で肯定する。
焚き火の灯りによって照らされるミア姉の表情は、愛おしいものを見るように、こちらを微笑みながら見つめていた。
ミア姉の年齢は、自分よりも3つ上の13歳だ。赤い髪を肩口まで伸ばしており、身長よりも頭1つ分くらい身長が高い。
シア先生が自分たちの保護者みたいな立ち位置で面倒を見てくれている。
一番年上のミア姉も年齢が一番上という意識があるのか、年下の自分たちを気にかけて、よく声をかけてくれるし、辛くて泣いてしまう時は励ましてくれる。
(ミア姉が弱音を吐いているとこと見たことないな)
シア先生にはクロエの知らないことろで相談とかしているのだろうか。
穏やかに微笑むミア姉を見ていると、そういった弱音さえ吐いていないのではないかと思えてしまう。
「ミア姉は将来何かしたいことあるの?」
「私? 私はね――」
ミア姉は何て言ったんだっけ?
少しずつ目の前の焚き火の灯りが小さくなっていく。
(そろそろ終わりかな)
夢なのは分かっている。
これは、まだ自分たちには未来があると思っていた時の過去。
将来を話し合える余裕があった時のワンシーンだ。
シティから逃げ出して、旅を続けることできた日々であり、そんな日々の一夜の思い出。
(走馬灯とは違うかもしれないけど……こんな風に穏やかに終われるだけ幸せかな)
魔力中毒によって体が壊れていく苦しみを受けながら死ぬと思っていたが、その心配はなさそうだ。
おそらく、生命維持に必要な体の器官が真っ先に壊れてしまったのかもしれない。
(ごめんね……見送るはずだったけど、先に私が)
他の皆よりも先に逝くことを謝罪しながら、焚き火の灯りは遂に消えて視界は真っ暗となり――
※
暗闇の中に落ちて意識が消えていく――これで自分が死ぬと思っていたクロエだが、意識消えることはなかった。
それどころから、まどろむ意識は明瞭になっていく。
(これは?)
我慢できなくなり、思わず二度と開くことがないと思っていた瞼を開こうとすると――
「へ?」
もう見ることがないと思っていた、2ヶ月ほど前にシア先生や他の子供達と一緒に住むこととなった住宅の天井が視界に映る。
(死ななかった?)
その事実にクロエは、一瞬驚き――絶望感に襲われる。
死なないということは、死ぬまで魔力中毒によって苦しむ日々が続くということだ。
(体は……)
せめて、体が動いて欲しい。最後の一人になるまで、何とか看病だけでもと願いながら自分の肉体に意識を向けると、そこで初めて違和感を自覚することができた。
痛みが全くないことに。
痛覚が麻痺してしまったのかと思いながらも、ゆっくりと体を起こすと――痛みもなく、すんなりと上半身を起こすことができた。
「あ、起きた」
「え?」
視界の先に二人の見慣れない人間が居た。
一人は黒髪の青年で、10代後半か20代といったところかもしれない。シル先生よりも年下だろうか。白いワイシャツに黒いズボンを履いた、ラフな服装をしている。
「ハァー 上手くいったんだな」
クロエのことをじっと観察したと思うと、緊張が抜けたかのように青年は、ホッと息を吐く。
「みたいだね。だけど、ちゃんと確認した方はいいかな」
そう言うと、青年の横にいたもう一人の人間が、こちらに近づくと自分の視線に合わせるように腰を落とす。
もう一人の人間は、人形のような完成された可愛さと美しさの少女だった。髪はプラチナブロンドのロングで、キラキラと輝いているように見える。
肌にはシミが1つもなく、傷も見えない。そして、何故か全く汚れていない白を基調とした服装。
こちらも青年同様にカジュアルな服装で、クリーム色のスカートに白いシャツにケープを着用している。
クロエのように使い古したようなヨレヨレなものではなく、新品を引っ張り出したような、外の世界では場違いな服装である。
だが、そんな違和感以上に、自分を見据える金色の瞳に意識が向かう。こちらの全てを見通しているようにクロエは感じるのだ。
「あ、あなた達は!?」
「私たちは……なんて言えばいいのかな?」
コテンと可愛らしく首を傾げる目の前の少女。
自分に聞かれても困ると言いたいのが、クロエはあまりの状況に次の言葉が出てこない。
「う〜ん、旅人みたいなものかな。 それで、その子は大丈夫そう?」
「だってさ。見た感じ、しっかりと解毒できているかな。すぐに毒が溜まっている様子はないけど、経過観察しないと分からないかも。え〜と、どこか痛いところある?」
旅人? 解毒? 経過観察?
意味不明な単語に頭がパニックになりながらも、目の前の少女に言われたように、自分の体に痛いところがないか改めて確認する。
「痛くない? なんで!? どうして!?」
ここ最近ずっと悩まされていた痛みを全く感じない。それどころか、よく見ると魔物との戦いで気付いた怪我なども全てなくなっている。
「とりあえず、命の危機は救えたと見ていいかな。はい、どうぞ。これを飲んで少し落ち着いて」
驚いているクロエの目の前に、水の入った容器が目の前に差し出される。
「あ、ありがとうございます」
青年から渡された容器の蓋を外し、ゆっくりと口をつける。
(冷たい)
よく冷えた水が喉を通る。
魔術が碌に使えなくなったことで水を調達するのも難しくなり、しっかりと冷えた水どころか、普通の水も碌に飲めていなかった体に水分が行き届いていくことを実感する。
「落ち着いた?」
「は、はい。それで……あなた達は。それに私は何で」
何で生きているの? 何で痛みがないの?
自分の状況を信じることができなくて言葉が出ない。
だが、その意図も含めて青年には伝わった。
「俺たちは、さっき言った通り旅人というか、人がいる場所を見つけるために彷徨っているというか……そんな感じかな。後、君の病気は治したから大丈夫だよ。他の子達も治せると思うから、ゆっくりと休んでいて」
「治ったの? ど、どうやって……ミア姉も、ノルンも、テオも、ナオトも助かるの!? 本当に!?」
そんなわけがない。嘘だと言いたくなる。夢ではないかと思う。
だけど、実際に自分の体から痛みはなくなっている。一体、何が起こっているのか理解することができない。
「うん、大丈夫だから」
ゆっくりと青年に頭を撫でられる感触は、夢ではなく現実のものに感じる。
そして急に視界が再び暗くなり始める。
急激な睡魔をクロエを襲い始めたからだ。
まるで、無理やりクロエを眠らせるように。
(皆……治る。目を覚ましたら………………シル先生は?)
青年の大丈夫という言葉にシル先生は恐らく入っていない。そもそも知っいるわけがない。
もし、これが現実だとして、この突然現れた二人がクロエ達を救ってくれても――そこにシル先生はいない。
焦るクロエをよそに眠気は、無理矢理にでも意識を落とそうとしてくる。
(伝えなきゃ……)
震えるように手を伸ばし、ボヤける視界の中で、必死に伝える。
シル先生も助けてと。
(伝わったかな?)
クロエは神様を信じてはいない。
自分達を救ってくれる神様がいるなら、そもそも自分達は実験体にもなっていないし、今のような状況にもなっていない。
それでも、祈らずにはいられなかった。
これが夢ではなく現実なら――目が覚めたら、どうかもう一度皆と笑顔で過ごせますように。




