第51話:異界病
「とりあえず――ヒール」
寝かせた女の子に向けて、回復の魔法を使用する。
あまり他者を癒すことに使う機会はなかったが、それでも勇者として活動していた時に、傷ついた兵士を癒すことはあった。
大抵の外傷は瞬時に回復させることはできる。
今の弱体化した状態でも死んでいないなら、致命傷でも余り時間をかけずに治すことはできるはずだ。
「駄目か」
女の子の包帯やガーゼを外してみると、そこには綺麗な肌が露わになる。しっかりと傷は癒えたのだろう。
だが――
「ハァ、ハァ、うぐ」
女の子の苦しみは続いているし、緩和したようにも見えない。
「俺の回復魔法なら外傷も体内の傷ついている箇所も治るはずだし、毒や呪いにも効果があるはずなんだけど」
「今のヒールってそんなに多機能なんだ……流石マスター」
「悠人の言葉が正しいなら、それ以外ということになりますが……そこまで癒せる力を使って、治せないなら、逆に絞れそうですが」
「私達って、人間の体に詳しいわけじゃないからね。アリアは自分の体は自分でどうにかできる人だったし。とりあえず、マスターの回復魔法を全員に使ってみる? 治らないようなら、全員同じ症状の可能性が高いし」
「デメリットはないし、試してみるか。ヒール」
別にヒールなんて言わなくてもいいし、一人で戦う時は余り言わない。ただ他の人にかける時は、魔法名を言った方がイメージしやすいのと、何をしているのか分かって貰える。
白い光が部屋を包み込む。
「……ゴホ」
「先……生……」
「……」
神秘的な光は、時雨悠人達が期待したような結果を導かず、子ども達は苦しんでいるままであった。
「怪我や体内の臓器が傷つているとかでもなく、毒や呪いでもないとなると……外傷や体内の器官が一切傷つていなくて苦しむことってある?」
「外傷だけではなく、内臓関連も全て治癒するなら普通は復調しそうですね。ただ、それで治らないなら……セブンス?」
「…………」
「セブンス?」
黙っているセブンスに時雨悠人とラプラスが声をかける。セブンスは、すぐに返答することなく、顎に手を添えて思考を続ける。そして、10秒ほど経過した後に、ゆっくりと口を開く。
「1つ思い当たる病気があるかな。私達魔道人形は大丈夫で、アリアも平気だったから、普通に忘れてたけど」
「その思い当たる節ってなんだ? 俺の回復魔法が効かないことだけで絞れるものなのか?」
「……絶対ではないけど、資料で見た症状と同じかな」
いつの間にかセブンスの目はアクアブルーから金色と変わっていた。確か、魔力の流れを構成とか分かるというもの。
「それって……魔眼か。魔法や魔術による原因で子ども達は苦しんでいるってことか?」
時雨悠人の言葉にセブンスはゆっくりと首を横に振るう。
「だったら――」
「子供たちの体内にある魔力そのものが肉体を蝕んでいる……魔力毒、魔力中毒とか資料によって命名は違うから、正式な病名は分からないけど、私個人として一番記憶に残っているのは『異界病』かな」
「異界病……魔力が蝕むって具体的には分かる?」
セブンスは、周囲を見回す――子供たちの症状を魔眼で見ているのだろう。
「資料では、地球に自然と流れている魔力の構成要素の中に、人にとって毒のように蝕む要素があるって話だったかな。実際に、子供たちの体内に変質魔力が蓄積されているみたい」
「地球の魔力が? だとしたら、俺やセブンスは?」
セブンスの話が本当なら、自分やセブンスにも影響があるはずだ。だが、今のところ体調は問題ない。もしくは、まだ体調に変化がないだけなのか。
嫌な汗が背中を流れる。
セブンスが金色の目でこちらを見てくる。おそらく、時雨悠人の体内の魔力の流れを確認しているのだろう。ドキドキしながらセブンスの言葉を待つ。
(もし、俺やセブンスにも、いやラプラスにも影響与えているなら、自分たちのために子供たちの症状を回復させる必要があるだろう)
数秒の沈黙の後に、セブンスがゆっくりと口を開く。
「マスターは大丈夫。普通に魔力が流れているし、魔力が詰まっている箇所も蓄積している箇所も、変質している箇所もない。それは、私も。というよりも、私達魔導人形は、その辺りを考慮して創られてるし、そうじゃなかったらとっくに壊れているよ」
「地球の魔力……ゼノ・グラウンドなんて特に魔力濃度が高いんだから、そりゃそうか。俺も大丈夫なんだな……ん?」
嫌な考えに辿り着く。
地球の魔力=ルカが原因なのでは?
だとしたら、一応人間に区分される自分が大丈夫な理由も察することはできる。
「マスターが大丈夫な理由は、まあ……大丈夫じゃなかったら、むしろ大問題と言えるかもね」
「……後で一応聞いてみるか。それで治すことはできそうか? いや、原因が分かったらなら改めて俺が治せるか試してみるか」
時雨悠人の回復魔法は、基本的にはイメージだ。時雨悠人にとって無害なものは、ヒールによる毒の解毒対象にならないこともある。おそらく今回の異界病は、それに該当する可能性が高い。
「ヒール…………どう?」
白い光が、再度女のことを包み込み、ゆっくりと光が収まる。
セブンスに顔を向けると、彼女は顔を横に振る。
女の子の表情を見ても、苦しんでいる状態は変わっていない。
「…………地球の魔力が自身の魔力に還元されていないのかな。そのせいで肉体が拒絶反応を? それに変質も」
「魔眼で治療法が分かりそうか?」
「蓄積している魔力そのものを抜くしかないかな。おそらく抜くことはできる……だけど抜いたとしても、すぐに補給されてしまうと思う」
「生きているだけで、自然と魔力を吸収してしまう……からか。だとしたら治療する方法が」
「うん」
毒自体は抜くことができる。だけど、毒が満ちている場所で毒を抜いたとしても意味がないということだろう。
そして世界に自然と流れている魔力を排除することなんて不可能だ。
だとしたら、子供達の命を救うことは――
「それだとおかしいですね」
時雨悠人とセブンスの会話を見守っていたラプラスが声を出す。
「何がおかしいんだ?」
「もし異界病が一般的になっていて、対抗策がないのなら、すでに人類は滅亡しているはずです。何よりも、子供達は此処に一定の期間住んでいるようにも見えます。だとしたら、異界病となる魔力をどうにかする手段があるのでは? 子供達が倒れていることを考えると、「あった」と言った方が正しいかもしれませんが」
「そうだね。何も対策がないとは思えないし、ないなら今まで生きていられるわけがないはず」
確かに。
二人の意見は、もっともだろう。自然と吸収する世界に満ちる魔力で死ぬなら、そもそも人類は滅んでいるはずだし、此処にいる子供達は、自分たちが尋ねる前に死んでいるはずだ。
今まで耐えることができた理由があるはずだ。
「ん?」
部屋を見回すと、部屋の中に妙なものをを見つける。部屋には最低限の椅子やテーブル、ソファといった家具に子供達が寝ている寝具などがあるのだが、黒いボックスのようなものがいくつか置かれている。
気になって、近づいてよく見ていると、空気洗浄のように空気の排出口のようなものが設置されている。
そして、微かにだか稼働している音も聞こえる。
「マスター、それを見せてもらっていい?」
「ああ」
受け取ったセブンスは、魔眼でジロジロ角度を変えながら黒いボックスを観察し、ラプラスもカチカチと音を立てながら中身を探っているような動作を始める。
数分経過したら、他の黒いボックスも同じように観察すると――
「ハァ――分かったよ。思ったよりも面倒かもだけど、どうにかできると思う」
セブンスはうんざりとしたような表情をしながらも、解決できることを告げるのだった。




