第40話:鬼ごっこ
時雨悠人とアリアの戦場となっているゼノ・グラウンドの戦況は、少しずつ変化していた。
辺り一面に蜘蛛の巣のように張り巡らされていた白い鎖は消えていた。
一方で、雨のように降り注ぐクリスタルの槍も消えていた。
その後に続いた、炎の柱がいくつも生み出されたり、光り輝く巨人のようなものが大剣を振り回すような意味不明な魔法と魔術の応酬などもあったが――すでに収まっていた。
だが、戦闘は継続している。
時雨悠人は光り輝く片手剣を両手に持ち、アリアの振り回す大剣と撃ち合っていた。
要は、最初の戦い方に戻ったと言える。
だが、確実に違う点もある。
アリアの保有している魔力は既に4分の1を下回っており、外部からの魔力吸収もほぼできていない状態となっている。しかも、時雨悠人に向かっていた魔力を無理やり横取りしていたツケか、直接的なダメージを受けていないにも関わらず、かなり消耗しているように見える。
反対に時雨悠人には変わらず魔力が集まり、動きが鈍っているような様子もない。
(純粋な戦況で言えばユウトが有利……ですが)
時雨悠人とラプラスの目的は、アリアからセブンスを取り戻すことだ。
倒すことが目的ではない。
このまま戦いが続けばセブンスの肉体が限界を迎えるだろう。時雨悠人も理解しているのか、派手な魔法は止めて、近接による戦闘の中で隙を見て直接捕えようとしているのだろう。
(鎖で捕えることができれば一番楽だったのですが)
鎖による捕獲が難しくなったのも、時雨悠人が近接戦をしている理由だ。消耗を隠しきれないアリア相手なら鎖による捕獲も既に可能だと考えるだろう。
だが、その前に鎖による攻撃はアリアには通用しなくなっていた。
魔眼による解析が完全に終わったのか、簡単に消されるようになってしまっていた。
それでも強引に何重にも鎖を重ねれば、アリアの魔力切れを狙って捕えることは可能だろう。
(アリアがセブンスの肉体を使っていなければ……そもそもの前提が覆ってしまう話ではありますが)
アリアは、自死をしないとは言ったが、力を出し尽くした上での肉体の破壊を禁止しているかは分からない。
普通に考えたら許されるはずないのだが――
(あの女は間違いなくお構いなしでしょうね)
実際に、二人の表情を見ていれば、戦況の有利不利とは真逆となっている。
有利なはずの時雨悠人の表情に余裕はない。
逆に不利な状況のはずのアリアは大量の汗を流し、ふらついているにも関わらず、その表情は戦いを楽しんでいるような笑みを浮かべている。
(ですが、アリアにも余裕がないのは事実……今なら)
ラプラスは自身の姿を透明化させる。
気配が消えるわけでもなく、アリアの魔眼によって簡単に看破されるものだ。先ほどまでなら選択肢にもならなかったが、今のアリアならバレない可能性が高い。
(最悪バレても、大技を使えないなら簡単に破壊される可能性も低いでしょうし)
どちらにしても、ラプラスがいなければ時雨悠人がアリアを捕まえてもセブンスの肉体を解放できない。
取るべきリスクは今だろう。
そう覚悟し、ラプラスは二人の戦いに向かう。
*
「いい加減に!」
思わず悪態が口から出てしまう。
だが、それも仕方がないというものだ。
時雨悠人はアリアを追い詰めているのだが、どうしても捕えることができない。弱らせることはできたが、アリアはセブンスの体のことなんて気にせず動き回っているからだ。
無茶な魔力の吸収も弱まっているが、完全に止めたわけではない。
こちらが強力な攻撃をすれば、アリアは当然無理やりにでもセブンスの肉体を酷使してくるだろう。
そのため、時雨悠人は再び接近戦による拘束を試みているのだ。
(まあ、俺の魔法が簡単に破られ始めたのもあるけど)
鎖は、ほぼ意味をなしていない。簡単に引きちぎられる上に、そのための魔力を自分に流れている魔力から横取りしている始末だ。
倒すことはできても捕えることには繋がらない。
セブンスの体でアリアがどこまで無茶をし続けて大丈夫なのか分からない時雨悠人は、下手な攻撃ができない中で何とか捕まえようと奮闘していた。
「この!」
アリアが大剣を振り下ろしてきたタイミングを見計らって、片手剣で防御――するのではなく、放り捨てる。そのまま、肩口に大剣が切り込んでくるが、身体強化により無理やり大剣を抑え込み、その間にアリアを捕まえようとするが。
「二度目はないですよ」
アリアは時雨悠人の意図が分かっていたのか、大剣と化していた杖を手放し、時雨悠人から逃れるのだった。
「この目であなたが何をしたいのか大体分かるので」
後ろに距離を取ったアリアが自分の目を指差しながらニコリと笑う。
「身体強化を強めたのがバレたってことか。でも」
時雨悠人は、自身の肩で受け止めていた大剣を引き抜く。同時に血が噴き出るが、切断されていた肩口の肉がくっつき、血が止まる。
「これで武器はなしだ」
アリアの手から離れたからか、魔術によって形作られていた大剣は単なる杖へと変わっていた。その杖を時雨悠人は後ろに放り投げる。
「別に構いませんよ。鬼ごっこに武器は要りません。この体が限界を迎えるまで逃げましょう」
「自殺はなしだったはずだぞ?」
「自殺ではないですよ。私は、最後まであなたに勝つことを考えています。その結果として死んでしまったら仕方がないことでしょう? まあ、死ぬと言ってもこの体で死ぬだけですが」
「その前に捕まえる!」
「ふふふ……頑張ってください」




