第47話:夜の時間
パチパチという音を立てながら周囲を照らし、温もりを与える焚き火。
コトコトと音を立てながら、焚き火によって温められている鍋。
焚き火の煙は、既に暗くなった夜の空に立ち昇っていき、空には満点の星空が広がっている。
視界を下げれば、自分をマスターと慕う女の子が、鍋で温めているシチューを取り分けるお皿や飲み物などの準備をしてくれている。
時雨悠人も手伝おうとしたのだが、座っていて良いと言われてしまったので、こうやってのんびりと素敵な光景を見ているのだ。
「それにしても、ゼノ・グラウンドで色々と準備できて助かりましたね。あの廃墟を見ると、物品を調達するのは無理でしょうし」
ラプラスが、水が入った容器を浮かせながら、時雨悠人とセブンスのコップに水を注ぐ。
「食べ物を持ってこなかったから、その辺の野生動物を狩って、捌くことになっただろうね……やったことないけど」
セブンスは、コトコトと音を立てる鍋の蓋を開け、オタマでシチューを器に盛り付ける。
「それにしても、収納の魔術って便利だよな……俺も使ってみたいけど」
シチューの材料も、料理器具も全てセブンスとラプラスがゼノ・グラウンドから持ってきたものだ。それ以外にも、ゼノ・グラウンドで偶に使っていたらしい野営用のテントや椅子、毛布まである。
「収納の魔術自体は難しいものではないんだけど……前提として空間の属性に適性が必須になるのがね」
「空間か……俺の属性は光だけだからな」
おもむろに人差し指に光の球体を生み出す。時雨悠人の魔法は、基本的に全て白い色になっており、属性としては光に類するらしい。
「加えて、浄化や癒し。どちらかといえば、そちらがメインにも思えるけど。適性というよりも、生まれつき魔力に色が付いているみたい」
「セブンスやラプラスのように自分で変えられないのは不便だよな」
「そこも個人によって変わると思います……けど、悠人には生まれつき持っている属性以外の才能はなさそうですね」
「はあ〜」
せっかくセブンスやラプラスといった色々な魔術を使える人がいるのに、教えて貰っても使えないことを突きつけられると寂しいものがある。
「だからこそ、それだけ強力な光、癒し、浄化の力が使えると言えるかもね。特に術式と考えずに、自由に何となくで魔力を形にして、性質を付与できるマスターの魔法は私でも完全に真似できないし、羨ましいよ。はい、シチュー」
「む……そうか」
シチューが入った器をセブンスが差し出してくれたので受け取る。
セブンスは、時雨悠人の横に座り、ラプラスが椅子の手すりに水の入ったコップを置いてくれる。
「美味しそう」
「だと、嬉しいんだけど」
少しだけ不安そうな顔をするセブンス。
シチューの良い匂いが食欲を駆り立てる。これで、美味しくないわけないだろうし、自分のために作ってくれた時点で嬉しい。
「それじゃあ、頂きます」
※
シチューは暖かく、よく煮込まれ野菜とお肉は美味しかった。
食べ終わった後の片付けは、セブンスとラプラスが水の魔術であっという間に食器や調理器具を片付けてしまったので時雨悠人が手伝うことはなかった。
片付けが終わったら、特にすることもないので、歯を磨き、セブンスが取り出してくれた毛布に包まって寝ることになった。
だが、ここで1つ問題があった。
(眠れん!)
妙に目が冴えしまって眠れない。眠気がないわけではないのだが、あることが気になって眠れないのだ。
それは、穏やかな寝息をたてながら眠っているセブンスが、すぐ側にいることだ。
密着しているわけではないが、狭いテントで寝息が聞こえる距離で女の子と一緒に寝るのは、時雨悠人の今までの人生で無かったことだ。
正確に言えば、外に出た初日は浜辺で今よりも密着しながら眠っていたりするのが、少し冷静では無かったのと、喋っている内に自然と眠ってしまったことから例外だろう。
改めて静寂が支配する夜のテントで美少女のセブンスと一緒というのは、どうも緊張するのだ。
そして、何よりも問題なのは――
「エヘヘ……マスター」
「……」
時折幸せように、寝言で自分のことを呼んでいるのも心臓に悪い。どんな夢を見ているのか。
(もう少し眠くなるまで起きてようかな)
眠れる気がしなくなった時雨悠人は、セブンスを起こさないように、ゆっくりと起き上がり、テントから抜け出す。
「どうしましたか?」
パチパチと音を立てる焚き火の前にラプラスがテントから出てきた時雨悠人に声をかける。珍しく空中に浮かぶことなく、椅子の上に球体の体を預けていた。
「眠れないから少しだけいい?」
そう言いながら、空いている椅子に腰を預ける。そのタイミングで、プカプカとコップが浮かびながら時雨悠人の目の前に到着する。
「どうぞ」
「おお、ありがとう!」
浮かんでいたコップに手を伸ばして掴む。そうすると、浮遊の魔術が解けたのか、コップの重さを感じると共に手に収まる。
「セブンスが原因だったりしますか?」
「へ? いやそういう訳ではないんだけど……」
眠れない理由をピンポイントで当てられた時雨悠人は、誤魔化しながらコップに口をつけて、少しだけ乾いた喉を潤す。
「ゼノ・グラウンドで体が動かない時に色々とセブンスにお世話になったのですから、今更一緒に寝ることくらいで緊張しなくてもいいのに」
「ゲフ」
思わず飲んでいた水を吹き出す。
「何を……」
「悠人は分かりやすいですね。まあ、悠人は最初からずっとセブンスを女の子としか見てないので、その辺りかな〜と思いました」
「……魔導人形とか言われても、ぶっちゃけ肉体は普通の女の子と変わらないだろ。魔力がベースでも、肉体は人間と変わらないんだろう?」
「そうですよ。魔力で再現できるので、損傷しても簡単……とまではいかないですが普通の人間よりも早く治せるはずですし、致命傷も致命傷にならないです。あくまでも、見た目は人間と変わらないだけです。だけど、人間ではないです」
「まあ、そうかもしれないけど……仮に人間ではなくても、女の子であることには変わらないだろ?」
セブンスが人間ではなく、魔導人形なのは確かだ。だが女の子、しかも美少女であることには変わらない。仮にセブンスが人間や魔導人形どころか、魔物であっても同じように女の子と扱うだろし、一緒の空間で寝るなら緊張する自信がある。
「ふふ……そうですね。悠人ならそう言いますよね。やっぱり、あなたがセブンスのマスターになってくれて良かった」
「そうか……俺には勿体無いと思うけどな」
珍しく笑い声を発するラプラスに釣られるように時雨悠人も、小さく笑う。
テントにいるセブンスを起こさないように配慮した押し殺した笑い声が静かに響く中で、ラプラスが不意に思い出しかのように、あることに言及する。
絶対に言ってはいけないことを。
「悠人、少し気になったのですが」
「ん?」
「セブンスは悠人のように眠っていた訳でもなく、ずっと活動しながら1000年以上生きていたことを考えると、女の子と言うのは正しくないのではと思うのですが。年齢で言えばお婆ちゃ――」
白い一筋の閃光が時雨悠人の視界を駆け抜けていった。
駆け抜けた後には、ラプラスも、ラプラスが身を置いていた椅子も無くなっていた。ゆっくりと、その閃光の発生元である方に視線を向けると――
「マスター、明日も早いですし、そろそろ眠った方がいいですよ」
張り付いたような笑顔をしながら、杖をこちらに向けていたセブンスが立っていた。背筋がゾクゾクする感覚に襲われる。
「えっと、セブンスはいつから起きていたの?」
「いつからって……それよりも、早く寝ましょう!」
少し起こったのような口調になったセブンスは、ノシノシとこちらにくると、時雨悠人の腕を引っ張り、無理やり椅子から立たせる。
「わかったけど、夜の晩を誰かしないと……」
「ラプラスが、その内戻ってきます! それに結界も一応貼っているので、大丈夫です!」
「分かったから!押さなくてもいいから!」
グイグイと背中を押されるように、テントに押し込まれる。
この後、コアラのように腕から離れようとしないセブンスをどうにかするために、結局ほとんど眠ることはできなかったりした。




