第41話:わたしの体
時雨悠人の手から逃れるために、彼のガムシャラに伸ばしてくる手に捕まらないように、体捌きで回避し、避けきれないなら手刀で叩き落とす。
1つ行動をするごとに体が軋み、痛みが体の芯に響く。
汗は止まらず、体が燃えるように熱い。
誰がどう見ても不利なのは自分。
そう思いながらも、アリアは胸の高鳴りを、高揚を止めることができなかった。
(嗚呼、なんて楽しい! 素敵なのでしょう!)
自分が求めて止まない運命の人。
勝てば全てが手に入り、負ければ――
(その場合は、少しの間お預けになりますね)
このままだと、そうなる可能性が高いだろう。体が少しずつ壊れていくのが自覚できる。
1秒経つ毎に加速度的に崩壊が進んでいくのが分かる。
おそらく、あと数分もすれば致命的な段階に進むだろう。そうなれば、自分の接続はセブンスの肉体から切れることになるだろう。
代わりにセブンスの肉体は魂と一緒に壊れることになるだろうが。
(ふふふ……目の前の人は、それを許すとは思いませんし、仮にこの体が完全に壊れてしまうと、全てが台無しになりますね)
時雨悠人はセブンスに固執している。
もし、本当にセブンスを殺してしまうと、修復不可能なまでに時雨悠人との関係は拗れてしまうだろう。それは、アリアにとっては絶対に避けるべきこと。
だったら、わざと負けてセブンスの肉体を返すべきか。
(そこまで物分かりがいいなら、初めから求めなどしません!)
自分がずっと探し求めていた運命の人。
今回を見送っても、本来の体で時雨悠人を迎えにいくことはできる。だが、ここで勝てば気が遠くなるほどに欲したものが手に入るのだ。
諦めることなどできない。
(負けたくない! だけど、自壊も避けなければいけない……とことん邪魔をしてくれる!)
1000年前の暴走から、今この時までどこまでも邪魔をしてくるセブンスにはらわたが煮えくり返りそうになる。
ましてや自分の想い人が固執しているのだ。嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
(いけないですね……冷静にならないと。とは言ってもこのままでは私が負ける必要が出てきますし――賭けに出ますか)
このままでは時雨悠人からの攻撃を捌き続けても埒が明かない。
時間切れになってしまっては、肉体を無条件で返す以外の選択肢がなくなってしまう。
(もう少し、時雨悠人様と戦闘をしていたかったですが……ここまでです)
時雨悠人の伸ばしてきた手を今まで通り捌き、距離を取る――のではなく、懐に潜り込む。
想い人を抱きしめるように両手を広げると同時に、体が軋むのを無視して、周囲に結界を張る。
結界の範囲は二人がギリギリ収まる範囲に設定する。
空間を一時的に区切るための結界。
今の自分の魔力量と肉体の負荷を考慮すれば、1分ももたないだろう。
(ラプラスはいない。そのうち来るでしょうが、この結界が維持されている内は入れない。それに、結界の間は時雨悠人様も魔力を吸い上げることは不可能。私の口付けが早いか、それとも結界が維持できなくなるのが早いか……勝負としましょうか)
*
(マジか……ここで、勝負にくるか)
それは、このまま肉体が壊れるまで逃げ続けるのではと焦りを募らせていた時雨悠人の意表を突くものだった。
突然真正面から抱きつかれると同時に、肉体が一気に重くなったような感覚に襲われる。
(ルカからの魔力のラインを切られた!? これは……)
ルカから無限のように供給され続ける魔力に物を言わせて、戦いが終わった後の負担などお構いなしの身体強化が仇となった。
理由は不明だが、ルカからの魔力のラインを切られたことで、魔力が足りなくなり、凄まじい疲労感と脱力感が時雨悠人を襲う。
(やば! 踏ん張れない!?)
体重の全てをこちらに預けるように抱きついてきたアリアを振り払うことも、支えることもできず押し倒される。
倒されたことによる衝撃を背中に受けながらも、すぐさま立ちあがろうとする時雨悠人だが――
(動かない!?)
ジャラリ
鈍色の鎖が自分の体を拘束していた。
「やば!?」
無理やりに振り解こうとするが、自分の体の上に乗って抱きしめている彼女が許すはずもない。
「私の勝ちですね。焦って吸収している魔力を非効率にガンガン消耗していなかったら、簡単にふり解けたかもしれませんね」
勝ち誇った表情のアリアが時雨悠人を見下ろしながら、ゆっくりと唇が――
「は?」
「え?」
重なることはなかった。
まるで二人が重なることを断固として拒否するかのように、鈍色の鎖が時雨悠人だけでなくアリアをも拘束し、これ以上近づかせないようにしているからだ。
「一体何っが!?ッツ!? こんの……」
アリアが驚きの声を上げると同時に、突然苦しそうに悶え始める。
突然の事態に思わず呆然とする時雨悠人の耳にアリアとは違う意志の声が届く。
それは。時雨悠人が聞きたかった言葉だ。
「私の……体だ……これ以上好きにさせ……ない。あなたなんかに……」
「セブンス!?」
それは確かにセブンスの意思であり、マスターであるアリアに肉体を奪われることの拒否を示す言葉であった。
「何が……好きにさせないですか。元々、私の、マスターである私のための体で!?」
「違う!! あなたは私のマスターじゃない! ラプラス!」
アリアの言葉をねじ伏せるセブンスの叫びと共に、周囲を囲っていた結界が粉々に砕け散る。
同時にラプラスが姿を現す。
「な!?」
「ユウト! アリアを!」
ラプラスの呼びかけに応じると同時に、覆い被さっていたアリアが逃げないように、今度は時雨悠人の方が両手で彼女を抱きしめる。
「セブンスを返してもらうよ」
アリアの耳元ではっきりと伝える。
「ああ……今回は仕方がない……ですね……今回は諦めましょう。しかし……次は逃がさないですよ」
一瞬時雨悠人を抱きしめる力が強まり――少しずつ力が抜けるのを時雨悠人も抱きしめながら感じるのであった。




