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第42話:マスター契約

 「セブンス?」


 セブンスの肉体は成長した大人の姿から少女の姿に戻り、彼女の肉体が脱力しきっているのを自分の全身で確認しているのだが、それが本当にアリアからセブンスの肉体を取り戻すことができたという証拠になるわけではない。


(なんでラプラスの反応もないんだ? 成功したなら、すぐに伝えてくれるよな。何か問題があったとかじゃないよな?)


 何も反応がないことに、再度緊張感が高まりつつある時雨悠人だったが――


「シグレ?」


 耳元で囁くように、自分の名前を呼ぶ声。


「セブ……ンス? 本当に……戻って」


 シグレというセブンスの呼び方。


 たった3ヶ月程度という長くはない期間とはいえ、時雨悠人からしたら一番長く一緒に居た女の子がいつも呼んでくれた自分の呼び方。


 それでも確認はしたい。


 本当に戻ってきたのかどうかという。


 だが、その答えはセブンス本人ではなく、その役割を担った彼女の使い魔が答える。


「大丈夫です。アリアのアクセスは切りました……まさか本当に接続されていたとは。単なる思い込みだったりしたら、それはそれで対応に苦慮することになったかもしれませんが。どちらにしても、セブンスですよ」


「そっか……良かった」


 セブンスを助けることができた。


 セブンスを取り戻すことができた。


 セブンスが戻ることを決めてくれた。


 心から守りたい、助けたいという思いが叶ったことが、失わずに済んだことが嬉しかった。


 もしかしたらアリアに負けたとしてもセブンスを取り戻すことはできたかもしれない。


 だが、セブンスが最後アリアに抵抗したことを考えれば、きっと自分が負けての終わりは彼女にとって良いことではなかったのだろう。


 乗っ取られた原因がセブンスにあったのか、アリアが言ったように自分から差し出しのか分からない。


 今の時雨悠人からどちらもで良いことなのだ。


「シグレ、ありがとうね。声は届いていたよ。そして色々とごめんね」


「いいよ。戻ってきてくれたらな」


「お説教は後でしましょう」


「ああ、そうだな!」


「そこは優しく終わらせて欲しかったな〜」


 小さい笑いが響く空間。


 そんな時間が少し流れた後に、セブンスは


「ねえ、シグレ?」


「ん?」


「……」


「……? どうした?」


 セブンスから反応がなく、どうしたのかと思うが、今もセブンスに覆いかぶられるように姿勢になっており、その表情を確認することはできない。


「セブンス?」


 時雨悠人の声に反応するように、セブンスはゆっくりと自身の体を起こす。

 

 ただし――


「えっと……なんでしょうか?」


「ふ―」


 先程のように体は密着していないが、お互いの顔が対面するような感じとなる。

 

 有り体に言えば、時雨悠人を押し倒しているような感じだ。初めから倒れてはいたが。


 (え、どういう状況? さっきの全部終わった感じの空気はどうなったの? 何でセブンスは、突然覚悟を固めたような緊張感のある表情に?)


 ほんのりと頬と耳と顔を赤らめながらも、表情が険しいセブンスに戸惑っていると、ようやくセブンスが口を開く。


「シ、シグレ!」


「あ、はい!」


 セブンスの上擦った大きな声に思わず時雨悠人も大きな声で返事をする。


 内心ラプラスに、この妙な空気を壊して欲しいのだが、何故か何も言ってこないし、セブンスの中に消えてから声だけで姿を見せない。


 そんな時雨悠人の戸惑いを真っ白にするような言葉がセブンスから伝えられる。


「わ、私のマスターになってくれないでしょうか?」


「マスター……え、でもアリアがセブンスの」


「それはいいの! 契約切れてるし、そもそも最初から切られる前提の契約だったし!」


 フー、フーと息を荒げるセブンスの様子から本当にアリアには未練はないのだろう。


 だが自分がマスターとなると少し話は変わる。時雨悠人は、セブンスと上下関係を結びたいわけではない。

 

 時雨悠人が求めている関係は、友達だったり、もしくは恋人だったり――


 (何を考えてるんだ俺は! それよりも、セブンスに何か言わないと)


 緊張した表情の中に見える、不安な色を映す瞳。断られることを恐れているのかもしれない。


 だとしたら、もし断ったらセブンスは――


「なあ、セブンス」


「は、はい!」


「俺は、セブンスと一緒に居れたなと思っている。マスターとして主従関係なりたいと思わないけど……セブンスはどう思ってる?」


「私は……ずっとシグレと一緒に居たい。ずっと一緒に居てくれ、その人のために生きて、笑ってくれたり、喜んでくれたり……そして、あなたの横で一緒に笑えたらないいなと思います」


「そのために、マスターとしての契約は必要? 契約しなくても一緒にいるけど」


 そんな時雨悠人の言葉にセブンスは、首を横に振る。


「シグレはそう思ってくれているかもしれないけど……やっぱり不安。私も永遠の契約をしてくれる……本当のマスターが欲しい。シグレは私と契約するのは……私のマスターになるのは嫌?」


 今にも壊れてしまうそうな表情で懇願するセブンスに、自分が思っている以上にセブンスにとってマスターという契約が大切であることを痛切に理解する。


(いや、理解していたはずだ。マスターという存在がセブンスにとってどれだけ大切なのかを)


 それはアリアがというわけではないのだろう。マスターという存在がいることが、セブンスにとって支えであり、存在理由なのだ。


 その思いを受け止めることが自分にできるか不安にもなる。


 だけど、断ることはできない。


 「そんなことはない。俺を選んでくれたの嬉しいし、マスターになることでセブンスの不安が解消されるならそれでいいよ」


 どれくらいの覚悟でセブンスが自分にマスターになって欲しいと言ったのかは、推し量ることを時雨悠人にはできない。


 だが尋常ではないはずだ――その覚悟と、断られた時の不安は。


 もし自分が断った場合のセブンスの表情を見ることなんて時雨悠人にはできない。それならセブンスの不安を解消するために、セブンスのマスターになった方が良い。


 自分が抱えるマスターという主従関係に対する忌避感など捨てるべきだ。


 「ありがとう! それじゃあ、契約をして良い?」


 時雨悠人の了承の言葉に心からホッとしたような笑み、そして両目からは涙の雫がポタポタと流れる。


 その光景に時雨悠人は、自分の選択は間違っていなかったと心から思う。


「うん、いいよ。えっと、どうすれ――」


 時雨悠人の言葉が全て言い終わることはなかった。


 セブンスによって塞がられてしまったからだ――口付けによって。


 一瞬思考が吹き飛ぶ。


 突然のことに驚く時雨悠人を置き去りにして、ゆっくりと自分の中に何かが侵入してくるような感覚に襲われる。


 (これはセブンスの魔力が、いや何か別の……)


 何をされているの考えようとするのだが、初めての女性とのキスが気になってうまく思考が動かない。セブンスの柔らかい唇と舌に意識がいってしまう。


 どれくらい経ったのだろうか。永遠に思えたし、一瞬のように思えたセブンスの口付けは終わる。


「これで契約は終わり。これからよろしくね……マスター」


「終わったの……か? あまり変わった感じはしないけど。あと、マスターよりも今まで通りシグレの方がいいかな」


「うん。契約する時にマスターとなるシグレの魂に触れさせて貰ったけど、直接マスターの魂や肉体に何かするわけじゃないからね。私が自分自身でマスターの魂を通して、自分に契約を施したって感じかな。後、呼び方は……命令なら諦めるけど、できれば当分はマスターがいいな〜」


 契約が終わったセブンスは、時雨悠人の胸に顔を埋め、甘えるように体重を預けてくる。


 マスター


 今後ゼノ・グラウンドの外に出た時に、マスターと人前で呼ばれることを考えると。


(まあ、細かいことは後で考えればいいか)


 全てを棚上げにしよう。今は、セブンスが満足すればいいのではないだろうか。


「まあ、とりあえずセブンスの好きに呼んでもらっていいよ……一旦は」


「うん! マスター!」


 えへへ〜と可愛らしく、「マスター、マスター」と呼ぶセブンスの頭を撫でる。


 改めてセブンスのために戦って良かったと思う。


(それにしても……なんだか凄まじく眠い。体も唐突に重くなってきたというか)


 体の緊張が抜けて安心したせいか、抗い難い眠気が時雨悠人を襲う。


 身体強化で無理やり力を入れようとするが、そもそも魔力が体に碌に残っておらず、ルカからの魔力供給も既に止まっていた。


(流石に無理すぎたか。ただ魔力を無尽蔵に貰っただけなせいか、肉体の負荷も精神の磨耗も激しかったのか?)


 勇者の時なら1ヶ月以上飲まず食わすで、寝ることなく戦ったこともあったのだが、どうやら魔力を融通してもらうだけでは、勇者の時のようにはいかないようだ。

 

 「セブンス……悪いけど、凄まじく眠い」


 「へ? じゃあ、研究所に戻る?」


 セブンスは時雨悠人の胸に埋めていた顔を上げて、ゆっくりと体を起こす。一緒に体を起こそうとする時雨悠人だが。


「ゴメン……体が動かん。それに、本当に眠気が我慢できない。少し無理をしたせいかも……あとは任せていい?」


 今にも夢の世界に行きそうになるのを堪えながら、マスターとして初めてのお願いをセブンスにする。


 おそらくセブンスも体が辛いだろうが、時雨悠人と違ってすぐに倒れるほどの疲労ではないようにも見える。


 そんな時雨悠人がマスターになって初めてのお願いをセブンスは、笑顔で「うん」と言いながら了承する。


 「分かった。マスターはゆっくりと休んでいて」


 ゆっくりと時雨悠人の意識は落ちていくのだった。


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